みにくい竜の子、拾われ子。7
さて、新たな知り合いができたお出かけも終わり、バルの大豪邸に帰ってきた。久しぶりによく動いたとソファに身を沈めたわたしをバルが「疲れましたか?」と労わってくれる。それに首を振っていると、デリウィルさんが買ったものが入った紙袋を渡してくれた。
よく食べた、とクロワッサン1個で満足したわたしになんてことだ! という顔をしたビズーガさんは、その後バルに連れて行ってもらった本屋さんでこれを読め、となにやら綺麗な絵本を買ってくれた。しっかりと見てはいないけれど、何やら有名な絵本らしくお店にたくさん並んでいたものだ。
バルはなんでついてくるのだと言わんばかりの目でビズーガさんを見ていたけれど、ビズーガさんはめげなかった。読めなかったらバルに読んでもらえよとわたしの頭を撫でようとしてまた振り払われていたけど。わたしがすごい! 素晴らしい! と知っている限りの単語で喜びを表したせいもあるのか、結局お屋敷に着くまで一緒だったビズーガさんをバルも無理に帰そうとはしなかった。
そして、本屋さんでの成果であるが。
一言で言えば、惨敗である。
所狭しと並べられた本の数々。どうやら大きい本屋さんらしく、読めはしないもののいろんな種類の本があることが窺えた。これは期待できるのではないかと隅々まで見て回ったのだけれど、日本語はもちろん英語らしき本さえ見つけることはできなかった。
うーん、まさかフランス語が唯一の共通言語なんだろうか。まあ、日本語で書かれた本を見つけたからと言って元の世界に帰れるかって言われたらそういうわけでもないんだけど。そういう問題は抜きにしても日本語が恋しい。
結局、わたしの手元にやってきたのはビズーガさんが買ってくれた綺麗な絵本とバルが買ってくれたノートらしき可愛い手帳である。
「リーシャ、今日は楽しかったですか?」
「あい。バル、ほん、ありがとうございます」
丁寧に包装された包みを胸に抱き頭を下げる。養ってくれるだけでなく、こんなに良くしてくれるなんて本当にバルはいい人だ。ビズーガさんもこんなちんちくりんにとっても優しくしてくれた。この世界は本当にいい人であふれかえっている。なんと素晴らしいことか。世の中捨てたもんじゃない。
「いいえ。喜んでもらえてよかったです」
「わたし、バルに、なにか、……あー、ありがとうございます、したい」
お礼をしたい、という単語がわからず、「ありがとう」の意味を持つ単語を使ってみる。こんなに良くしてもらっているのに、なにも返せないのはやはり胸が痛い。お金は一銭も持っていないけど、肩たたきとかそれくらいならできるぞ! と立ったままのバルを見上げた。
たどたどしい言葉でもバルには伝わったらしい。わたしの隣に腰かけて、よいしょとわたしを膝の上に乗せる。……いいのだ、これはもはやペット扱いだと割り切ることにした。今日街に出てみてわかったが、やはりこの世界でわたしの大きさは異常なほど小さい。どう考えてもこんなちんちくりんをどうこうしようという気持ちが湧くわけがない。
「気にしなくていいですよ、リーシャ」
「でも、」
「わたしがしたくてしていることですから。それに、わたしはリーシャが傍にいてくれることが何より一番嬉しいです」
お、おお、ちょっと待って。何が一番嬉しいって? 大事なところがよくわからなかった。いつもなら短く文を区切ってくれるのに、バルってば重要なところでどうして長い文章にするのだ。
「なに、ですか?」
「いいえ。リーシャは気にしなくていい、と言ったんです」
にっこりと微笑まれてしまえば、それ以上食い下がれなくなる。うー、こうなったらさりげなく何かお礼をするしかない。何なら非力なわたしでもできるだろうか。余計なことをしてバルに迷惑をかけていたらお礼にならない。
「そうだ、リーシャ」
うんうんと頭を悩ませるわたしをバルがキラキラスマイルで抱きしめ立ち上がる。……あれ、この顔どっかで見たことあるぞ……?
「お礼と言うなら、今日も同じベッドで寝ましょうか」
「…………」
これは昨日も聞いた文章だ。~~しましょう、の意味を持つ文。そして、昨日はわからなかったその意味も2度目となればだいたいつかめる。
「しません!」
「あ、リーシャ!」
どたん、と抱き上げられた腕から飛び降りて(音が鈍いのはわたしの運動神経のなさの表れだ)一目散に自分の部屋へと駆け出す。呼び止める声が聞こえるけど、ごめんね、バル、こればっかりは無視だ。いくらペット扱いとわかっていても、添い寝だけは絶対にしない!! 主にわたしの心臓がもたないって理由で、危険極まりない!!
「リーシャ、そんなに走っては転びますよ」
「しません!」
「転んで怪我をしたら大変でしょう。リーシャ、ほら一度止まって」
「しませ、わぎゃっ」
「ああ、ほらリーシャだから転ぶと、」
「しーまーせーんー!!」
「あ、こらリーシャ!」
たぶんかみ合ってないだろう会話を繰り広げながら広い屋敷を追いかけっこするわたしたちをデリウィルさん含めメイドさんたちが微笑ましい顔で見ている。……ちょっと! そんな「あらあら」みたいな顔してないで、助けてよ!
明らかに歩幅が小さく、足も短いわたしが全力で逃げたところで意味はなく。「捕まえました」と後ろから抱き上げられ、結局添い寝する羽目になったのは決してわたしのせいじゃない。
お出かけ編終了。次回からは、バルが心配性なお話。