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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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35~39 Side Akito 03話

 彼女がトイレに立ったとき、部屋中の明かりを消して回った。

 ベッド脇の窓際のキャンドルとストーブの明かり。それから、トレイに載せたキャンドルのみが灯っている。

 このくらいなら星もきれいに見える。

 ドアを開けた彼女はその暗さに一歩下がり、

「秋斗さん……?」

「ここにいるよ」

 クローゼット前にいた俺は、彼女に向かって手を差し出す。

 ようやく俺の顔がバスルームからの光で見えると、彼女はほっとした顔をした。

「翠葉ちゃん、星を見よう?」

 彼女は嬉しそうにコクリと頷いた。

 そんな彼女を連れてベッドへと向かう。

 ベッドの上に置いてあったトレイを見て首を傾げる彼女に、

「空を見るのにはベッドがちょうどいいでしょ?」

「はい」

 素直にベッドへ上がってしまう彼女の苦笑してしまう。

 本当に何も変わらない。

「君の無防備はなおりそうにないね?」

 むしろ、なおってなどほしくはないけれど。俺の前限定で……。

「え?」

「男に言われてベッドになんて上がっちゃダメだよ、お姫様」

 彼女に近づき形のいい頭を抱き寄せると、頭のてっぺんにキスをした。

「頭や額へのキスくらいは許してね」

 彼女ははっとした顔をして、すぐに両手で頭を押さえるけど――自分でもわかっているようだ。もう手遅れであることを。

 なんてかわいいんだろう。世界に俺と彼女しかいなくなっちゃえばいいのにな。

 そんなことを真面目に考えるあたり、俺はかなり重症だ。

 頭にキスをされたにも関わらず、やっぱり彼女は無防備で、今は俺の隣で横になって夜空を眺めている。

「星が降ってきたら大変だけど……降ってきたらきれいでしょうね」

 大きな目をキラキラと輝かせて言う。

「俺は降ってくるよりも、手が届きそうで届かないって感覚のほうが強いかな」

 物理的に無理。そんなことはわかっていても手を伸ばしたくなる何かがある。

 右手を天井へ向かって伸ばしていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 何を見て笑っているのかと彼女を見るが、俺を見て笑っているわけではなさそうだ。

