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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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29 Side Tsukasa 01話

 昨日の話だと、翠たちが藤倉を出るのは八時。

 見送りに行けないわけではないけれど、見送りに行くほどのことでもない。

 気にはなりつつも、俺は弓道場へと続く道を歩いていた。

 道場の前には人がひとり――。

「なんで会長がいるんですか?」

 しかも、こんな朝早く。

 今は六時を少し回ったくらいの時間で、生徒会の集まりは九時からのはず。

「おっはよー! いやさ、司が毎朝六時には道場に来てるって聞いてたしね。早く道場に入れてよ」

 俺がここに来るのは部活をするためであり、弓道部じゃない会長が何をしにここへ来たのかを知りたいわけなんだが……。

 それを訊くのは別に中に入ってからでもかまわないか。

 道場の鍵を開けて中へ入る。と、どちらからともなく入り口から続く南側の壁に設けてある神棚の正面に立つと礼をする。

 道場と名のつく場所にはたいてい神棚があり、道場に入ったときと出るときに礼をするのは当たり前のこと。

「で、なんなんですか」

「いや、茜が司と恋バナしたっていうから俺もしにきただけ」

 は……?

「ある意味、茜に悶絶嫉妬中」

 意味がわからない。

「俺だって司と仲良くしたいんだよ」

 会長は少しふてくされた顔をして、道場の端に積まれたマットに身を投げた。

「俺が自分の恋愛話をしたら司もしてくれるの?」

「……会長の恋愛話って茜先輩のことじゃないですか」

 何を今さら……。

「ま、そうなんだけどさ」

 いつもなら嬉しそうに話すことを、今日は翳りある表情を見せる。

 ……昨日だってマンションまで迎えに来ていたはず。

「何かあったんですか?」

「何かあったのはずいぶんと前のことだよ」

 いつもの会長ではないことは確かだった。

 今日は朝練中止だろうか……。

 俺も、少し人と向き合う努力をしたほうがいいのかもしれない。

 しかし、相手が誰でもいいというわけではなく、たとえば――今目の前にいる人間、加納久。

 考えれば恐ろしく長い付き合いの人間だ。

 身内以外で考えれば、間違いなく五本の指に入る。

 どんな人間なのかは知っていても、プライベートまでは知らない。

 学校以外というならば、道場での顔を知っている程度。

 人のプライベートなんてどうでもいいことだった。それを聞いても聞かなくても俺が困ることも得することもない。

 でも、最近になって気になりだしたことがある。

「ひとつだけ――」

「うん。俺と茜が付き合ってないのはなんでかってことでしょ?」

 先回りして尋ねられた。

「付き合ってる」「付き合ってない」「彼氏」「彼女」――そんなのは単なる言葉に過ぎない。

 あってもなくてもかまわないといえばかまわない。でも、このふたりはそういうことを公言しそうな性格なものを……とは思っていた。

 それに、会長の態度があからさまなのに対し、茜先輩の対応は不可解ともいえる。

 会長に対するものは、そこらの男にする返事とさほど変わらない。

「好き」「かわいい」と言われても、「ありがとう」と笑顔で返すのみ。

「俺と茜、中三の卒業式から高一の夏前くらいまで、付き合ってたんだ。でも、家に邪魔された」

 会長が口にする「家」――それは「親」や「祖父母」。もしくは「親戚」ということだろう。

「司のところも同じかもしれないけど、うちも『家柄』に拘る家だからさ。……俺はそんなのどうでもいいのにね。親戚の簾条がやたらめったらそういうことを気にするものだから、それに引き摺られちゃってる感じ。すごい迷惑だ」

