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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
11/120

11話

 お腹痛いかも……。

 お昼を食べたときは少し下腹部が痛いだけで、とくには吐き気も何もなかった。けれど、今は痛みに加えて胃がムカムカとしている。

 生理が始まるのは夜か明日の朝くらいかと思っていたけれど、思ったより早くに始まったようだ。

 ナプキンはもうあててあるからそういう心配はいらないけれど――薬、飲まなくちゃ……。

 筆記用具を取りにいったとき、かばんごと持ってくれば良かった。

 立ち上がろうとしたときには、吐き気がひどくて立ち上がることもできなかった。

 生理痛に冷や汗をかき始めた額を押さえると、「翠?」とツカサが寄ってきた。

「顔色悪いけど、貧血?」

 なんて言ったらいいんだろう……。蒼兄には言えてもツカサには生理痛なんて言えない。恥ずかしすぎる……。

「桃華さん――桃華さんとかばん」

 お腹が痛くてそれしか言葉にできなかった。

「簾条、翠のかばん持ってきて」

「すぐ行くわ」

 桃華さんはすぐに来てくれ、私の隣に膝をつく。

「薬……?」

 訊かれてコクリと頷く。

 かばんからピルケースを取り出すと致命的なことに気づく。すると、

「待ってろ」

 言葉を残してツカサが目の前からいなくなった。

「あ、お水……。そういえばさっき全部飲んじゃったものね?」

 桃華さんもかばんの中を見て何が足りないのかがわかったようだった。

「大丈夫? すごく顔色悪いけど……」

「あの……いつもの痛みじゃなくて――生理痛」

 小さな声で伝える。

 桃華さんに話すのも少し恥ずかしかった。

 こんな話は家族にしかしたことがない。友達には話したことがない。

「重いの……?」

「……ん」

 そこにツカサが戻ってきた。

「これ、常温だから」

 持ってきてくれたのはいつも私が飲んでいるミネラルウォーター。

 どうして常温のものがあるのだろう、とは思ったけれど、今は薬が先決。ツカサは私に渡す前にキャップを開けてくれていた。

 掠れる声でお礼を言って受け取り、薬を飲む。

 薬が効けば二十分くらいで楽になる。逆に、それまでは耐えなくてはいけない。

 あぁ、吐き気止めも飲んでおこう。これはちょっと耐えられそうにない……。

 薬を取り出すと、

「吐き気止め……?」

 ツカサがポツリと零した。

 今飲んだのは鎮痛剤。そして、今手に持っているのは吐き気止め。

 コクリと頷きそれを飲み下す。

「生理痛?」

 まだ口に水が入っているときに尋ねられ、思わず咽た。そして顔は熱を持ち始める。

 咽ることで顔が赤くなったんじゃない。恥ずかしかったから……。

 ツカサに普通に訊かれてびっくりしたのと、知られたくなかったのに言わなくても気づかれてしまったから。

「藤宮司……翠葉は外部生よ?」

 呆れたように桃華さんが言う。

「だから?」

「世間一般の学校ではそこまで男子は口にしない。っていうか、うちの男子生徒でももう少し遠慮気味に事態を察するんじゃないかしら?」

 桃華さん、それ、なんの話だろう……。

「別に、生理なんて女の生体機能として自然の摂理だと思うけど……」

 悲しいくらいに、こういう物言いがツカサだと思う。でも、恥ずかしいよ……。

 お腹が痛くて気持ち悪くて恥ずかしいなんて、まるで三重苦じゃないか。

「秋兄の仕事部屋に仮眠室あるからそこで横になってれば?」

 ツカサは本当になんでもないことのように言う。そのほうが救われるけれど、ちょっと居たたまれない……。

「ごめん……今、動けない」

「なんなら運ぶけど……」

 首を振ることで拒否すると、「わかった」と口にしてどこかへ行ってしまった。

 ツカサと入れ替わりでやってきたのは茜先輩。

「ツカサにカイロ持っていってって言われたんだけど……生理痛?」

 すでに開封済みのカイロを差し出された。

 白く小さな手からカイロを受け取りお腹に当てる。

 茜先輩の爪は桜貝みたいな色をしていてとてもきれいだった。

 そこにツカサが両手に大荷物で戻ってくる。

 手に持っていたのは大きなクッションと毛布と羽毛布団。

 どこからこんなものを……!?

 それらをてきぱきと床に敷いたり置いたりしてセッティングを始める。

「ほら、ここで横になっていいから」

 吐き気がひどくて横になりたかったから、ツカサの申し出は嬉しい。でも――。

「横になったら説明する」

 言われてコクリと頷き、クッションの上に横にならせてもらった。

「これらの出所は秋兄の仕事部屋の奥にある仮眠室から持ってきた。こっち側の窓だけ少し開けたから、少しは温度も上がると思う。暑かったら言って。調節するから」

「……ありがとう」

 ここまでされると恥ずかしいを通り越してしまう。

 少し離れた位置にツカサは座り、あの莫大な資金が投入された年のファイルに目を通し始めた。

「翠葉は一学期に受けられなかったけど、うちの学校は保健の授業が徹底しているの」

 桃華さんが教えてくれる。

「そうそう、なっちゃん先生が手取り足取り詳しく教えてくれるのよ」

 ふふ、と軽やかに茜先輩が笑った。

 なっちゃん先生って、誰だろう……?

「うちの学校では必修科目に加えられているから、これだけはどこかで補習とテストを受けることになると思うのだけど……」

「……保健体育の試験なら受けたよ?」

「それとはまた別なの。要はね、性教育よ」

 と、桃華さんが小さく口にした。

 ……性教育!?

玉紀奈津子たまきなつこ先生っておっしゃるのだけど、すてきな先生よ」

「うん、なっちゃん先生はかわいい先生よ。でも、外部生は最初の授業で洗礼を受けるというか、面食らうみたいね」

 茜先輩が桃華さんに同意を求めると、「そうですね」と桃華さんは苦笑を返した。

「うちの学校独自の性教育なんだけど、別に何か特別なことがあるわけじゃなくて……。ただ、生理痛でつらそうにしている女子がいたら保健室に連れていくとか、重いものを代わりに持ってくれるとか、そのくらいのことは誰もがしてくれるよ」

 茜先輩の言葉にびっくりした。

 あのね、茜先輩……私が通っていた中学ではそんなこと絶対にあり得なかった。それはきっと高校でも変わらなかったと思う。

「でも、これはそうそうないけどねぇ……」

 桃華さんが羽根布団を指差し、ツカサに視線を送る。ツカサはその視線をうるさいと薙ぎ払うように桃華さんを睨み返した。

「じゃ、私たち向こうに戻るけど、何かあったらまた呼んでね」

 そう言って、ふたりはみんなのもとへ戻った。

 お腹は痛いし気持ち悪い。そして、なんだか不安要素を含む知識を得た。

 この学校独自の性教育とはどのようなものなのだろうか。

 蒼兄……私をこの学校に入れるにあたって、どのくらいの隠しごとがあるのかな。帰ったらじっくり聞かなくちゃ……。

 それにしても痛い……。

 そして、自分の後ろ側にツカサがいるかと思うとそれもまた微妙。微妙なんだけど、恥ずかしいのだけど、ツカサの優しさに触れると嬉しいと思う――。

このお話には涼倉かのこ様が描いてくださった挿絵がございます。

個人サイト【Riruha* Library】にてご覧いただけますので、よろしかったら遊びにいらしてください。

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