みにくい竜の子、拾われ子。6
異世界お食事事情。
「…………」
「いやあ、しっかしヴァルネルが子連れとはなあ!」
「うるさいです、ヴィズーガ。人の迷惑を考えなさい」
「…………」
「それもこんなちびっこいのと! ほんの数時間前の俺に聞かせたら、寝言は寝て言えって言うところだよなあ! あ、レイジス殿はこのちびのこと知っているのか?」
「……あれに余計なことを言ったら、殺しますよ」
「い、言わねぇって!」
何を言っているのかわからないのはもういいんだ。もっと頑張って勉強するしかないから。
そして、当然のように子ども用らしき椅子を用意されたこともいいとしよう。それすらちょっと大きくてテーブルがほんの少し遠いけど、わたしがこの世界で以上に小さいってことはもうわかってる。
「…………」
でもそうじゃなくてさ。
目の前で吸い込むように料理を消費するビズーガさんにわたしの視線は釘づけである。
……本当によく食べるなこの人。
ビズーガさんが連れて来てくれたのは、親子連れで賑わうファミレスのようなところである。あたりを見回せば、カラフルな色合いながらわたしと姿かたちはまったく同じ人たちが楽しそうに食事をしている。
どうやらこの世界、地球と衣服の文化にあまり違いはないようで、働くウエイトレスのお姉さんたちの制服は膝丈のメイド服っぽいやつだ。動きに合わせてひらひらする裾のレースが可愛らしい。
そして、問題の食事量である。バルもよく食べるとは思っていたんだけど、そんなこと全然なかったことがわかった。まあ、ビズーガさんの食べること食べること。さすがマッチョと思ってたんだけど、辺りを見ればどのテーブルでも置かれた料理の量に大差はない。
なんだ、この世界の人たちはみんながみんな大食らいなのか。どのテーブルにも所狭しと並べられた料理の数々。お屋敷で出される料理は地球にあるものとほとんど同じで(時々、謎の料理も出てきたけど)一体何を食べればこんなに大きく育つんだろうと思っていたけど、量か。質じゃなくて量なのか。
ステーキにハンバーグ、から揚げにローストビーフ。わたしたちのテーブルの上に並べられたのはなぜか肉料理ばかり。なんという偏った食生活。野菜大事。
「リーシャ、どうしましたか」
バルに顔を覗き込まれ、はっと意識を取り戻す。いけないいけない、あまりのことにちょっと遠い目になっていた。
「お腹、空いていませんか?」
「だいじょーぶ」
どうやらあまり進まない食事を心配されていたらしい。いやでも、さあどうぞとばかりに目の前に特大ステーキを置かれても……。
ジュージューいってておいしそうではあるんだけど、ちょっとお昼からステーキは重いっていうか、目の前のビズーガさんの食べっぷりを見ているとそれだけでお腹いっぱいっていうか……。はっきり言えばわたしもっとあっさりしたものが食べたい、けど、奢ってくれるというビズーガさんの手前これいらないってわけにもいかないし……。
「リーシャ、サラダを頼みましょうか?」
あうあうと目の前のステーキを見つめるわたしの気持ちを察してくれたらしい。バルが優しく微笑んで、わたしの前にメニューを広げてくれる。いいの? と見上げれば、どうぞとだめ押しのようにメニューを差し出された。
……好きなものを頼めってことかな。
奢ってくれるらしいビズーガさんに視線を向ければ、にっかりと笑顔を返される。その間ももちろん料理を食べすすめる手が止まることはない。噛んでるかな、この人。もはやほとんど飲み込んでるんだけど。
見てるだけで胃もたれしそうなので、そっと視線をメニューに戻す。
「……お、の、み、も、の」
なんとか読めるようになってきた文字を指で追いながらゆっくり発音する。英語と違ってこの文字の組み合わせはこう読むっていうのが決まっているから、その組み合わせさえ覚えてしまえば読むだけならそう難しくはない。ただその組み合わせも決して少ないわけじゃないから、まだちょっと怪しいんだけど。それでも読めなくはない。
『おのみもの』。ええっと、なんだっけ。似たような単語を見たことあるんだけど……。
その下に続く文字は、と視線を下げる。
「びぃ、る」
びーる。……ビールか!
