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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
30/120

30話

 幸倉の家の近くにあるインターから高速道路に乗り、唯兄が言っていたように一時間ちょっと走るとサービスエリアに入った。

 高速道路でずっと並んで走っていたわけでもなく、サービスエリアに入るのにも一台一台誤差が生じる。秋斗さんの車を蒼兄と昇さんが追い越すことはなかったので、きっと私たちが一番のり。

 秋の行楽日和、ということもあり、道もサービスエリアもそれなりに混んでいた。

 トイレ休憩で外に出ると、風が少し吹いているものの、寒いとは感じない。

「じゃ、ここで待ってるからね」

 秋斗さんとはトイレの斜め前に植わる木のところで別れた。

 トイレから出てくると、昇さんや蒼兄たちもいた。

「無駄に目立ってるなぁ……」

 秋斗さんに昇さん、蒼兄に唯兄。ただ、立って話をしているだけなのにとても絵になる。

 四人とも年もタイプも違うけれど、間違いなく人目を引く容姿をしていると思う。

 昇さんはワイルドな大人の人。今日は黒いサングラスをしていてワイルド二割り増し。

 秋斗さんは――紳士、かな? 濃い茶色のジャケットがとても似合っている。サングラスは昇さんとは違うタイプのものでセピア色。全体的に紅葉こうようっぽい色味でまとめられていた。

 蒼兄はインテリっぽい感じ。別段いつもと変わった格好はしていない。白いシャツに黒のジーパン。確か上に羽織るものにグレーのパーカを持ってきていたはず。

 唯兄は中性的で、服装によっては女の人に見えなくもないけれど、今日はちゃんと男の人に見える格好。チャコールグレーのライダースジャケットは少し代わった形をしていてフード付き。その下には白いTシャツと黒のボトム。足元はモスグリーンのショートブーツ。

 四人を見ているとモデルさんを見ている気になる。

 そんなことを思いながら遠目に見ていると、少し高めの声が聞こえてきた。

「あの四人格好よくないっ!?」

「うん、年齢差ありそうだけど、どういう関係なんだろ?」

「兄弟とか?」

「でも、全然似てないよ?」

「じゃ、バイト仲間とかかなー?」

「女ひとりもいなくない?」

 後ろで話している人たちの会話を聞いてしまうと、蒼兄たちに近寄るに近寄れない。

 そのとき、

「どうしたの?」

 耳元で声がしてびっくりした。

 振り向く前に横に並んだのは栞さんだった。

「何こんなところから眺めてるの?」

 どうやら栞さんもトイレに行っていたらしい。

「なんだか、近寄るに近寄れない感じです」

 辺りを見回してそう言うと、

「そうねぇ……」

 と、栞さんも周りを見渡す。

 十メートルほど先にいる四人はそこかしこの視線を独占していた。そんな状況を確認してため息をつくと、

「自慢しちゃおう!」

 栞さんは私の手を引っ張って走りだした。

 途中で手を離され、栞さんは昇さんのもとへと一目散。

「お待たせ」

 と、昇さんの腕に自分の腕を絡めた。

 すごく絵になる夫婦。仲良しさん。

 栞さんを見る昇さんの目はとても穏やかで、そんな昇さんを見るのが好きだった。

「すごく仲のいい夫婦だよね」

 背をかがめて私に視線を合わせた秋斗さんに言われる。

「っ……はい、すごく幸せそうです」

 不意打ちで秋斗さんの顔が近くにあると心臓がぴょん、と跳ねるほどにびっくりする。

 なんていうか、近くにいすぎるとどうしたらいいのかわからなくてそわそわしてしまうのだ。

 苦手とか怖いとかそういう感情ではない。これはいったいなんなのだろうか。

 そのとき、ふわりと瑞々しい香りがした。

 香水、かな……?

 そんなことに気を取られていると、さっきまでいたはずの蒼兄と唯兄の姿なくなっていた。

 どこに行ったの……?

