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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
40/120

40話

 チャペルの中はそれほどあたたかくはなかったけれど、外よりはあたたかかったみたい。

 陽が上がりきっていないこの時間は日陰が多く、少し風が吹くだけでも身震いしてしまう寒さ。

 昨日秋斗さんが座っていたテーブルには蒼兄と秋斗さんがいた。

「秋斗さん、おはようございます。昨日、気づいたら寝てて……起きたら朝でした」

「ごめんなさい」と言おうとしたら、

「うん、休めたようで良かった」

 と、先に言われてしまう。そして、

「ここに来た目的は?」

「……療養?」

「そう。だから、翠葉ちゃんが身体を休められたのならそれで良かったんだよ」

 にこりと笑われると、心の中で何かが溶ける気がした。

「あ、それから……これ、ありがとうございました」

 今日は定位置におさまっているとんぼ玉を指差す。

「お礼を言われるのはちょっと違うかな? 俺は返しただけだからね」

 と、苦い笑みを見せた。

「さ、昇さんと栞ちゃんを待たせてるから行こう」

 そう言われ、レストランに場所を移した。


 朝食を済ませた頃、危惧していたものがきたことに気づく。

 お風呂を出てすぐに薬を飲んでいたから痛みはまだ感じないけれど、それでも生理が始まったことに変わりはない。

 今日、このあとはどうするのだろう……。

 今日の予定を私は知らない。

「どこか改めて見ておきたい場所はない?」

 秋斗さんに訊かれ、少し考える。

 チャペルは今朝見たし、森はやめておいたほうがいい気がする。

 きっと、またカメラのことを考えて悩んでしまう気がする。

 何よりも、身体を冷やしたらダイレクトに痛みへつながる。

「本館を少し見て回りたいです」

 屋内なら寒くもないし、照明や調度品を見るだけでも十分楽しめそうだ。

「それなら木田さんか若槻が一緒がいいかもね」

 木田さんはわかる。でも、どうして唯兄……?

「昨日、くまなく探検したみたいだから」

 と、秋斗さんはクスクスと笑った。

「でも、十時にはここを出る予定だから、そのつもりでね」

「はい、わかりました」

 当初、十二時チェックアウトの予定だった気がするけれど、生理が始まってしまった今、早く帰れるに越したことはない。

 それとも、帰りは帰りでどこかへ寄る予定があるのだろうか……。

 すてきな調度品を見ても不安に心が占領される。仕方なく、案内をしてくれている唯兄に訊くことにした。

「帰りも秋斗さんの車かな……」

「やなの?」

「嫌というわけではなくて……」

 ……蒼兄になら言えるのに。

「実は秋斗さんに昨日何かされたとかっ!?」

「何か……?」

「……それはないよな、うん。それは俺らがよく知ってるし……」

「あのね……せ、生理が――」

 小さく口にするだけでも恥ずかしい。

「……なるほど。今は? お腹痛くない?」

 ……どうしてこんなにも普通なんだろう?

「うん、大丈夫。朝、お風呂から上がってすぐに薬を飲んだから。でも……」

「そうだね。リィは本格的に痛くなるとかなりつらいもんね。わかった。秋斗さんの車には俺が乗るよ。さすがにひとりはかわいそうだからね」

 唯兄はウシシ、と笑った。

 そのいたずらっ子みたいな笑顔にほっとする。

 九時四十五分にはすべてを見終わって部屋へ戻ってきた。


「翠葉、荷物の整理は?」

「お風呂から上がったときに済ませてある」

「よし、じゃ、行こう」

 蒼兄の一言に私と唯兄が動く。

「あんちゃん、俺、帰りは秋斗さんの車に乗るから」

「え?」

「リィ、生理が来ちゃったみたい」

「そっか……。家に着くまで大丈夫かな?」

 蒼兄は首を傾げながら前を歩く。

 蒼兄には言い慣れているから違和感がないけれど、唯兄も普通にこういう話を聞いてくれるししてくれる。

 お姉さん――芹香さんがいたからなのかな?

