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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
38/120

38話

「……びっくりした」

 心臓が一瞬止まった気がしたくらい。

「……でも、ちゃんとお返事はできた」

 ――「まず、ほかの男にこんな状況を許してほしくないし、俺は――そうだな、もっとドキドキしてほしい。俺を男として意識してほしいから」。

「こんな状況」とは、人間座椅子を示すのだろうか……。

「ドキドキ」なんて、秋斗さんが何か行動するたびにしているのに、これ以上ドキドキしたら、私の心臓は壊れてしまうに違いない。

「男として意識してほしい」は――男、男子、兄、父、全部同じ性別だけど……。兄と父は家族。男と男子は一緒……?

 異性、性別――。

 ちゃんと理解できている気はしないのに、言われたときはどうしてあんなにドキっとしたのか……。

 いつものように左サイドの髪の毛に触れるけど、そこにあるはずのものはない。

 秋斗さんはとんぼ玉を持ったままバスルームへ行ってしまったのだ。

「私、とんぼ玉に頼りすぎ……」

 依存しすぎるのは良くない。わかっているのに、携帯へと手が伸びる。

 携帯を手に取ると、暗闇の中でディスプレイが 煌々と 光った。

 やり慣れた操作をいくつかして、途中で携帯を放置する。

 録音を再生する必要なんてなかった。

 何度も繰り返し聴いていたからなのか、それとも、さっき電話で話したばかりだからなのか、携帯を耳に当てなくとも頭の中にツカサの声が直接響く。

 目を瞑り、その声に集中する。

 ――「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」。

 目を開ければ満天の星空。

「きれい……」

 明日もきっと晴れる――。




 あ、さ――?

 瞼の向こうがほんのりと薄暗く、肌に触れる空気がひんやりとしている。

 ……あれ? 私、昨日――ディナーのあとにステラハウスに来て星を見て……。

 背中があたたかくて、恐る恐る自分の後ろを見てみる。と、

「……唯兄?」

「ん~……まだ眠い……」

 むにゃむにゃ言いながら唯兄が背中にぴとりとくっつき、そのまま寝てしまう。

「なんで、唯兄……? あれ? どうして?」

「翠葉、起きたのか?」

 少し離れたところから蒼兄の声。

 視線をずらすと、ソファから起き上がった蒼兄と目が合った。

 蒼兄は起き上がるとこちらへ来て、

「まだ六時だ。もう少し寝てな」

 と、お布団をかけ直してくれる。

「蒼兄、私……」

「昨日、先輩がお風呂に入ってる間に寝ちゃったんだ。先輩がそのまま寝かせたいって言ってくれて、俺と唯もこっちに移動した」

「ごっ――」

 謝ろうとしたら、「ふたりが起きる」と手で口を塞がれた。

 目で「ごめんなさい」と言うと、

「いいから、もう少し寝てな。基礎体温計は枕元に置いてあるよ」

 蒼兄はソファに戻って横になり、背もたれで姿が見えなくなった。




「唯、翠葉、そろそろ起きな」

 ん……。

「寒いからやだ~……」

 唯兄はさっきと同じようにむにゃむにゃ言いながら答え、さらには背中に背中がぴとりとくっつく。

 しかし、 唯兄は私から引き剥がされ、 私の口には基礎体温計が放り込まれた。

「はい、唯はとっととバスルームへ行くっ」

「……あ、ハイ」

 唯兄はむくりと起き上がり、ぶるぶるっと猫のように身震いをしてからてくてくと歩きだした。

 ピピ、と基礎体温の音がすると、

「寝起きで寒いだろうけど、朝食前には着替えないとだろ?」

 私は蒼兄に 促され、シャワーを浴びていた秋斗さんとは朝の挨拶もしないまま、ステラハウスを出た。


 朝の空気は身を刺すような寒さで、身体の末端からどんどん冷えていく。でも、肺に入ってくるそれを不快には思わない。むしろ、好き……。

「翠葉、本館に戻ったら翠葉もお風呂。少しあたたまってから出ておいで」

「うん。――あっ」

 急に大声を出したものだから、手をつなぎつつも先を歩いていた蒼兄がびっくりして立ち止まった。

「足元に気をつけてないと転ぶぞ?」

 夜よりは明るいとはいえ、やっぱり足元はかなり怪しい状態だ。

「あのね、忘れ物しちゃったの……」

「忘れ物ならあとで唯に電話して持ってきてもらえばいい」

「うん、でも……」

 気になって歩いてきた道を振り返る。

 とんぼ玉――。

「因みに、翠葉の携帯なら俺が持ってるよ?」

 手をつないでないほうの手で私の携帯を見せてくれる。

「違うの、とんぼ玉……」

「なんだ……翠葉、手首見てごらん」

 手首……?