 周りを見回してみたけれど姿は見えなくて、逆に通り過ぎる女の人たちの視線に気づく羽目になる。

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。蒼樹たちは飲み物を買いに行っただけだから」

 秋斗さんがクスクスと笑いながら教えてくれる。

 そうなんだ、とほっとしてからは、また栞さんと昇さんに視線を戻した。

 周りの刺さるような視線を感じるくらいなら、昇さんたちを見ているほうがいい。

「あんなふうに翠葉ちゃんと仲良くなりたいな」

「え……?」

「下心は多少なりともありますよ? でも、本気だから」

 秋斗さんは穏やかに笑う。

「俺はあの日、このドライブに行かなかったら翠葉ちゃんを好きになることはなかったかもしれない。……いや、どうかな――たまたま自分の気持ちに気づいたのがあの日だっただけで、森林浴に行ってなくても君に惹かれたのかな」

 私に話しているようで、どこか自分自身に問いかけているような言葉だった。


「リィっ! 朝に持たせたミネラルウォーター、半分くらいは飲んでる?」

「え? あ、うん。ちょうど半分くらいかな?」

 そう答えると、秋斗さんも伴って車へと移動することになった。

 ドリンクホルダーからそのペットボトルを取り出すと、その中にリンゴジュースを注ぎ始めた。

 まるで化学の実験か何かで液体と液体を混ぜるような感じ。

 唯兄がやるとなんでもいたずらをしているように見えるから不思議だ。

「はい、ハーフジュースの出来上がり!」

 残りのジュースと新しいミネラルウォーターも一緒に渡される。

 手際の良さにびっくりしつつ、こういう優しさが嬉しかった。

「唯兄、ありがとう!」

「どういたしまして! リィ、俺のこと好き?」

「大好きっ!」

「俺もっ、リィ大好き!」

 唯兄にぎゅっと抱きしめられ、ゴロゴロと猫のようにじゃれつかれる。

 好きな人にはみんなに伝えていきたいな。好きって――大好きって。

「唯兄の髪の毛ふわふわしててくすぐったい!」

「だそうだ……」

 秋斗さんの低い声が聞こえ、べり、と唯兄を引き剥がされた。

「先輩、大人気ないですよ……」

 蒼兄は車に寄りかかって笑っている。

「大人げなくて何が悪い。さ、翠葉ちゃん、そろそろ行こう?」

 私は秋斗さんに促されて助手席におさまった。

「じゃ、次は現地でね」

 唯兄に言われ、先にサービスエリアを出た。


「翠葉ちゃんは若槻に触れられるのは全然大丈夫みたいだね?」

「そう言われてみれば……。なんだか本当のお兄ちゃんみたいな感じなんです」

 どうしてか、照れてしまうくらいに恥ずかしくて嬉しい。

「なんだこれ……。嬉しい気持ちもあるのに、俺はなんだか複雑」

「なんですか、それ」

 クスリ、と笑って訊くと、

「若槻はさ、もうひとりの弟みたいな感じなんだ。憎まれ口叩きつつも部下でもあって――ずっと頑なだった若槻を救ってくれてありがとうね」

 秋斗さんはふわりと優しく笑った。

「今日の秋斗さんは表情が豊かです」

「そう? だとしたら、それは翠葉ちゃん効果だよ」

 前方を見据えたままそう言われる。

 私、効果……。私にはどんな効果があるのかな。何ができるのだろう……。


 高速道路を下りて少し走ると、仰々しいゲートの前にたどり着いた。

 ゲートの脇には警備員さんがいたけれど、秋斗さんはその人たちがゲートを開けるのを待つことなく、自身の携帯を操作することでゲートを開けた。

「秋斗さん……それ、普通の携帯に見えるんですけど、何か違うモバイルだったりします?」

「普通の携帯。翠葉ちゃんと同じ機種だよ」

 と、携帯を持たせてくれる。

 まだ秋斗さんのぬくもりが残るそれは、本当に私と同じ機種の携帯で――。

 なのに、秋斗さんが手に持つと違う端末のように思える。

「ちょっと仕掛けをしてるだけ」

 秋斗さんはいたずらっぽく笑った。

「春にもね、ここでまるきり同じことを訊かれたんだ」

 そう言って車を発進させた。

 ゲートの向こうには適度に整備された小道が続いている。

「ここはまだみたいだけれど、もう少し奥まで行けば、多少は紅葉しているんじゃないかな」

「……きれいなところですね」

 新緑の季節はさぞきれいだったことだろう。

 こんなすてきなところに連れてきてもらったのに、私は忘れてしまったのね――。

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