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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
22/120

22話

 一部始終を見ていた青木先輩が、

「藤宮くんも心配してるんでしょ」

「……わかってはいるんですけど、ツカサが出てきたらあの人たちは――ツカサを好きな女の子たちはもっとつらいことになります」

 何度も話を聞いていれば、何が原因なのかは必然と見えてくる。

「話したいのに話せない」「近づきたいのに近づけない」――。

 そう思っているからこそ、ツカサの近くにいる私が目の上のたんこぶになるのだ。

 でも、それは私がどうこうするのではなく、ツカサが少し変わればすぐ解決することなのに……。

「なんかちょっとわかったわ……」

 青木先輩が面白そうにクスクスと笑う。

「何が、ですか?」

「呼び出しの質が悪化しない理由」

 悪化しない、理由……?

「もっとエスカレートして刃傷沙汰っていうか、取っ組み合いになるくらいは想像してたのよ。でも、今のところ、そういうのは一切なし」

 うん……。初めて呼び出されたときは叩かれそうになったけれど、今となってはそんなことはない。

 始めこそ「呼び出し」という形でも、話していくうちにそれらは「相談」になっていることもある。中には、廊下で会うと挨拶をしてくれるようになった人もいるのだ。

 友達とはいえないかもしれない。でも、知り合い程度にはなれた気がする。

 そうして知り合った人の中には、ツカサが思っていたような人間ではないと知り、「気持ちが冷めた。現実を見ることにするわ」と言い出す人もいて――。

 それはそれでなんだか複雑な気持ちになる。

 確かにツカサはぶっきらぼうだし無愛想だし言い方がきついこともある。でも、本当はすごく優しくて頼りになる人なのに……。

 格好良くてスポーツができて頭がいいだけの人じゃないよ。そこだけしか見ていなかったの? ――もしくは、それ以外は見ることができなかったのかな、と。

 そう思うと、なんだか悲しくなる。もったいない、と思う。

 それだけの人じゃないのに、ほかの部分を見られないことが。

 それから、ツカサがそういう自分を見せられないことも、もったいないと思う。

「孤高の王子様っていう感じがなんともいえない」という人は多い。そして、「話したい」「近づきたい」という人も同じくらいいる。それでも、実際に私とツカサの口喧嘩を見たり聞いたりした人は、「思っていたのと違う」と言う。

 その意味が、私にはよくわからなかった。

「思っていたのと違う」というのは、どういうことなのか。

 偶像崇拝――そんな言葉が脳裏を掠めた。


 紅葉祭の準備が詰めに入る九月末――。

 三文棟に向かう途中で久しぶりに激痛発作が起きた。

 薬をすぐに飲んだけれど効果は望めそうになく、テラスで蹲っていると、「大丈夫?」と声をかけられた。

「冷や汗すごいけど……。保健室に連れて行こうか?」

 身体を支えようとしてくれた手に、私は身を竦めた。

「やっ――」

 先輩はすぐに手を引っこめた。

 名前は覚えていない。でも、三年のクラス委員長のふたりということはわかっている。

「ごめ、なさい……。身体中痛くて――」

 余裕なんて全然ない。でも、せっかく話せるようになった人たちにひどいことはしたくない。

指宿いぶすき、生徒会に連絡して」

 女子の先輩がそう言うと、男子の先輩が連絡を入れてくれ、ツカサが来てくれることになった。

亜里沙ありさ、荷物持つから姫の汗拭いてあげなよ」

「うん。汗を拭くくらいなら大丈夫かな?」

 訊かれてコクリと頷いた。

 全身痙攣が始まる――そんな予感がしたとき、ツカサが息を切らして走ってきた。

「秋兄に車回してもらってる。そこまでは俺が連れていくから」

 ツカサはすぐに私を抱え上げたけど、ツカサの腕に当たる部分がひどく痛んで悲鳴をあげた。

「ツカサっ、痛いっっっ」

「我慢しろ。どうやってもここから駐車場まではこの方法でしか運べない」

 そう言ってすぐに立ち上がり、図書棟のエレベーターを使って一階へ降りる。と、そこには秋斗さんの車が停まっていた。

 車には湊先生も同乗しており、私はそのまま病院へと搬送された。


 こんなに痛いのは久しぶりで気が狂いそうだった。

 病院に着くと点滴を打たれ、少し落ち着いたところで昇さんがトリガーブロックの施術をしてくれた。

 外が暗くなる頃にはだいぶ落ち着いていた。

「どうだ?」

 相馬先生に訊かれる。

「このくらいの痛みなら我慢できます」

「……少し疲れが出たんだな」

「でも、すごく楽しいの」

「いいことだ。けど、微熱が続いてる」

 それには気づいていた。むしろ、蒼兄にも湊先生にも何も言われないことのほうがおかしいくらいで……。

「慢性疲労症候群――CFSを放置するのは良くない」

 でも、どうしたらいいのかわからない……。

「学校は休みたくないです……」

 紅葉祭前で忙しいときに休みたくない。

 みんなほど動けなくても、それでも少しは役に立てている。そんな感触を得られていた。

 私が抜けても小さな穴が開くだけで、すぐに誰かが埋めてくれるのかもしれない。

 でも、それじゃ嫌だよ……。自分の居場所がなくなっちゃう――。

「そんな顔すんな。坊主とも何やらうまくいってないんだろ?」

 コクリと頷く。

 治療に来るたび、相馬先生にはずっと話を聞いてもらっていた。

「まずはそこから解決しとけ」

 先生はスツールを立つと、病室から出ていった。

 あの、先生……。今日はもう帰ってもいいのかな?

 思いながら病室の入り口を見ていると、思わぬ人物が入ってきた。

「……ツカサ」

 どうして……。

 時計を見れば、まだ六時半だ。学校では紅葉祭準備をしている時間。

 だいたい七時くらいまで作業をして、七時から七時半にかけて校内に人が残っていないことを確認してから下校する。それが生徒会の仕事のひとつでもあるから。

「どうしているの……?」

「先に上がらせてもらった」

 ツカサはゆっくりと歩いてきてスツールに腰を下ろした。

 あぁ、久しぶりだ……。このアングルでツカサを見るのは。夏休み以来、かな。

「数日休んだら?」

 言いづらそうに言われて、思わず涙が零れた。

「また入院するのは嫌だろ?」

 ツカサは諭すように話す。

「私がいなくても困らないものね」

 とても顔を晒していられる状態ではなく、手の甲で顔を隠した。

「……困る。翠がいないと困る。誰が計算やるんだよ」

「そんなの、電卓があれば困らないじゃない」

「一緒に練習しなくちゃいけない歌だってあるだろ」

「一曲だけだもん」

「伴奏してもらう曲を含めたら二曲」

 わかってる……。こういうの、「ああ言えばこう言う」って会話だ。

 それでも、「困る」って言ってもらえて嬉しかった。

「翠がいないと困る人間たち――」

「え……?」

「生徒会のメンバーが困るって」

「……でも、私が抜けてもそんなに大きな穴は――」

「開くんだよ。うちの生徒会で俺に文句を言えるのは翠くらいだから。俺への文句は翠に言わせるっていうのがメンバーの常套手段」

 そうなの……?

「だから、翠がいないと困る人間はいる」

 必要のされ方は意外だったけれど、それでも「必要」という言葉はとても嬉しい響きだった。

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