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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
17/120

17話

「御園生さん、集計のことでちょっといいかしら」

「あ、はい」

 それは球技大会中の出来事だった。

 前を歩くのはジャージのラインがブルーだから二年生。先輩だ。

 学校のジャージは三学年とも黒。それに二本のラインが入っていて、学年ごとにその色が異なる。

 一年はエンジ、二年はブルー、三年はグリーン。学年が変わったら色が変るのではなく、学年持ち越しになるので、来年入ってくる一年生のカラーが現三年生のカラー、グリーンになる。

 先輩のあとを歩いていき不思議に思う。

「先輩、集計なら――」

「こっちでいいのよ」

 にこりと笑みを浮かべた先輩は、二階から一階へと階段を下り始めていた。

 集計が行われているのは特別教科室棟こと、特教棟の二階中ほどにある視聴覚室だ。けれど、今私は二階のテラスから特教棟に入り、入ってすぐのところにある階段を下っていた。

 当然ながら、ひとつ下れば踊り場に出る。その踊り場の、二階からは見えない場所に立たされ質問を受けることになっていた。

「あなた、藤宮くんのなんなわけ?」

 ツカサ……?

「……先輩、集計は?」

「そんなの、呼び出す口実に決まっているでしょう?」

 柔らかにウェーブした髪の毛をポニーテールしている人が笑う。

「口実……?」

「なんでもいいから、早く質問に答えてくれないっ!?」

「あの……藤宮くんとはどの藤宮くんでしょう……?」

 私の周りには藤宮くんと呼ばれる人や藤宮さんと呼ばれる人が複数いる。この場合、先輩が「藤宮くん」と言うのだから、ツカサか海斗くんが該当すると思うのだけど――。

「司くんのことに決まっているでしょっ!?」

 ……決まってるんだ。

「あ……えと、友達、です」

 そう答えると、先輩はさらに目を吊り上げた。

「彼女でもないくせに名前の呼び捨てなんて許せないっ。なんでそんなに馴れ馴れしいのよっ」

 詰め寄られて少し考える。

 どうやら、「友達だから」という理由は呑んでもらえないようだ。そして、追加された質問は「なんで」。

「……そう呼んでほしいと本人に言われたから?」

 できるだけ簡潔に、意味が間違いなく伝わるように言葉を選んだつもりだった。けれども、それもどうやら不正解らしい。

 経緯を答えれば正解だと思った私は安直だったのだろうか。

「彼女でもないくせに図々しいっ」

 彼女……図々しい……?

