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光のもとでⅠ 第十一章 トラウマ  作者: 葉野りるは
本編
10/120

10話

 みんなで仲良くお弁当を食べたあと、話し合いが始まった。

「はい。じゃ、司と翠葉ちゃんはこれを持って奥に行ってね。資料の林でお仕事してきてください」

 優太先輩にふたつのファイルを渡された。

「茜先輩もこっちの人間のはずだけど?」

 ツカサが言うと、

「私は例外! だって、今回の紅葉祭で最後だもの。姫もやるけど仕掛け側というか、製作サイドには全部関わっていたいわ。ダメ?」

 茜先輩はかわいらしく小首を傾げて尋ねる。

 今日も髪の毛がふわふわしていて、可憐な妖精さんのようでとってもかわいい。

「……だめではないけど――嫌な予感はします」

「ふふっ! 今回も楽しくなりそうよ? これの製作サイドをやらずに卒業なんて嫌よ」

「なおさら危険な香りしかしませんよね?」

 ツカサは口元を引きつらせていた。

 これはいったいなんの話なのだろう。

「翠葉ちゃん、本当はね、私も翠葉ちゃんと司サイドの人間なの」

 きっとこれはヒント。でも、全然ピンとこない。

「姫と王子の出し物――紅葉祭のそれは俺たち当事者には知らされずに話が進み、ある程度決まった時点で開示される。よって、拒否権もなければ阻止することもできずに最悪なことをやらされる罰ゲームみたいなイベント」

 ツカサが非常に嫌そうな顔で淡々と教えてくれた。

 このツカサが諦めの境地にいるということは、本当に阻止できないのだろう。けれども、姫と王子とはなんだったか……。

「姫と王子も覚えてない?」

 ツカサは声を抑えて訊いてくれた。

 姫と王子と言われたら思い出すのはピンクのドレスに、王子様みたいな格好をしたツカサ。あの日のことはほとんど思い出せない。けれども、茜先輩との協演だけは覚えていた。

「後付けの記憶になら記憶はあるよ」

 ツカサと同じくらいの声で答える。と、

「ま、そういうことだから」

 と、資料の林と言われた方へ向かって歩きだした。


 パイン素材でできた書架はかなりの高さがある。そして、それらに収納されているのは白いファイルのみ。

 背表紙には年月日しか記されていない。きっと、生徒会活動の記録なのだろう。

 ツカサは左奥から順番に回り、

「この順で古いものから並んでいる。俺たちが参考資料として使うのはこの列のファイルが多い。古すぎると物価が違うし、学校に立ち入る業者もほとんどが入れ替わっている。基本的には過去五年前までの資料を参考にすることが多い。ただ、例外が一部ある。秋兄が生徒会にいた一九九九年から二〇〇二年まで、ここは例外総集編と呼ばれてる。普段は使えないようなものでも、時々あり得ない参考資料になる。とりあえずはこの辺の予算案に目を通しておいて」

 これ、全部……?

 指し示されたのは書棚一列。

「がんばれよ。俺たち、ここでは理系の能力を駆使することになる」

 にこりと笑われ、

「ツカサ……私、もしかしなくても会計?」

「どう転がっても会計だろ?」

 笑っていた顔が真顔になった。


 ツカサと桃華さんから、生徒会から打診があったいきさつや、生徒総会予算案の会計報告を読み上げたこといは聞いていた。なのに、どうして肝心の役職を忘れていたのだろうか……。

 自分の記憶力を全くあてにできない気がしてくる。

 だいたいにして、生徒会とは基本的には生徒会長、副会長、書記、会計の四人で構成されるものではないのだろうか。

 この学校の生徒会は、三年生はふたりしかおらず、二年生は四人。一年生も四人。何もかもがバラバラだ。

 不思議に思いつつツカサの話に耳を傾ける。

「今は紅葉祭に関する予算案の箇所だけでいい。会計が苦労するのは主にそこだから」

 少しほっとした。

 これらの資料すべてに目を通さなくちゃいけないとなれば、何日にかかるのかわかったものじゃない。

 年数の古いファイルを手にとり表紙を開くと、インデックスが目に入る。それらを見れば、とても見やすくファイリングされていることがわかった。

 学園祭の会計に関する項目は後ろのほうにあった。

 そこには、最初の原案から最後の決定案まで、何度となく修正されたものすべてがおさめられていた。プリントにはどれも円グラフが添付されており、お金のかけどころが一目でわかるようになっている。

