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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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38 Side Yui 01話

 ロイヤルスイートでこの広さかぁ……。

 藤倉のスイートとそう変わらないけれど、こっちのほうが若干広くゆったりとしたつくりのような気がする。それが地方だからなのか、パレスだからなのかは謎。

 ついでに、オーナーのゲストルームと比べると、こっちのほうが少し狭い。っていうか、あそこが異様に広すぎるのだろう。

 パレスはやっぱシティホテルとは少し違う。

 会員制を謳うだけのことはある。パレスって感じの高級感とか品、格――。

 ウィステリアホテルはシティホテルの中でも敷居の高い部類だけど、パレスはさらにその上をいく感じ。

「なんつーか……落ち着かない」

 俺がそう言うと、

「俺は参考になるかな?」

 と、あんちゃんが答えた。

 向かいに座るあんちゃんは部屋の中を見回し満足そうな顔をしている。

 男ふたりだっていうのに、わざわざ照明を落としてキャンドルなんてつけてる稀有な人。

「リィがいないんじゃつけても意味ないじゃん」

「部屋の照明を使わなくてもこれだけ部屋をきれいに見せられるってすごいことだと思うよ」

 新たなる視点を与えられ、改めて周りを見回す。

 ホテル住まいを二年以上している俺は、ホテルの照明自体に慣れてしまっている。

 計算しつくされた場所に配置された照明たち。あんちゃんが感心するだけのことはあるのかな? はっきりいって、俺の専門外だ。

 俺はさ、パソコン環境が整ってて食べ物と飲み物さえあれば、四畳半にキッチンとトイレってスペースでも生きていけると思うんだよね。

 あぁ、四畳半もいらないかな? 寝るスペースだけが取れれば文句ない。

 そんなことを考えている俺に向かって、

「たとえばさ、そこにキャンドルが置いてあってここに俺がいるからこの影ができるわけだよ」

 あんちゃんが指差すものはわかるけど、俺の場所からでは影が何を指すかなんてわからない。

「唯、ここに座ってみな」

 指で示されたあんちゃんの隣に座ると、それまで俺の視界には見えなかったものが見えた。

「どう?」

 あんちゃんは満足そうに笑う。

 壁側に座っていた俺に見えなかったもの。それは、花瓶にいけてある花の影。

 それがきれいにハートの形を作っていた。しかも、俺とあんちゃんの影が並ぶその間に、だ。

 部屋に飾られているひとつひとつの花には、それぞれモチーフになるものがあり、キャンドルはそれらを浮かび上がらせる。

 あるものはウサギの耳のような形、あるものはサークルの中に花の影。

 どこに座っても、どこに立っても、何かしら影にモチーフを見出すことができた。

「こんなの気づく人間いるんだ?」

「そっち? 俺はこれを仕掛けた人のほうが気になるよ。このフラワーアレンジメントとキャンドルのコラボはなかなか目にすることができないと思う」

「……リィが見ても気づいたかな?」

「気づいただろうな。こういうものを見る着目点は、俺と翠葉、意外と似てるんだ」

 あんちゃんははにかみながら答える。

「ま、なっていうか、カップルプランだよねぇ……」

 俺は内部の人間だから、やっぱりそういう感想になってしまう。

 こんな演出をされたら女が喜ばないわけがない。

 そんな話をしつつ、

「リィは大丈夫かね?」

「んー……また何か思い出したっぽかったけどな」

 久しぶりに飲むホテルのコーヒーはやっぱり美味しいと思う。でも――。

「美味しいけど、やっぱりインスタントが恋しいな」

「贅沢者め……」

「あんちゃん、俺基本は庶民なんだってば」

 会話をしながらも、あんちゃんはリィのバイタルを気にしていた。

 隣に並んでいたから俺にも携帯のディスプレイが見える。

「ここは地元よりも冷えるからな。血圧はいつもよりも高めにキープできる」

 あぁ、血管が収縮するから?