 なんとなく概要が理解できた気がする。きっと、どんなに私が考えて返事をしても、この先輩の欲する正解にはなり得ないのだろう。でも――。

「すみません、ひとつだけおうかがいしてもいいですか?」

「何」という言葉の変わりに、きつい視線が飛んできた。

「後輩が先輩を呼ぶとき、友達であっても『先輩』をつけないとおかしいのでしょうか?」

 それを誰かに訊きたいと思っていた。

 始業式の日、河野くんに言われてから少し気にはなっていたから。

 でも、生徒会の先輩たちは羨ましがりこそすれ、誰もそれを止める人も咎める人もいなくて、ツカサを呼び捨てで呼ぶのは当たり前になっていた。

「後輩なら後輩らしく、先輩をつけて呼びなさいよっ」

 なるほど……。それが後輩と先輩のスタンスなのね。

 中学でも先輩後輩といえる仲の人がいなかったため、すべてが初めてのことで、常識を踏まえていなかったのは私ということになる。それならば――。

「名前の呼び方を改めたら図々しくないですか?」

「……いつも一緒にいるのも腹立たしいわ」

 あぁ、それはちょっと難しいかもしれない。

「あの……今は球技大会中だし、紅葉祭前だから一緒にいる時間はどうしても増えちゃうんです」

「それなら生徒会をやめたら?」

「え……?」

「成績で順位を落とせばすぐに辞められるわよ?」

 意地悪な笑みを浮かべられ、これにはちょっと困ってしまった。

 確かに、順位を落とせば強制的に生徒会を除名されるだろう。でも、わざと成績を落とすのは

――それは違う。

「あの……故意的に成績を落とすことはできません。それは生徒会を辞めたくないから、ということではなくて――成績を落とすことはできないんです」

「何よそれ、ただ生徒会にいたいだけでしょっ!?」

 少し落ち着いたかと思った先輩は、再度険しい表情へと変わっていく。

「私、どうやっても成績表では学年一位になれないので、テストの点数だけは一位を目指したくて……」

 私は体育の授業をレポートで済ませているため、どれだけがんばったところで成績表上では一位を取れない。だから、せめてテストの順位だけは一位を目指したかった。

 蒼兄がいた場所を目標にしたい。テストをがんばるのは、本当にそれだけの理由だった。

「だいたいにして、うちの学校で一位とか軽々しく口にしないでっ」

 激昂した先輩の手が高く上がり、叩かれると思った。次の瞬間――。

「御園生ちゃーんっ、どこー? バスケの試合応援に来るって言ってなかったー?」

 二階から私を探す声が聞こえてきた。

 誰かわからないけれど、きっとクラスメイト。私はバスケの試合を応援するために特教棟を出たところで声をかけられたのだ。

「あっ、いたいた!」

 二階から顔を覗かせたのは河野くんだった。

「あのね、今ちょっとお話をしているから先に――」

 あ、れ……?

「先輩……?」

 気づけば先輩は階段を駆け下り、一階の出入り口から外へ走っていってしまった。

「お話途中だったんだけどな……」

 ひとりポツンと廊下に立っていると、「御園生ちゃん」と河野くんが踊り場まで下りてきて、私と同じように一階へ続く階段を見ていた。

「今のはさ、お話っていうんじゃないでしょ?」

「え……?」

「ま、内容的にはそれほど過激なものじゃなかったけど、あと少しで顔殴られるところだったじゃん」

 河野くんは壁に寄りかかり、じとりと私を見た。

「あっっっ」

「何っ!?」

「河野くん、次バスケの試合じゃないのっ!?」

「大丈夫。前の試合長引いてるからあと十五分は余裕あるよ。それに、試合五分前には携帯に連絡来るようになってるから平気、余裕」

「そうなの……?」

「だから、まずここに座りましょうか? お姫様」

 河野くんが壁に預けていた背をずるずると滑らせて踊り場にしゃがみこんだので、私も同じようにしゃがみこんだ。

「今の、呼び出しとかリンチってやつなんだけど、御園生ちゃんわかってる?」

「え? 今のが……?」

「……そうですかそうですか、今認識したって感じっすね? 紛れもなく呼び出し。因みに、あれは藤宮先輩ファン」

 河野くんは丁寧に補足説明をしてくれる。

 呼び出し、かぁ……。

「なんか新鮮……」

 ふと口から漏れた言葉に河野くんが過剰反応を示す。

 そんなにおかしいことを口にしただろうか……。

「なんか拍子抜けするくらいリラックスしてるように見えるんだけど……怖くなかったの?」

「怖くはなかった、かな? 驚きはしたけれど」

 私が新鮮だと思った理由は別にあった。

「御園生ちゃん、気づいてるかなぁ……。最近流れてる噂とか」

 河野くんが心配そうな顔で私の顔を覗き込む。

「うん。少しだけ知ってる……」

 その噂とは、私が拒食症であるとか、親が藤宮病院と懇意にしてるからツカサが私を無下にできないとか、そんな感じのもの。

「それで今の呼び出しだよっ!?」

 畳み掛けられるように言われたけど、やっぱり「怖い」という感情は持っていなかった。

「河野くん、噂はどんなに否定しても否定した分だけ尾ひれがついて、噂が助長するでしょう? でも、今の先輩みたいに直接訊きにきてもらえたら、私は違うことは違うって否定できるの。だから新鮮だな、って思った」