 右手を下ろし、その腕に頭を預けて彼女の方を向く。

「何? 急に笑いだして」

 すると、意外なことを知らされた。

 どうやら、入院最終日、藤倉主催の花火大会を病院の屋上から司と見たのだとか……。

「失敗した……。あの日、花火大会があることは頭にあったんだけどな……。司と見せるくらいなら俺が連れていきたかった」

「秋斗さんは見なかったんですか?」

「その時間は仕事してたなぁ……」

 してたかな、というよりは仕事で人に会っていた。

「なんだかいつもお仕事してますね?」

「社会人だしね。それが趣味みたいなものでもある。生きがいって言ってもいいかもしれない」

 来春、起業するための準備――。

 今は藤宮警備の仕事以外にもそれをこなさなくてはいけないことから、半端ない仕事量をこなしている。それは俺に付き合う若槻や蔵元、蒼樹も同じだった。

「なんだか必殺仕事人みたい」

 相変わらずクスクスと笑う彼女。

「それ、格好いいからそういうことにしておいて?」

 君に作ったようなバングルだとか、そういう装置。それらを商品とした会社を立ち上げる。

 君みたいな子がもっと自由に動けるようになるために……。

 初めて自分が人に何かをしてあげたいと思った。

 作るのが面白いとか、こういうのがあったら便利だからということではなく、これが医療現場で役に立つのなら、とそんなふうに思って仕事をするのは初めてのこと。

 君は俺にそういうきっかけをくれたんだよ。

 改めて彼女を見れば、髪の毛にはあのとんぼ玉が留まっていた。まるで、そこが定位置とでもいうかのように。

「これ、いつもつけてるよね?」

 手を伸ばし、それに触れる。

 何気なく訊いたことだった。

 彼女に触れるきっかけがほしい。そのくらいにしか思っていなかった。

 だから、彼女からこんな言葉が返ってくるとは露ほども思いはしなかったんだ。

「これ、ツカサがインターハイに行ったときにお土産で買ってきてくれたんです」

 瞬時に嫉妬した。

 無意識だったと思う。気づけば、とんぼ玉を彼女の髪から外していた。

 緩く編まれていた髪の毛は徐々に解けていく。

「秋斗さんっ!?」

「司にもらったものだからずっと身につけていたの?」

 彼女に見えないようにとんぼ玉を握った。

「若槻か蒼樹からもらったものだと思ってた。もしくは、君がもともと持っていたものだと――」

「……ツカサからもらったものじゃだめなんですか?」

 君は本当に気づいていないんだね。

 司が君を好きなことに……。

「いけなくはないけれど、嫉妬はする、かな……。これは君にとって何?」

 彼女は少し悩んだあと、

「……持っていると安心するもの」

「……あとで返すから、だから今だけは外していてくれない?」

 今だけは、司の存在をこの場に持ち込みたくはない。今だけは――。

「秋斗さんのその顔は反則です。……そんな顔されたら嫌だなんて言えません。あとでちゃんと返してくださいね?」

 そう言うと、彼女は身体を起こしてカップへ手を伸ばした。

 カップを自分に引き寄せると俺に背を向ける。

 体育座りでガラス張りの方を向き、背にはきれいな髪がさらりと波打っていた。

 君が好きだよ……。

 言葉だけですべてが伝わらないのなら、行動に移してもいいかな。

 自分の足の間に彼女を挟み、後ろから抱きしめた。昼間のそれよりは少し強く、もっと密着して。

「秋斗さ――」

「やだって言えないなんて言われたらさ、なんでもしたくなっちゃうよね」

 ごめんね。でも、君のその言葉も悪いと思うよ。

 男って生き物を、俺で少し学ぼうか。

 携帯はサイドテーブルに置いてある。でも、今はこれだけ密着しているから、彼女の心音はダイレクトに伝わってくる。

「っ……秋斗さん、お茶、零れちゃうっ」

 努めて冷静に――そんな感じかな。

 間接キスなんて柄でもないんだけど……。

 彼女のカップを奪い、そうする自分はどうしたものかな。

「はい、これでもう零れることはないと思うけど、持つ? それとも置く?」

「……中身が入ってないのなら置きます」

 本当は密着したままでもカップは置けた。でも、少しだけ逃げ出す猶予をあげようと思ったから、身体をほんの少し離して腕の力も緩めた。

 けれど、彼女が動く気配はない。

「逃げないの?」

「困ってはいますけど、対処できなくて逃げるほどには困っていません」

 意外すぎる返事に、思わず口元が緩む。

「秋斗さんに言われたとおりなのかな……? 少し慣れたのかも」

「なんの話?」

 俺、何を言ったっけ?

 ただ、逃げないでくれる、というだけなのに、嬉しくてほかのことが考えられそうにない。

「抱きしめられるのはドキドキするけど、どこかほっとしちゃうんです。あたたかくて……人のぬくもりに触れてほっとする。だから、もしかしたら、秋斗さんや自分が思っているほどには困っていないのかもしれません」

 思わず苦笑。

「それは嬉しいような嬉しくないような、複雑な感想だな」

「どうしてですか……?」

 振り返った彼女の瞳を捕らえる。

「まず、ほかの男にこんな状況を許してほしくないし、俺は――そうだな、もっとドキドキしてほしい。俺を男として意識してほしいから」

 たとえば、キスしてうろたえる君を見たいと思うし、俺に翻弄されている君を見たいと思う。

 君はすでにそういうキスを経験済みだけど、記憶にはないんだよね……。

 記憶にはなくても身体は覚えている? もう一度、そんなキスをしてもいいかな……。

 まだうちの学校の性教育を受けていない君は、性に関する知識は中学の授業止まりだろう。

 できればその先はなっちゃん先生から教えられるのではなく、実地で俺が教えたかった。

 きっと、君はキスで感じるタイプだよ。

 俺は衝動のままだけに君にキスをしてきたわけじゃない。

 夏でもひんやりと冷たい君の手が、少しあたたかくなる頃を見計らってキスをやめていた。

 手や足があたたかくなるっていうのはね、俺のしたことに君が感じた証拠でもあるんだ。

 そんなこと、君は知りもしないんだろうな。

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