私が愛した(うまれた)故郷(まち)
【始まりの物語】
S駅の4番ホーム。私がのる電車は15両4ドア。今回は少し贅沢をしてみることにした。ホームでグリーン車の切符を買った。切符と言ってもPASMOで購入したので実物は無いが…
電車が来るまであと10分。私は5号車の停車位置に移動する。足元の白い線を確認して私は先頭に並ぶ。列車の到着を待っている間私は、ガヤガヤと聞こえる言葉の集合体に耳を傾けてみる。聴こえてくるのは『その人の物語』
ドアが開く度に始まる物語。ドアが閉まる度に始まる物語。
そして、終わっていく物語。
ガタンゴトンガタンゴトン3番線の列車が出発する。また、『誰かの物語が始まった』
もしくは、『誰かの物語が終わった』のか
改札に向かう人を見ながら私は列車の到着を待つ。
『4番線、間もなく列車が到着致します。足元、白線の内側までお下がり下さい』
列車の到着を告げるアナウンスが流れた。
ガタンゴトンガタンゴトン。車体が揺れる音と風を切る音を携えて、列車がやってきた。
ガタンゴトンガタンゴトン。丸い目に四角い顔。銀色の車体に緑と黄色の線。
ガタンゴトンガタンゴトン。ドアが停車線に来るように列車が停車する。
プシュッ
空気が漏れるような音。私の目の前のドアが開いた。私は久しぶりのグリーン車に乗車した。
適当な座席に座り…っとその前に頭上にPASMOをかざす。
さて、程なくして列車が動き出した。遠ざかる駅。後ろに流れて行く景色。私の物語が始まった。
【道中】
車窓から見える風景は少し私の心を寂しくさせる。最初は高層ビルやネオンが光る看板。壁面の巨大広告などが見える。でも,S駅から離れI駅に近づくにつれて少なくなる。その代わりに畑や田んぼ,住宅地が増えてくる。S駅周辺と比べると寂れていく気がしてならない。こんな気持ちになるからここ数年足が遠のいていたのかもしれない。O駅を過ぎ,H駅も過ぎると車内はいっきに乗客がすくなくなる。私が降車する駅は終点に近いためそう感じるだけかもしれない。車内の空調は変わっていない。でも,温度が低くなったような気がするのだ。
『間もなくI駅。I駅。お出口は左側。お忘れ物がないようおきおつけください』
おっと!降りる準備をしなくては。PASMOを頭上にかざすのを忘れないようにしなくては…。さて,私はPASMOをどこにしまったのか?
【目的地】
S駅から快速電車で約1時間30分。I駅に到着する。さらにバスで約45分(順調にいってこのくらい、道路状況や天候によってはもっと時間がかかる)。約2時間15分をかけて目的地に到着する。近いと言えば近いのかもしれないが,通勤・通学をするには少し遠い距離にある場所が,今回の目的地になる。電車はそれなりに本数があるからいいが(Yの手線に比べたら微々たる本数だが…),駅までのバスの本数が少ない。平日でも時間帯によっては1時間に2本だったり…。休日の本数はさらに減る。と言いつつ私はまだバス停にとどまっている。時刻表を見てみるとバスは出発したばかり。次のバスは30分後。どうやら電車からバスへの乗り継ぎがうまくいかなかったようだ。
何時もの事とまではいかないがたまに…
いや,それなりに…
結構頻繁に…
………
よくあることである(けっして何時もの事とは認めたくない!)。
さて、バスが来るまでの間どうやって過ごそうか?
