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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
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04話

 始業式の日でも部活は行われている。それゆえ、クラスに人が集まりだすのは意外と遅い。

 教室にふたり、桃華さんと席に着くと夏休み中の話になった。

「この間は宿題で何も訊けなかったし」

 そう言われると肩身が狭くなる。

「ごめんね。でも、すごく助かっちゃった。本当に危なかったの」

「私は意外だった。あの男がついていながら宿題に手をつけていないなんて」

 桃華さんが言う「あの男」とはツカサのことだろう。

「うーん……なんだか色々ありすぎて……」

「その色々を聞こうじゃないのよ」

 隙のない笑顔を向けられたとき、ガラ、と教室のドアが開き、クラスメイトが教室に入ってきた。そして、私を視界に認めると、かばんを持ったまま窓際へやってくる。

「もう大丈夫?」

 希和ちゃんに訊かれて少し悩む。

 こういうとき、「大丈夫」という言葉は適切じゃない、と藤原さんにもツカサにも徹底的に仕込まれた。だから、ほかの人に答えるときにも間違えてはいけない。

「今は平気」

 たぶん、これでいいと思う。

「十分後は?」

 質問を変えて訊いてきたのは、後ろから現れた海斗くんだった。

「おはよう……」

 海斗くんは真っ黒に焼けていて、なんだか大人びて見えた。

 そういえば、ほかの男子たちもどこか一学期とは違う印象を受ける。日に焼けたから、ただそれだけなのだろうか。

「ね、十分後は?」

 改めて訊かれ、

「十分後はわからない。でも、たぶん大丈夫」

「……変わったな」

 海斗くんは顔をくしゃくしゃにして笑った。

「あのね、入院している間に鍛えられたの」

「司に?」

「うん」

 笑顔で言葉を交わしていたところに、

「ずいぶんと痩せちゃったけど……本当に大丈夫?」

 香乃子ちゃんに訊かれた。

 香乃子ちゃんは海斗くんの前の席の子で、絵を描くのがとても上手な子。

「えぇと……それはあまり大丈夫じゃなくて、食べてもとに戻すのが今後の課題」

「それでも足りないよぉ……。私、お菓子いっぱい持ってくるね」

「カノン、それ以上は持ってこないで……」

 希和ちゃんが真面目な顔で香乃子ちゃんを制す。

 希和ちゃんはとても小さい。きっと一五〇センチない。たぶん一四〇センチちょっと。そして、おでこが全開でふっくらとした頬が印象的。ピンクの頬がいつもかわいいなと思う。