「すごい……」

「それですごいとか言わないように」

「ツカサ……ルーズリーフ持ってきてもいい?」

「別にかまわないけど――」

 目が、「なんで?」と訊いていた。

「……残念ながら、私はツカサのような優秀な頭脳は持ち合わせていないし、これを読んだだけじゃ覚えられないの」

「あぁ、そういうこと。別にどうぞ」

 なんだか言っていて悲しくなってくる。


 資料の林を抜けると、みんながテーブルに着いていた。

 私の存在にすぐ気づいたのは久先輩。

「どうしたの?」

「資料見ただけじゃ私は覚えられないので、筆記用具を取りにきました」

「そりゃそうだよねぇ……。あれを頭に入れろって言われたときは俺も面食らった。こっちが形になったら俺もそっちの作業に入るから、それまで司とがんばってね」

「……ということは優太先輩も会計ですか?」

「そう。うちは俺と司と翠葉ちゃんが会計だよ」

 そうなのね……。

「ごめんね。こっちにも予算のことわかる人間にいてもらわないと手がつけられないの」

 嵐子先輩に謝られても、私は要領を得ない。

「……がんばってくださいね」

 一言口にすると、皆が皆、にんまりと笑った気がして背筋がゾクゾクとした。

 ……いったい何をやらされるのだろう。あまり怖いのは嫌だなぁ……。


 テーブルから少し離れて振り返る。

 本当は、みんなテーブルの方が食べやすかったんじゃないかな……。

 たぶん、床で食べたのは私に合わせてくれたのだ。

 言葉ではなく行動――その優しさが嬉しい。

 タイミングを逃がしてしまったから今はお礼を言えないけれど――ありがとうございます。

 心の中で深く深く感謝した。


 資料の林に戻ればツカサは立ったままファイルに目を通している。

「いいなぁ……あの記憶力」

 でも、羨んだところで手に入るものではない。私には私にできる方法でがんばるしかないのだ。

 ツカサは過去五年分の文化祭資料には手をつけず、それ以外の年のものを見ていた。

 おそらく、過去五年分は私が見ると思ったのだろう。もしくは、過去五年分のデータはすでに把握済み。脳内のハードディスクに保存済みとか……。

 とりあえず、何を書き出すにも項目が必要だ。

 五つのファイルの最終予算ページを開き、それらを見比べる。

 各クラスにどのくらいの割り当て予算があるのか、文化部への補助金、そのほか機材運搬や業者に依頼するもの。

 決して安いとはいえない金額が動いていた。

 これは本当に高校生が扱う金額なのだろうか。桁、間違ってないかな……?

 どの年のものを見ても金額は似たり寄ったり。ということは、ミスプリントやタイプミスではないのだろう。

 うちの学校は一学年が二一〇人以内。単純計算、三学年揃っても六三〇人程度。

 その人数にこれだけの金額をかけるのだろうか――。

 驚きすぎて思考停止。

「手、止まってるけど?」

「ついでに頭も止まってる」

 床に座り込んでいた私はツカサを見上げる。

 ツカサは資料を覗き込み、「あぁ、総予算?」と訊いてきた。

「うん。これだと、単純計算、ひとり頭一万円以上は使えるってことだよね?」

「そうだな。でも、ひとり頭一万ならうちの学校ではあまり高額とは言えない。寄付金が多い年はもう少し金をかける」

「たとえば」と、ツカサが今手に持っているファイルを見せてくれた。

「この年はひとり頭一万八千。紅葉祭にかけた総額は――」

 ツカサに見せられた数字に、私の頭は完全に飽和してしまった。

 この額、どう考えても生徒が扱う金額ではない。

「今年は標準的な金額。ただ、公立の場合は学園祭でひとりにかけられるのは三千円から多くても一万ないくらいって相場らしいから、そのあたりを考えるとうちは紅葉祭にかなり費用をかけられる勘定だな。それに、クラス費用としては別途生徒会から五万の支給がある。そのほかにも文化部に割り当てる支給額や、舞台設備にかける費用を調整するのが会計の仕事」

 どうしてこんなに高額なお金が動くのだろう。それに、どうしてツカサはこんなに冷静なのだろう。絶対におかしい……。

「翠、軍資金があっても出来上がるものがそれに見合わなければ失敗なんだ」

「え……?」

「つぎ込む金額に見合うかそれ以上のものを作らないといけない。それが生徒会と実行委員に課せられている。うちの学校は生徒会に入っているだけじゃ内申評価にはつながらない。そこで実績を残さないと評価はされない」

 どういう意味……?

「予算は余すことなく使う。これらの金額は新年度に持ち越されることはない。プラマイゼロですべてを終わらせる。それが生徒会の最重要課題。歴代でそれをパーフェクトにこなした生徒会は七組しかいない。秋兄と静さんがいた生徒会だ。秋兄が在校生だったときは体育祭、学園祭、体育祭の年。静さんが在校生だったときは学園祭、体育祭、学園祭の年。体育祭が二回の年よりも学園祭が二回ある生徒会に携わるほうが難易度が高い」

 言われていることの内容は把握できたけれど、

「ツカサ、今の話だと秋斗さんと静さんが属していた生徒会の六組しかないよ?」

「去年の生徒会。それが七組目」

 なるほど……。

「今年もプラマイゼロを目指してるから」

 ツカサは笑みを深めたけれど、目の奥は笑っていない。

「……ガンバリマス、足手まといにならないよう努力します」

「それじゃ足りない。戦力になれるよう努力して」

 真顔で言われ、私は頬を引きつらせながら愛想笑いを返した。

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