「リィの今後、どう思う?」

「……また、ずいぶんとストライクゾーンの広い質問だな?」

 苦笑するけど、あんちゃんは俺の言わんとすることをわかっていると思う。

「だって俺、兄妹新参者だし? リィの動向はあんちゃんのほうが詳しいでしょ。どうなると思う?」

「……この夏を一緒に乗り切ってくれた人間が何言ってるんだか。でも、翠葉の今後、かぁ……。こればかりは俺にもわからないよ」

 あんちゃんは携帯をテーブルに置き、大きく伸びをした。

「世の中に男はいっぱいいるのにさ、これが藤宮パワーかね? リィの周りにはあのふたりしかいないように見えるのは俺だけ?」

「いや――俺は普通にそう思ってたけど、そっか……そうだよな? ほかの男って選択肢だってあるんだよな?」

 伸びを取りやめ、まじまじと俺を見るこの人は大丈夫だろうか……。

「リィ、学校で告られてるっぽいよ? 美人の彼女さんから聞いてない?」

「あぁ、なんだかそれっぽいことは聞いたけど、桃華も詳しいことは知らないみたいだ」

「ま、俺も訊かれてびっくりしたけどね。『どうして好きと付き合うはイコールなの?』って」

 それはそれは、本当に不思議そうな顔をして訊いてきた。


「今日、びっくりしたことがあってね」と話しだしたリィ。

 俺はその内容にびっくりしたさ……。

「『好き』と『付き合う』はどうしてイコールなの? 知らない人に『好きです』って言われてびっくりしたのだけど、何か言わなくちゃいけない気がしたから、『ありがとうございます』って答えたの。そしたら、『付き合ってくれるのっ!?』って言われて思考が追いつかなかったよ」

 そんなふうに話してくれた。

 どうやら、その場をタイミングよく通りかかった生徒会の先輩に助けてもらえたみたいだけど……。

「リィは『好き』だから、秋斗さんと『付き合う』ことになったんだと思うけど?」

 俺は最初の頃のことはよく知らないからそんなふうに返した。

「……でも、今の私にはその記憶がないからわからない」

 話に行き詰まってしまったあの空気は痛かった……。

 リィが真剣に訊いているからなおさらに。

 ちょうどあんちゃんが大学に詰めてた時期だったから、その間の出来事はほとんど俺が聞いてるんだよね。しかも、俺がヘルプ求められる人間なんて限られてるわけで……。

 この場合、秋斗さんはNGだし、蔵元さんっていうのもちょっと微妙……。ほかにSOS出せる人間なんてあんちゃんくらいだけど、あのときは本当に忙しかったみたいで、普段ならメールの返信とかきっちりする人がそれすらできない状態だった。

 どう説明してあげたらいいのかわからない俺は、

「イコールになる説明はしてあげられないけど、好きだから付き合いたいっていう流れになる経緯はこんな感じじゃない? ……好きな人とはできるだけ長く一緒にいたいと思ったりするから、付き合うって付属品が欲しくなる。一緒にいるための理由みたいなもん?」

 わかったようなことを答えたけれど、それが正しいかは俺だってわからない。

 みんな、なんとなくそう流されてるだけなんだよ。

 別に、「好き」と「付き合う」がイコールでなくても問題はない。ただ、そういう流れが主流で一般的で普通って言われているだけのこと。

「あ、それなら少しわかる気がするかも……」

 首を傾げたリィの頭の中身をもう少し知りたくてつっついた。

「誰かそういう人がいるってこと?」

 訊くと、リィは嬉しそうに首を縦に振る。

「誰?」

「ツカサと唯兄と蒼兄、それから桃華さんや飛鳥ちゃん、佐野くんと海斗くんも」

 次から次へと周りの人間の名前を挙げ始めた。


「どうよ、うちの妹」

 だいたいにして、司くんや海斗っちはともかくとして、俺やあんちゃんなんて「彼氏」にはなれないし、女友達だって無理だろう。何、百合とかそっち方面ならあり?

 この話を知らなかったあんちゃんは、

「さすが、翠葉……。最強だな」

 と、肩を震わせて笑う。

 でも、この場合、リィが回答者であることを前提に考えれば、すべてが同列だったり並列であることに然して問題はなく、問題があるとしたら、一番に出てきた名前が司くんだったこと。

 家族や友達を並列で考えているのに、一番身近であるはずのあんちゃんや家族ではなく、司くんが一番だったってこと。

「翠葉は気づいてないんだろうけど、今、翠葉の心を占めているのは司なのかもしれないな」

「恐らくね……」

 夏休み中、ずっとリィの側にいたんだ。記憶をなくしたリィが彼に惹かれたってなんらおかしいことじゃない。

 もともと、彼の顔はリィの好み「ストライクど真ん中」らしいし、女の子って生き物は、近くにいて話を聞いてくれる男には惹かれやすいんだよね。

 最初が幼馴染だろうが友達だろうが関係ない。好きな子の相談役から彼氏に昇格するなんて下克上話は学生時代によく聞いたものだ。

 そのくらい、普通にあり得る話。

 淡々と考えを固め始めると、隣からまたしても不穏な思考回路を披露される。

「でもさ、心を占めているからといって、それが恋愛感情とは限らないっていうのが翠葉だよな」

「はっ!?」

「いやさ、司のことは大切な存在として翠葉の中に位置づけられているとは思うんだけど、それが恋愛に結びつくかは不明。信用と信頼は得てると思う。だけど、それ以上の何かであるのかは、現時点で俺はなんとも言えないや」

 何それ……。

「ねぇ、いつかリィの取説作ってくれない? そしたらさ、俺きれいに装丁して秋斗さんに高値で売りさばこうと思うんだけど、あんちゃん加担しない?」

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