ここがそれなりに大きい駅であれば駅ビルがあったりするがI駅に…いやI駅周辺にはそんな洒落た施設なんて存在しない。
それなら,駅構内のお店で時間をつぶせばいいと思うが,夕方の6時には閉店してしまう売店があるのみである。
いや,売店だけではなかった。ジュースとアイスクリームの自販機もあった。って私の好きなチョコクッキーが売れ切れている。ショック…。仕方がないのでチョコミントを買って食べた。久しぶりのチョコミントは美味しい。っとそうこうしていうちにバスが停留所にやってきた。時刻表に表示されている時間から10分遅れているが許容範囲内である。
【バス】
私はワンマン運転のノンステップバスに前から乗り込んだ。都内出身の知人に言われたのだが,普通は乗り口と降り口は別であるらしい。まぁ,乗り口と降り口が別々のほうが確かに効率はいいのかもしれないが,都内が特別なだけなのでは?っと思う。おっと!整理券をとり忘れていた!都内と違いPASMOが利用できないのがなかなか大変である。いやいや,運賃の先払いなんてできないよ…。都内と違って一律210円じゃないのだから。距離によって運賃が変わるのだから,整理券に書かれた番号がなければ運賃を支払えないのだよ。ちなみに今でもバスカードは現役である。意外と便利なんだよ、バスカードは。しかし、バスカードを持っていないから両替をしなくては。
私は紙幣の両替が苦手である。両替機に嫌われるため、よく千円札が吐き出される。
あっ…この両替機は百円にしか両替してくれない。十円(玉:ここで一円玉や五円玉で支払うのは非常識であろう)がないと運賃支払えない。私しか乗っていない車内に硬貨音が響く。シャリンシャリンとお金が鳴らす音はどこか懐かしい。
【カントリーロード】
車窓から見えるのは見慣れていた風景。私がこの場所を離れた時から変わらない。唯一変わったのは平成の大合併によりいくつかの市町村がなくなり、新たな市ができたこと。I駅があった場所も私の目的地も例にもれず市町村合併をした。しかし、この場所を長く離れている私にとって合併した実感がわかない。合併したからといって生活が便利になったとか不便になったとかを感じないからだろうと思う。
たった数年離れていただけなのに他人事の様に感じるのは、きっと私がもうここの住人ではないからだろう。住んでいれば気づくだろう小さな変化でさえ気付けなくなっていた。
今の私には、はっきりと目に見える変化しかわからない。わかるはずだったことがわからない。感じていたことが感じられない。
私は余所者だ…。見慣れていた風景が急に知らない場所に見えてきた。
この場所にとって私は異物になってしまった。そんな事を感じながらもバスはひたすら終点に向かい走り続ける。田んぼと畑に囲まれた田舎道を。
【私の知らない街】
橋を渡りしばらく走ると市内に入る。ここまで来ると目的地まで後少し。懐かしいあまり、私は途中でバスを降りることにした。乗車券に印字されている番号を確認して運賃を支払った。硬貨と乗車券が運賃入れの中に吸い込まれいく。
バスは私が降りると走り去って行く。私が降りたバス停の近くには大きな商業施設があった。まぁ、都内と比べると小さなものだか。その商業施設が取り壊されていた。前々から取壊しの話は出ていたが、こうして無くなっていく様を見るのは悲しい。
誰も歩いていない歩道を歩く。車は私の横を走る過ぎて行く。
歩き慣れた道を歩いているはずなのに、違和感を感じるのは何故だろうか?
知っている舗装、知っている街灯。知っているお店。懐かしさが違和感…寂しさに変わる。
そっか…
懐かしいという感覚。
ここは私の知らない街になってしまったのか。
【帰るべき場所】
感じる違和感を振り払うように私は歩く。
市役所を通りすぎ、コンビニを通りすぎる。バスの営業所から誰も乗っていないバスが出て来る。双葉マークのスーパーを通りすぎる。通学路だった道を歩く。歩く。歩く。歩く。
自転車で走っていた道を歩く。
歩いた先にあったのは小さな民間。
その民間の玄関に手をかける。
「ただいま…」
そうここは【帰るべき場所】
【目的地】
とても地味で自慢できるものがない田舎町。
でも、どんな時でも私を迎えてくれた場所。
そう、ここは…
私が愛した故郷