 同年代のそれとは違う、と思ったとき、先月を思い出した。

 同年代のそれとは違うけど、藤宮のそれとは同じ……。

 茜先輩は「うちの学校では普通」って言っていたけれど、やっぱり教育環境が違うだけで意識の仕方も変わってくるのだろうか……。

 でも、それが普通と言われても恥ずかしいものは恥ずかしいのだけれど……。

 それでも、中学のときみたいに冷やかしの対象にされるよりは全然いい。

「やっぱり環境、なのかな……」


 フロントへ行くと、昇さんが壁に寄りかかってデミタスカップを傾けていた。

 栞さんは料理長のところへ行っているのだとか。

 そこへ秋斗さんがボーイと一緒にやってきた。

 秋斗さんが持っていたのはハープとカメラ、ボーイは秋斗さんのボストンバッグを持っている。

「わ、ごめんなさいっ」

 すっかり忘れていた。

 ハープなんて嵩張るものを持ってきたくせに、一度も手に取らなかったことを……。

「翠葉ちゃん、気にしないで? それから、帰りのペアの件も聞いてる。一応、行きに寄ったサービスエリアに十一時頃、って予定ではあるけれど、翠葉ちゃんたちは翠葉ちゃんのペースで帰ってきていいから」

「はい……」

 直接的な言葉は使われなかったものの、なんとなく理由を知られている気がして恥ずかしい。

「それから、若槻なんだけどね……」

 と、会話を続ける。

「帰りにちょっと修行に出してくるから、帰ってから二週間ちょっとは留守になるんだ。ごめんね」

「……修行、ですか?」

「うん。もう少し頼れる人間にしてくるから」

 そう言うと、秋斗さんはにこりと笑う。

「因みに、若槻は何も知らないから内緒ね?」

 人差し指を口の前に立てウィンクする様が、モデルさんみたいに見えた。


 車に乗ってから唯兄の話を蒼兄に訊くと、

「それ、本当は俺がやる予定だったんだ」

「修行って何?」

「先輩と蔵元さんが唯に車の免許を取らせようとしてて、それには俺も父さんも賛成だったから、あらかじめ書類関連は用意してたんだ」

 車の教習所……?

「サービスエリア近くにある合宿所に放り込んでくるつもりだったんだけど、翠葉がこっちに乗ることになったから、先輩が放り込む役を引き受けてくれた」

「……唯兄は知らないのよね?」

「知らないねぇ……」

 蒼兄は愉快そうに笑った。

 唯兄、大丈夫かな……?

「ま、唯はノートパソコンも持ってきてるし、何かあっても連絡は取れるから安心しな」

「そうだね。でも、着替えは? 一泊分しかないんじゃ――」

「唯には内緒で着替えもいくらか持ってきてある。それは秋斗先輩に渡し済みだから安心していいよ」


 帰りは三台とも別行動になった。

 秋斗さんは唯兄を合宿所へ連れて行くために途中で高速道路を下り、昇さんと栞さんは予定どおり、行きと同じサービスエリアで休憩を取った。私たちは、早く帰宅することを優先し、休憩は取らずに藤倉へ戻った。

 マンションに着く前には薬を飲み足したものの、やっぱり痛くてつらい。

「おかえりなさいませ」と出迎えてくれたのは高崎さんだった。

「あ、葵ならいいや」

「ちょっとちょっと蒼樹くん、俺ならいいやって何よ……」

「翠葉具合悪くて上まで運びたいんだ。車、任せてもいい?」

「あぁ、そういうこと。全然かまわないよ。翠葉ちゃん、大丈夫?」

 顔を覗きこまれて困ってしまう。

「大丈夫、です……」

「……本当に? 顔真っ青だよ? ……あれ? 一気に真っ赤になったけど」

 真っ青だったのはお腹が痛くて。真っ赤になったのは恥ずかしくて……。

「葵、月一だから大丈夫」

「……あ、そういうことか。翠葉ちゃんごめんね、不躾で」

 高崎さんは蒼兄と変わって運転席におさまり、私は蒼兄に抱えられたままゲストルームの自室へと戻ってきた。

「今は荷物の片付けとか考えなくていいから、休んじゃいな」

「ん……」

「あとで軽く昼食作ったら持ってくる。それまで寝てな」

「ありがとう……。でも、あまり食べたくないな」

「わかってる。でも、鎮痛剤を飲んでるんだ。少しは食べよう」

「ん……」

「そんな不安そうな顔するな……」

 くしゃり、と頭を撫でられる。

栞さんの野菜スープなら飲めるだろ? 唯から作り方教わったから、それを作るよ」

「ありがとう、蒼兄大好き」

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