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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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35~39 Side Akito 05話

 彼女を傷つけないで済むように、何度も自分のそれを扱き達する。

 虚しいといえば虚しい――でも、これで彼女を傷つけずに済むならそれでいい。

 だいぶ落ち着きを取り戻した自分に気合を入れ、時間の経過を知るべく携帯に目を向ける。

「四十分……それなり?」

 何がそれなりなのか自分でも意味はわからず……。

 とりあえず、今日に限っては長風呂だったことにしよう、とバスタオルで身体の水分を拭き取った。

 服を身に纏いドアを開けると、彼女はこちらに背を向け横になっていた。

 なんだかすごく嫌な予感がする……。

 こんな事態は以前にも経験がある。

 足音を立てずに静かに近づけば、やっぱり――と思うわけで。

「はぁ、寝てますか……寝てますね……」

 ベッドの端に腰掛け、無防備に寝顔を晒す彼女を眺める。

 布団に広がる長い髪や露になった頬、いちいち俺をそそるそれらが愛おしくも憎らしい。

 彼女の手元には携帯があった。

 蒼樹たちに電話でもしたか? もしくは逆……?

 ……ほかにも選択肢はあるか。

 司にかけていてもおかしくはない。

 それを枕元に置こうと手にとると、無表示だったディスプレイに明かりが点る。

 ディスプレイを目にして息が止まるかと思った。

 通話記録のフォルダ名は「司1~10」の文字。

 中身を確認しなくてもわかる。まさか、あれを司から教わっているとは思わなかった。

 一から十というのはたぶんアレだ……。

 司が弓道を始めた頃に俺が教えた、心を切り替えるための方法。

 若槻がしょっちゅう携帯を耳に当ててると言っていたのは、もしかしたらこれを聞いていたのかもしれない。

「なんかほんっとに複雑……」

 この携帯に司の声が入っていて、それを頼りにしている彼女も、司がこの方法を未だに使っていることも。

 彼女が好きで彼女が大切で、かといって同じように彼女を思う司がどうでもいい人間なわけではなく――。

 自分の気持ちだって見ない振りをすることはできない。

 携帯は、手を伸ばせば届くベッドの枕元に置いてあげた。

「翠葉ちゃん、寝るなら布団に入らないと風邪ひくよ」

 できれば起こしたくなくて、静かに声をかける。

 彼女は身じろぎもせず、安らかな寝息を立てていた。

 触れてもいいだろうか――。

 別にいやらしいことをするわけではなく、布団に入れるためだけに。

 ただ、その前にミッションが――。

 上に着ているポンチョとフリースのパーカは脱がせないといけないと思う。

 トレイに置いてあった冷めたラベンダーティーを一気飲みし、彼女にそっと触れる。

 起こさないように、壊さないように、極力肌に触れないように――。

 蒼樹の話だと、部屋の温度が変わったり物音ですぐに起きてしまうと聞いていたが、今のところ、そんな気配は微塵もない。

 地震が起きても起きなさそう……。

「それだけ疲れてるんだろうな……」

 彼女に触れるとずいぶんと熱く感じた。

 寝ているから体温が上がっている、というよりは、別の熱さな気がした。

 自分の携帯を見れば三十七度四分――微熱。

 俺たちからしてみれば移動距離が長いくらいでさほど動き回った感じはない。けれど、彼女の場合は身体を起こしている時間が長いだけでも負担になるのだろう。

 ここへ来たことで彼女にプラスになることはあったのだろうか。

 身体を起こし、ポンチョやパーカを脱がす。

 当たり前だが、情事の前に脱がすのとは全然違う。

 脱力した人間の服を脱がせるのってこんなに大変なんだな。

 真面目に苦戦していたときだった。

「蒼兄、ごめんなさい……。ちゃんと脱ぐ」

 彼女は覚束ない手で着ているそれらを脱ぎ始めた。

 俺を蒼樹だと思っている時点で思い切り寝ぼけているとしか言いようがない。

 俺はそれに何も答えず、ただ彼女が洋服を脱ぐ手助けをしていた。

 パーカを脱ぎ終わると、ことが切れたようにパタリと横になる。

「……もうちょっとがんばって布団の中に入ってほしかったな」

 でも、ここからは苦労することはない。あとは布団に彼女を入れればいいだけだ。

 手前の布団を半分開き、彼女を抱え上げるとそこへ寝かせた。

 布団をかぶせようとしたとき、彼女の右手が髪の毛を触り彷徨う。

 何……?

「あ――」

 きっと手が捜し求めているのはとんぼ玉。

 それは今、俺の胸ポケットに入っている。

「……司、悔しいけどさ、プレゼントのセンスはおまえのほうが上みたいだ。俺があげた髪飾りはすぐに外されちゃったよ」

 胸ポケットから取り出したそれを彷徨う彼女の手に握らせると手の動きが止まった。

「手首に通しておいたらそんなに力を入れなくても済むよ」

 こんな言葉は彼女に届かない。

 わかっているけれど、話しかけたかったんだ。すぐ近くにいる彼女に。

 起こして話をしたいとかそういうわけではなく、ただ声をかけたかった……。

 自分の声が届くところに君がいるから。


 一度握らせたそれを手首に通すと、仰向けに寝かせた彼女がこちらを向き身体を丸める。

 寒いんだな……。

 そう思って布団を一枚ずつ丁寧にかけた。

 しばらくの間、ベッド脇に座り込み彼女の寝顔を見ていた。

「……なんだって君はこんなに無防備かね?」

 苦笑のような笑みが漏れる。

 顔にかかった髪の毛を払うために手を伸ばした。

 その髪の感触が懐かしくて、額から頭にかけて、何度も何度も手櫛を通した。

「そろそろ限界……」

 携帯を手にしてバスルームへ移動する。

「あのさ、俺と翠葉ちゃんを助けると思ってこっちに来て」

『スタンバイしてましたよ。で、翠葉は?』

「風呂から上がったら寝てた……」

『くっ、やっぱり。そんな気はしてたんですよね』

 蒼樹は苦笑する。

 上に着ているものを脱がせようとしたときの話をすると、

『あぁ、じゃ、もしかしたらもう朝までは起きないかもしれませんね。相当疲れてるんだと思います』

 正直、こんなに穏やかな表情で寝ている彼女を起こしたくはなかった。

 昼にも彼女の寝顔は見たけれど、彼女が横になっているところを思い出そうとすると、記憶によみがえるのは夏休み中の彼女だけ。

 やつれきった顔をしかめた状態で寝ていた彼女の印象が強すぎる。

 そんな彼女を見たのは一度だけで、俺のベッドで寝ていた彼女も、ゲストルームで寝ていた彼女も、保健室で寝ていた彼女も、仮眠室で寝ていた彼女も――ほかにもいくらだってあるのに、どうしてもあのつらそうな表情が浮かびあがる。

『先輩?』

「あぁ、あのさ……蒼樹たちこっちで寝てくれない?」

『いいですよ』

「寝具は木田さんに言って運んでもらうから。……だから、俺もここにいていいかな」

『いいに決まってるじゃないですか。俺たちがいたら悪さなんてできないでしょ?』

 くつくつと笑う。

 蒼樹の笑い方は翠葉ちゃんにも零樹さんにも通じるものがあって、人を小ばかにしたような響きを含まない。

『時々不安にはなります。でも、大方、俺たちは先輩を信じているんです。ま、口で牽制したりなんだかんだっていうのは愛嬌だと思ってください。唯が風呂から上がったらそっちへ行きます』

 そう言って通話が切られた。

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