 香乃子ちゃんと希和ちゃんのやり取りを見ながらそんなことを考えていると、

「お菓子で何が好き?」

 と香乃子ちゃんに話を振られた。

「あ、えと……ごめんね。今食べるものを色々と制限されていて、おやつとかはだめなの」

「えーっ!? 世の中にはこんなに美味しいお菓子がわんさとあるのにっ!?」

 香乃子ちゃんはお弁当が入っていそうなバッグを開けて、市販のお菓子を披露してくれた。

 どうやら新商品は欠かさずチェックしているらしい。そして、それを常に一緒に食べているのが希和ちゃんなのだろう。

「チョコレートが大好きなんだけど、この季節は溶けるからねぇ……。保冷剤と保冷バッグは必需品なの」

 そんな説明にクラス全員が驚いた。

「そこまでして食いたいかっ!?」

 いつの間にか話の輪に加わっていた佐野くんが訊くと、

「だって美味しいよっ!? チョコレートはさ、こぉパキっていう食感があるほうがとくに美味しいと思うんだよね」

 と力説する。そして、

「はい、アポロ」

 香乃子ちゃんは佐野くんの手に三角錐のチョコレートをコロコロ、と出した。

「アポロが大好きでね、これだけはいつも常備!」

 得意満面に言うのがかわいい。すると今度は、「俺はチョコベビー派だ」なんて声が聞こえてきたり。

 うちのクラスはとても仲がいいと思う。

 クラスのこういう雰囲気が好き。柔らかくてポカポカして、寝転がりたくなる感じ。

 中学のときとは何もかもが違う。男女の仲の良さも、クラスの雰囲気も、みんなで話す会話の内容も。

 たぶん、明日からの休み時間はお勉強タイムになってしまうだろう。今日は始業式で授業がないから、きっと特別な日。

 そこにハイトーンで抜ける声の持ち主、飛鳥ちゃんが入ってきた。

「翠葉ーーーっっっ! 翠葉翠葉翠葉翠葉翠葉っっっ!」

 猪突猛進よろしくやってくる。

 勢いが半端なくて反射的に身を引くと、私に触れる前に海斗くんが首根っこ捕まえて押さえてくれた。

「その勢いで翠葉に抱きつくな。翠葉が折れる」

 飛鳥ちゃんに抱きつかれるのは嫌じゃない。でも、少し怖かった。

 痛みが完全に引いたわけではないため、人に肩や背中を叩かれるのはひどく怖い。

 飛鳥ちゃんは私を見て、眉根をきゅ、と寄せて悲愴そうな顔をした。

 言葉にしなくても、みんながそういう顔をしているのには気づいていた。

「大丈夫?」「本当に平気?」――。

 必要以上に声にしないのはみんなの優しさ。

 外見で様々なことを思われてしまうのは仕方のないことだ。ストールで腕を隠せても、手首に刺されていた点滴の痕までは隠せないし、鏡の前に立てば自分でもうんざりするほどやつれているのだから。

 百五十八センチで四十キロから四十三キロをキープしていた私は、今、少しサービスしてもらって三十八キロといったところ。

 とても健康的には見えないし、栞さんには「生理が止まらないといいけれど」と心配されるほどの数値。BMI値は十六を割ってしまった。

 せめて四十キロ台には戻したい。

 先生たちは、「気負わずもとの体重に戻れるようにがんばろう」としか言わないけれど、本当はもう少し増やしたいのだと思う。

 私も、鎖骨下に胸骨が浮いて見えるのとか、あばらが浮いて見えるのや骨盤がゴツゴツしているのは嫌。だって、横になるだけでも骨がベッドマットに当たって痛いの。床に座るのもお尻が痛い。

 お風呂に入るとき、鏡に映った自分のお尻には小さな痣がテンテンとついていた。骨が床に当たる部分が痣になってしまったのだ。

 がんばって太らなくちゃ……。

 そう思った瞬間、「そこで気負っても仕方ないから」とツカサの言葉が耳にこだました。

 ……気負って焦っても仕方ない。

「短期間で増やそうとするな」と言ったのは相馬先生。

 痩せるためのダイエットと同じで、急激に増やせたとしても必ずリバウンドが起こるのだという。

 ダイエットなんてしたことがないからわからないけれど、急激に痩せればすぐに元に戻ってしまうのだという。脳を騙し騙し減らしたり増やしたりするのがいいのだと教えてもらった。

 一ヶ月間での体重増減稼動領域は二キロ以内。その数値を超過すると、脳の防御システムが作動し、痩せるためのダイエットをしていれば基礎代謝を抑えるように脳が指示を出し始める。結果、基礎代謝が落ち、脂肪燃焼ができない痩せづらい体質になってしまうのだとか。

 太るためのダイエットも例外ではない。

 たくさんの分量を食べ慣れていない人が急激に食べ始めると、胃腸が覿面に疲弊し、ほかの内臓にも負担がかかるのだという。そして、三ヶ月という期間を体重キープできれば、そこがリセットポイントになるそう。

 要は、食べ過ぎて体重が増えても二、三日でリセットポイントまで自然と体重が戻る。その逆も然り。風邪などで一時的に体重が落ちても、しばらくすればリセットポイントまで数値が戻るようにできている。

 この話を聞いて、人間の身体とはよくできているのだな、と感心した。

 ツカサが人体に興味を持つのが少しだけ理解できた気がした。

「あのね、一ヶ月に一キロから二キロずつ増やすのが目標なの」

 口にすると、ところどころから「羨ましい」「もっと太れ」など声があがる。

 そこで相馬先生に教えてもらった話をすると、みんながみんな納得してくれた。

「身体にいい食べ物なら食べられるんだよね?」

 香乃子ちゃんに訊かれて、

「うん。白い粉系のものはだめなんだけど……」

「白い粉ってなんか薬物?」

 和光くんに訊かれて思わず笑ってしまう。

「ごめん、ちょっと違う。たとえば、小麦粉とか白米とか、精製されているものはだめっていうことみたい」

「じゃ、全粒粉とかならいいんだ?」

「うん」

 香乃子ちゃんは少し考えてから、

「じゃ、聖人まさとくんにお願いしてみようかな?」

 それはいったい誰だろう?