 手がつながれている右手を見ようとしたら、「反対」と言われ、左手首を見る。と、そこにはゴムが通されたとんぼ玉があった。

 とんぼ玉はちゃんと私のもとに返ってきていた。


 本館の部屋に戻ると、

「あ、そうだ……」

 と、蒼兄がライターを手に取った。

 首を傾げる私の前で、キャンドルに次々と火を灯していく。

 カーテンが閉まったままの部屋はまだ薄暗く、その中でゆらゆらと揺れる炎はとても幻想的な空間を作り出した。

 蒼兄はソファに掛け、私にも座るように言う。

「前を見てごらん」

 言われた場所へ視線を移すと、私と蒼兄の影の間にハートの影ができていた。

 後ろに何があるのかと振り返れば、 テーブルの上に置いてあるフラワーアレンジメントだった。

 小さいハートはゆらゆらと揺れて、まるでハートが彷徨っているみたい。

「ほかに飾られている花たちにも色んなモチーフがあるみたいだよ」

 そんなことを教えられたら見て回らないわけにはいかない。

 私はひとつひとつじっくりと見て堪能した。

「蒼兄、デジカメある?」

「……コンデジなら」

「借りてもいい?」

「いいけど……」

 こちらを気遣ってくれているのがわかる。

 もしかしたら、昨日の件を秋斗さんから聞いたのかもしれない。

「仕事じゃなくて、なんとなく撮りたいと思ったの。キャンドルでもお花でもなくて影を……」

 普通なら 、目がいくのはキャンドルやお花。写真におさめるならそれらだろう。けれども、ふたつがひとつになったものは影だけ。私はそれに惹かれる。

「これ、どうやったらセピアモードや白黒にできるんだろう?」

「あぁ、それは……」

 蒼兄がメニューから設定を呼び出す方法を教えてくれた。

 全部撮りたい気もしたけれど、それでは時間がいくらあっても足りない。だから、一番気に入ったハートの影と、サークルの中にトライアングルが見える影のふたつだけを撮った。

 私が写真を撮っている間に蒼兄がお風呂の準備をしてくれて、

「翠葉、それくらいにしてお風呂に入っておいで」

「ん、ありがとう。行ってくる」

 蒼兄の手にカメラを返す。と、蒼兄は不安そうな顔をしていた。

「蒼兄、大丈夫……。全部色々大丈夫だから。……大丈夫だよ」

 私は笑顔を作ってからバスルームへ向かった。


 髪の毛は濡らすと乾かすのに時間がかかるから、本当にお湯に浸かってあたたまるだけにした。

「……うーん、来るかも……」

 下腹部に鈍い痛みを感じる。

 今朝は基礎体温を口に入れられ、ピピと音が鳴ったらすぐに回収されてしまったので、体温まではチェックしていなかった。でも、ここ数日は高温期に入っていたし、そろそろ低温期に変わってもおかしくない。

 最近身体がだるかったりひどく眠かったのは、生理前だったからなのかもしれない。

 生理は憂鬱だ……。でも、来なかったら来ないで困るし……。

 けれども、やっぱり痛いのは嫌い。せめて、この旅行が終わるまでは来ないでほしいなぁ……。

 お風呂から上がったらナプキンだけはあてておこう。それから、鎮痛剤も飲んでおこうかな。

 本格的に痛くなってからだと薬の効きが悪くなる。


 お風呂から上がり着替えを済ませて外を見たら、さっきよりも明るくなっていて、朝らしい光が差し込んでいた。

「蒼兄、少しだけお散歩する時間あるかな?」

「まだ七時半過ぎだから大丈夫だよ」

「行ってきてもいい?」

「ひとりで?」

「だめ?」

「いや、かまわないけど……あたたかい格好して行けよ?」

「うん。それから、ちゃんと携帯も持っていく」

 そう言って部屋を出た。

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