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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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47 Side Tsukasa 01話

 翠を置き去りにしてマンションを出た。

 ロータリーに停まる車の窓を軽く叩く。と、すぐに窓が開き「翠葉は?」と訊かれる。

「置いてきました」

「は……?」

「あと一、二分して出てこなかったら要救助ってことで」

「何それ」

「宣戦布告という名の爆弾投下」

 運転席に座る御園生さんは、「はぁ」とため息をついてハンドルにうな垂れた。

「司の爆弾って破壊力ありそうだよな」

「一晩考えた程度のものです」

「十分だろ? 翠葉、泣かせたのか?」

「言い逃げしてきたのでどうだか……。じゃ、あとは頼みます」

 以上でその場を去るつもりだった。が、

「司っ?」

 俺はわざとらしく一息ついてから振り返る。

 御園生さんの顔つきが少し変わっていた。シスコン兄貴のそれに。

「爆弾をまともに食らった船は沈みます。どの道、サルベージは必要」

「サルベージって……」

「翠を学校に連れてきてください。絶対に――」

 そう言って背を向けた。

 最後の一言は翠がどうという話ではない。御園生さん自身に向けた言葉。

 この人のシスコンは今に始まったものじゃない。だけど、いい加減甘やかすだけじゃなくて突き放すこともできるようになれ、と怒鳴りたくもなる。

 なんで自分ばかりがいつもこんな役なんだか……。

 そうは思うけど、「こんな役」でも必要ならやる。

 俺だって、もっとゆっくり進みたいと思っていた。翠の抱えているものをひとつひとつ解き放てたらいいと思っていた。

 海斗の話を聞くまでは……。

 真相を知ったら無理だった。

 翠がどうして人と行動を共にすることにそこまで拘るのか。それを知ったら無理だった。

 翠の抱える不安要素――その中に自分も入っていた。

 急いたところで翠の中で凝り固まったものがすぐに解けるわけじゃない。そんなことはわかっている。

 それでも、中学のときと「今」を混同していることに腹が立った。

 トラウマ――違うとわかっていてもできないからこその「葛藤」であることは理解している。それでも、腹が立ったんだ。

 俺、苦手なものは徹底して克服させる主義なんだ。

 こんなの、勉強を教えるのと然して変わらない。

 わかるまで何度も問題を投げつけ、何度だって解かせる。

 サドで結構。パブロフの犬上等。


 教室に入り、窓際――後ろから二番目の席へ真っ直ぐ向かう。

 席に落ち着き一限目のノートを広げたものの、窓の外が気になって仕方ない。

 翠は来るだろうか……。

 本当は昨日の夜に言っても良かったんだ。ただ、言うタイミングを少し考慮しただけのこと。

 昨夜話したら、今日の翠は間違いなく睡眠不足だっただろう。俺はそれを回避したかっただけだ。

 言おうかどうかに悩んだわけじゃない。

 登校前に待ち伏せしたのは、学校へ行く前が一番効果的だと思ったから。

 俺があんな態度を取れば、水面下に隠れていた翠の不安要素は浮き彫りになる。

 翠はそんなに器用な人間じゃない。ごまかすということがとことん下手な人間だ。

 悪いけど、そのくらいは想定済み。

 それから、そのくらいの影響力が俺にはある、と少しくらい自惚れさせろ。

 翠の隣に立つことができたとして、どれだけ言葉を駆使しても翠は納得しない。

 理解できないのではなく、わかっているのに受け入れられないんだ。

 簡単に払拭できるものじゃないからこそ、翠はあんなにも葛藤しているわけで……。

 こんなとき、俺には荒療治しか思いつかない。

「……俺、やな医者になりそう」

 それでも、もう何度か経験してきた。

 翠はケンカするほどに言い合いをしないとだめなんだ。

 追い詰めて、崖っぷちに立たせて、自分と対峙させることが一番の近道。

 極限まで追い詰めて、本音を口にさせないとだめなんだ。

 今朝、俺がしたこと、言ったこと――それは今の翠に取ってこれ以上ないストレスだろう。

 そんなことはわかっている。

 でも、ずっと抱えさせておくよりはいいだろう。

 もとより、まだ朝だ。今日がこれで終わりなわけではない。

 翠、学校へ来い――。

 俺の態度なんかに惑わされるな。俺の言った言葉の意味をきちんと考えて理解しろ。

 俺は一言も側を離れるとは言ってない。

 翠の行動をセーブするには側にいないと無理だろ? そんなことくらい、数分で気づけ。

 次に会ったとき、まだわかっていなかったらバカと言わせてもらう。

 もし学校へ来なかったら、次はもっと容赦ない爆弾の投下を覚悟していろ。

「司、ノートなんて見てないじゃん。さっきから外ばっか」

 背後からケンの声。

「司が窓の外見てるのなんて日常茶飯事じゃん」

 前の席の優太が振り返り、その隣の嵐が大げさに頷いた。

「いつだって窓の外か本しか見てないよね? でもって、試験前なのに外見てるのが腹立つわっ」

 前方のふたりを見て、また視線を窓の外へ戻す。

 まだか……。

 時計を見れば八時二十二分。

 タイムリミットまであと八分。

 やっぱり来ないのか……?

 思わず奥歯に力が入る。

 翠は自分に負けるのが一番嫌なんだったよな? なら、来い――。

 机に右肘を突いて顔を固定。ずっと桜並木を見ていた。

 この時間になると、登校してくる生徒も減る。

 たいていの人間が五分前行動で二十五分には教室へ入っているからだ。

 職員会議が終わるのが八時二十五分。三十分にはホームルームが始まり出欠確認を取る。

「あれ? 翠葉ちゃん、珍しく遅いな?」

 桜並木を紅葉祭実行委員と歩いてくる翠がいた。

 なんで御園生さんじゃなくてほかの男……。

「なーんか、足取り重そうだよね?」

 嵐が俺と優太の間に割って入り、外を見下ろす。

 足取りの重い翠を必死で促しているのは一年B組紅葉祭実行委員、高崎空太。

 なんであいつが、とは思うけど、とりあえず学校へは来たから良しとする。

 分針が五を指していた。

 あと五分もあれば二階の教室には着くだろう。

 迂闊にもため息をつくと、

「はっは~ん、司、何かあったんでしょ?」

 訊いてきたのは嵐。

「別に」

 そう言って、翠の姿を目で追っていた。

 高崎が一年B組であろう場所を指差し翠が顔を上げる。

 泣いた、な。

 遠目でもわかる。

 翠の手にはかばんとハンカチが握られていた。

「絶対になんかあったでしょっ!? あまりいじめると、本当に嫌われるよっ!?」

 翠が見えなくなってから、視線をノートに移した。

「確かにな……嫌われるというよりは追い詰めるようなことをした自覚はある」

「何それっ!?」

 目の前に毛を逆立てた猫がいると思った。

 そんな嵐を宥める優太に言われる。

「司、困らせたくなかったんじゃないの?」

「それとは別問題」

「でもさ、いい加減にしないと、っていうか、匙加減は大切」

 神妙な顔で言われた。

 ならさ、教えてみろよ。

「翠相手の加減の仕方。もし知ってるのならぜひご教授願いたいね」

 優太に笑みを向けると、「申し訳ございませんでした」と平謝りの姿勢をとられる。

 嫌われることなんて必要がなければやらない。

 怖がらせることも怯えさせることも、もし、この役を誰かが代わりにやってくれるのなら――いや、それも違うな。この役だけは誰にも譲らない――。

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