 会長は「あぁ、いやだいやだ」と手脚をばたつかせる。

 簾条家の後継者問題は少し前から不穏な空気が漂っている。

 簾条の姉が家出をしてから何年になるだろうか。

 そんな加納や簾条の家に対し、茜先輩の家も色々と事情が複雑だ。

 漣とはひとつ違いで腹違いの弟でもある。そのほかに兄が三人いるが、どれも父親が同じなだけで母親は別。

 つまり、茜先輩の父親は、五人の女性にそれぞれ子どもを産ませているのだ。そして、それら全員を認知しているという。

 噂なんてものを気にしない俺がなぜこんなことを知っているかというならば、茜先輩が勝手に話していったから。

 情報発信源が本人ならば、それを疑う必要などない。

「いっときは信じてもらえたんだけどな」

 会長は苦い笑みを浮かべた。

「今だって十分信頼されているように見えますけど」

「表面上はね。でも、俺の気持ちは届いてないと思う。信頼はされていると思うけど、信用されているかは微妙だな」

 そんなわけ――。

「そんなわけないと思うでしょ? あるんだなぁ……」

 いつも一緒にいて幸せそうに見えるのに、今の会長はそうは見えない。

 確かに茜先輩の対応を不可解に思うことはある。が、決して会長に不信感を抱いているようには見えない。

「茜は自分の両親を見てきて、『気持ち』に永遠はないって思ってるから。まるで呪詛のように、お母さんにそう言われて育っちゃったからね。今はもう言われてないと思うけど、茜の心には根深く残ってる」

 母親がどうしてそんなことを……?

 茜先輩はそれぞれの母親とは皆仲がよく、自分の面倒も見てくれると言っていた。だから、漣とも普通に弟として接しているし、それはほかの兄たちも同様だと、そう言っていたはずだ。

「自分がうちの親に受け入れられていないことを知ったのが決定打だったと思う。俺がいくら好きだと伝えたところで、茜の心には届かなかった。おっきな壁がさ、俺たちの間に……というよりは、茜の中にできちゃったんだよ」

 人の心ってそんなものなのか? 自分の好きな相手の言葉すら信じられなくなるものなのか?

「ほかの男どもはどうでもいいから、せめて俺だけは信じてほしんだけどね」

 そう言って笑う会長は、いつもより大人びた顔をする。

「会長……それじゃ、茜先輩は人を――誰も信じていないと言っているように聞こえます」

「たぶん、それに近いものはあるんじゃない?」

 そんなふうには見えない。

 翠だったらわかる。そういうのが行動にも出るし……。

 ……でも、最近の翠は人を信じすぎていてそれが怖いと思う。

 翠と茜先輩――。

「会長、茜先輩は翠のことは信じているように思えるんですが……」

 いや、それをいうなら、誰のことだって信じているようにしか見えない。でも、昨日の茜先輩は、妙に翠に肩入れしているように見えた。

 そんなのはいつものことのようにも思えるけれど……。

「うん。翠葉ちゃんは音を使うからね。音に感情が出る人間のことは信じてると思うよ。それとは別枠で司のことも信じてる」

 なんだそれ……。

「司のことだから、千里がいつから藤宮に通ってるかとかそういうのも知らないでしょ」

 知らない……。

「中等部からだ」

 あいつ、幼稚部からずっと藤宮じゃなかったのか? でも、それになんの問題があるのか見当もつかない。

「俺らが中三のとき、千里が新入生で入ってきた。そのとき、茜のお母さんが精神的にひどく不安定な状態で――もともと、不安定な要素はたくさんあったんだけど、それをもろに見てきた茜は少し変わっちゃったんだ。高等部に入ってすぐの頃、片親で本人も芸能界に片足突っ込んでいるような人間は加納の家に相応しくない、ってうちの人間に言われたらしい。大人って、勝手だよね。自分の色恋沙汰に子どもを巻き込んでみたり、自分の家の事情で子どもの相手を値踏みしたり」

「…………」

「それで俺たちは終わった。俺が何をどうフォローしても彼氏って立場に戻ることはなかった。……情けないことに、俺はしっかりフォローすることができなかったんだ」

 でも、それならなんでいつも一緒にいる? 傍から見たら、どう見ても付き合っているようにしか見えない。

「いつも一緒にいるのは俺が付きまとっているだけ。ほかの男を茜に近づけたくなくて。……それに、一緒に行動することについては茜も何も言わない。拒否はしない。けれど、受け入れもしない」

 俺が口を挟める内容じゃない。

「会長、これ以上聞いたところで俺に言えることは何もありません」

「別に助言なんて求めてないよ。俺は俺にできることしかしようがないからね」

 自分にできること……?

 この状況で、この人はどう動くのだろうか。

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