どうやら「お飲み物」と書いてあるらしい欄を指で辿る。
「り、ん、ご、じ、い、す」
「りんごジュースですよ」
「りんご、じ、じーす?」
「ジュース」
「じ、じ、じゅ、じゅーす」
「そうです」
いつものようによくできましたと頭を撫でられる。じゅーす。まだこの単語は覚えていない。でも『りんご』はわかる。地球にあるのと同じあの赤い果物だ。ってことは、これはりんごジュースだろうか。
「バル、わたし、」
ええっと、飲みたいってどういうんだっけ。一瞬詰まって言葉を探せば、察しのいいバルがりんごジュースの文字を指さしてくれる。
「りんごジュース、飲みますか?」
「のむ、したい、です」
「いいですが、何か食べなくてはいけませんよ。食べたいものはないですか?」
「た、たべ……?」
どうしてそこで食べるの単語が出てくるのだ。『りんごジュース』はりんごジュースじゃなかったのか。
わたわたとメニューとバルの顔を見比べるわたしにバルはほら、とメニューの一か所を指さす。
「リーシャの好きなクロワッサンもありますよ。昨日おいしいと言っていたでしょう?」
くろわっさん。それは昨日の朝食べたクロワッサンである。なんだ食べろということか。基本的にここの食べ物は大きいのだけれど、クロワッサンはどちらかといえば小さめで(それでもやっぱり地球のクロワッサンより大きい)それくらいなら食べられるかもしれない。
「くろわっさん、たべます」
「それでは、クロワッサンとりんごジュースを頼みましょうか」
「あい」
どうやらバルが頼んでくれるらしい。ウエイトレスのおねーさんを呼び寄せるバルから目の前のビズーガさんに視線を戻す。
「……なに、ですか?」
相変わらず掃除機のように料理を吸い込んでいるかと思いきや、水の入ったコップ片手にニヤニヤとこちらを見るビズーガさんに首を傾げる。
「ん? いや、なんでもねぇよ」
「なんでもねーよ?」
首を振ってるってことは、「気にしなくていいよ」とかそういう意味だろう。いや、でもニヤニヤ見られていると気になるのだけど。じっと視線を当てれば、ビズーガさんはにっかりとお決まりのように大きく笑う。む、誤魔化された。
「リーシャ、クロワッサンだけで足りんのか?」
「たり……?」
知らない単語だけど、疑問形だ。この場合。足りますか? って聞かれてる、んだろうか。そう判断して大きく頷いてみせる。
「あい。だいじょーぶ」
「リーシャはあまり肉を好まないので。夕食であれば少しは食べるのですが」
イケメン効果か、キャッキャッと楽しげにやって来たピンクの髪のおねーさんに注文をし終えたバルがわたしの膝に乗ったままになっていたメニューを片づけながらなにか言う。リーシャ、好き、ない、肉。ええっと、と文章を組み立てているうちに会話はどんどん進んでしまう。
「ああん? 竜人だろう、おまえ」
わしゃわしゃと向かい側から撫でられ、ぐわんぐわんと頭が揺れる。おう力が強い、とされるがままに揺れていたら、ぺいっとバルがビズーガさんの手を雑に払った。
どうやらこの2人、いつもこんな感じでやり取りしているようだ。なにせ、バルの珍しい冷たい視線にビズーガさんがくじける様子がない。今も何にも気にしていないように、払われた手をさすりながらバルの言葉をふんふん聞いている。
「あまり食べさせてもらってこなかったのでしょう。肉もそうですが、リーシャは他のものもほとんど食べません」
「……そりゃあ、」
「……なに、ですか?」
なぜか2人から痛ましげな顔で見られ、きょとんと首を傾げる。
「いっぱい食べておっきくなれよ」
ビズーガさんはなぜだか真面目な顔をしてさっき手を払われたばかりだというのにまたわたしの頭をぐわんぐわんして、バルに再び雑に手を払われている。
いや、だから、どうしてそんな「可哀想に」って目で見てくるのだ!!
未だ簡単な文章しかわからないわたしに、そう尋ねる術は、ない。
狼なヴィズーガさんは肉食です。野菜は時たま食べますが、食べなくても支障はない。
竜人は肉を好みますが基本的に雑食。いろんなものをバランスよく、な地球タイプの種族。バルは竜人にしてはちょっぴり食が細い人です。それでもリーシャにしてみればよく食べる人。