 河野くんは頭を抱えてしまった。

「頭痛い? 大丈夫?」

 尋ねると、河野くんはこめかみのあたりをきゅっと後ろに引っ張って狐顔になる。

「あのさっ、嫌なこと訊くんだけどっ」

 勢いよく前置きをされ、

「中学んとき、どんないじめにあってた?」

 かなり直球。でも、心配してくれているのがわかるから、そんなに嫌じゃない。

「あのね、こういう呼び出しとかはされたことがないの」

「どんなのがメイン?」

「んー……たいていはものがなくなるとか? 机の上の落書きや教科書への落書き。あとは机の上に花瓶とか……。でもね、ゴミ箱やトイレ、裏庭を探すとたいていそこら辺になくなったものはあるの」

「それ、『ある』って言わないし……」

「そうだね」

 私は苦笑を返した。

 でもね、河野くん……見つからないよりは見つかったほうがいいんだよ。

「一度、体育の授業中に制服のスカーフを切られてしまったことがあって、あれはちょっと堪えたな。制服本体だったらどうやっても隠せなかったけど、スカーフだったから、両親に内緒で新しいのを買うことができたっけ……」

「ほかには?」

 河野くんは勢いをなくし、少し遠慮気味に訊いてきた。

「あとは噂と無視、かな。グループに入れてもらえない以前に口をきいてもらえなかったの」

 無視されるのが一番きつかった……。

「悪い、つらいこと言わせて……」

「ううん、大丈夫だよ。……今までは私の何が気に入らなくてそういうことをされているのかがわからなかったんだけど、さっきの先輩は面と向かって言ってくれたから。こういうふうに何が嫌なのか言ってくれたら対処法が見つけられるかなって。そう思うと新鮮だった」

「……御園生ちゃんってほんっとに思考回路がちょっと変~……」

 河野くんはうな垂れたけれど、すぐに体勢を立て直して右手の人差し指を立てた。

「何にせよ、彼女でもなく付き合ってもいないなら、公の場で藤宮先輩を呼び捨てるのはやめたほうがいいよ。それだけで藤宮先輩ファンを刺激しちゃうから」

「……そうみたいね? ねぇ、河野くん、ひとつ質問してもいいかな?」

「もう、この際なんでも訊いてっ! なんでも教えるから」

「後輩と先輩であっても、友達だとしたら、それでも名前の呼び捨てっておかしいこと?」

 河野くんは少し悩んでからこう答えた。

「人による。もしこれが美都先輩や加納先輩なら、なんの問題もないと思う。御園生ちゃんの場合、相手が藤宮先輩だから問題なんだ。あの人、無愛想だしほとんど女子と会話すらしないけど、幼稚舎からずっと王子なんだよね。ついた通り名が孤高の王子。それなりにファンもいるけど当の本人は彼女を作ったこともなければ女子には無関心。そんな人だからこそ、藤宮先輩のファンたちは安心していられたわけで――言わば、共同戦線を張ってられたんだ。それが御園生ちゃんが現れてからというものの、変化が著しい。そのことにファンが慌て始めたんだ」

 ツカサって人気者なのね……? でも、ツカサの変化が著しいってなんだろう……。

「風紀委員はいつでも動けるようにスタンバイしてるけど、万全じゃない。だから、自分でもある程度は気をつけてほしい」

「うん、わかった……。助けてくれて、ありがとう」

「俺は仕事だからね」

 そこで、藤宮学園における風紀委員の仕事内容をざっくりと教えてもらった。

 表向き、学園の風紀を取り締まるのが仕事。その内情はいじめが蔓延しないように取り締まることでもあるらしい。

 この学校は何を取っても「普通」からは少しかけ離れた学校だった。

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