「あ、私の従兄、七倉聖人っていうのだけど、ウィステリアヴィレッジのコンシェルジュしていて、カフェフロア担当なの。会ったことないかな?」

 訊かれて私は首を傾げる。

「あっ! 七倉さんって兄貴からよく聞くけど、七倉の従兄だったんだっ!?」

 代わりに反応を見せたのは空太くんだった。

「うん。たまにスイーツ食べるためだけにマンションに行くよ」

 香乃子ちゃんはどこまでもお菓子好きを披露する。けれども香乃子ちゃんは太ってはおらず、標準体型。

 そう思ったのは私だけではなく、クラスメイトからも同様の突込みが入る。と、香乃子ちゃんはにこりと笑って答えた。

「ほら、うちってマンションと反対方向にあるじゃない? あ、翠葉ちゃんは知らないよね。マンションの反対側っていうのはつまり藤山の向こう側、病院方面に家があるの」

 それならわかる。学校を基軸にすれば、マンションは南――正しくは南西に位置し、病院は北西だ。

 その位置関係ではまさに正反対の場所にあると言えるだろう。

「スイーツを食べたら家まで歩くって決めてるの」

 さらりと答えたけれど、その距離は結構なものではないだろうか……。

「あぁ、びっくりしてるびっくりしてる」

 香乃子ちゃんはクラスメイトの面々を見てクスクスと笑っていた。

「だって、カノン……家まで歩いたら――」

 と、口にしたのは希和ちゃん。

 希和ちゃんと香乃子ちゃんは中学からの付き合いだという。今は部活も一緒でとても仲がいい。

 香乃子ちゃんのことを「カノン」と呼ぶのは希和ちゃん以外にはいない。ほかの人は「七倉」か「香乃」と呼んでいる。私は「香乃子」ちゃん。「かのこ」という響きが新鮮でかわいくて……。

「ぶらぶら歩くと一時間半から二時間くらいかかる。早歩きで一時間半弱くらい。バスだと十五分で、バス停からも十五分くらいなのにね」

 藤山の周りには病院行きのバスや藤倉駅行きのバスが十分に一本の間隔で走っている。きっとそのバスのことだろう。

「七倉……頼むから、それ、今の季節は水分持ってなかったらやらないで……」

 佐野くんが頭を抱えてしゃがみこんだ。

「あははっ! 当たり前だよー! 安心して? そこまで無謀じゃないから。洋菓子のときしか藤山大回りコースはやらないの。たいていは和菓子だから、高等部門から中等部門へ抜けるコースで四十分から一時間コースだよ」

 香乃子ちゃんは佐野くんの隣にしゃがみこんで、肩をポンと叩いた。

 赤いフレームのメガネがキラと光る。

 そういえば、香乃子ちゃんはうちのクラス唯一のメガネ女子だ。訊けば、

「異物を目に入れるのがちょっと耐えられなくて……」

 という理由でコンタクトを断固拒否しているのだという。

 そういえば……香乃子ちゃん、夏休み前と髪型が変わった……? 一学期はストレートだった髪の毛が、今はふわふわしている。

 じっと見ていると、

「やっぱりおかしい?」

 香乃子ちゃんは肩につかないボブの髪を押さえて頬を赤らめた。

「えっ!? あ、あのね、ふわっとしててかわいいなと思って……」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、パーマ……なんか失敗だったんだよね」

 苦笑する香乃子ちゃんに、

「私は似合ってると思うけど?」

 桃華さんが口にした。ほかのクラスメイトも「ストレートよりも感じが柔らかくていいじゃん」など感想を述べる。と、

「本当に?」

「うん、似合ってると思う」

 佐野くんの言葉に、香乃子ちゃんは顔を真っ赤に染めた。さっきの少し紅潮したというレベルではなく、ものの見事に真っ赤……。

 それで、「あ――」と思った。

 香乃子ちゃんはもしかしたら佐野くんのことが好きなのかもしれない。

 きっとそう思ったのは私だけではないだろう。でも、誰も何も言わない。

 このクラスはこういうクラスなのね……。

 恋、か――。

 私の好きな人は秋斗さんだった。でも、やっぱり私にはその気持ちがわからない。

 香乃子ちゃん、恋って……人を好きになるのってどんな感じ? どういう気持ちなのかな――。

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