みにくい竜の子を拾った男とその同僚。2
壮大な勘違い。
げ、やばい。
気付かれないようにそっと覗いていたはずなのに、明らかにこちらに視線を向けてやってくるヴァルネルの姿にヴィズーガはにやにやとした笑みをひっこめる。
興味津々、街中で張っていたら予想通りヴァルネルは女を連れて現れた。……なにやらやけにちんちくりんな幼子ではあったが、女には違いはない。黒髪黒目だし恋人ではなく親戚の子かとがっかりしたのだが、どうもそれも違うようだった。
何やらご機嫌ななめらしい幼子の機嫌をとろうと、まあヴァルネルの必死なこと必死なこと。本当にあれがヴァルネルかと学院時代からの悪友(自称)であるヴィズーガは我が目を疑った。甘いお菓子に綺麗な花、果てには女が好みそうな髪飾りまで。むっすりと隣を歩く少女の機嫌をとろうと必死だ。
その姿は爆笑を通り越して、いっそ憐憫すら感じさせる。あの完全無欠の仕事人間にも、女の気がひけないことがあったのかと。道行く人も目を疑うほどの美青年が必死で幼女の気をひこうとしているのを見て一度足を止め、そっと目を逸らしていく。
しばらくすると幼女の機嫌が直ったらしい。仲良く通りを歩いていく姿はどう見ても親子、もしくは年の離れた兄妹。しかし、幼女のほうはともかく兄が妹に向けるにしてはその笑みも視線も甘すぎる。ココアに生クリームを入れて蜂蜜をかけて砂糖をこれでもかというほどぶち込んだくらいに甘い。あの冷血男にここまで甘い顔ができるとは思わなかった。いっそ気持ち悪い。吐き気がする。
しかし、とヴィズーガは改めて隣を歩くちびっこを眺めた。
ひとの趣味をとやかく言うつもりはないが、さすがにあれはない。いくらなんでも小さすぎる。子ども用の長袖のピンクのワンピースから手すら出ていない。その上足も腕も心配になるほど細い。あれでは扉を開けることすらままならないだろう。竜人というのは体の大きな種族だ。成人すればどれだけ小さな奴も2mはこえる。だというのに、一体どれだけ発育が遅れればあれだけ小さな竜人の子が生まれるのだ。
「ヴィズーガ」
なんて意識をよそへやっているうちに、目の前まで鬼は迫っていた。
「げ」
その整った顔にはにっこりと笑みが貼り付けられているが、明らかに目が笑っていない。あまり辛抱強い男ではないが、これは稀にみる大激怒である。
「あなたは一体ここで何を?」
「あ、いやー、偶然だな、ヴァルネル!!」
「ほう……偶然?なるほど、あなたはわたしがこの通りへやって来るのを辛抱強く待ったあげく、数十メートル後ろを数十分にわたってつけましたことを偶然というのですか。世の中は偶然に溢れていますね、ヴィズーガ・ユーリス・チェンガ」
「……最初っから気付いていたのか」
一応、気配を消そうという努力はしたはずなのに、まったく恐ろしい男である。
「わたしはとても忙しいのです。おわかりいただけますか。あなたと違って、とても忙しいのです。あなたと違って」
やけに強調される忙しいという言葉にヴィズーガはその体に似合わず、唇を尖らせてみせる。
「いや、俺も別に暇なわけじゃ……」
「暇でなければ、なぜわたしたちを付け回す時間がおありになるんでしょうね?詳しく説明していただけますか。懇切丁寧に、わたしにもわかるように」
「う……」
冷たい視線にヴィズーガは大きな体を縮こまらせる。いつもならそこで嫌味の一つや二つ降ってくるところだが、今日は言うだけ言って満足したようだった。
「連れを待たせているので、戻ります。もうついてこないでくださいね。お暇でないのなら」
はん、と鼻で笑って踵を返したヴァルネルにヴィズーガは待ったと声をかける。こちとら、ミィミとのお茶を諦めてわざわざつけ回してやっているのだ。あの幼女がなんなのかくらい聞く権利くらいあるはずだ。
ヴァルネルが聞いたら知るかと一蹴されそうな論理でもって、ヴィズーガはニヤニヤと通りの先を指さした。そこにはヴァルネルのとこの執事と共にあの幼女が、行き交う人々をもの珍しそうに見上げる姿がある。
「なんですか。忙しいと言っているはずなんですが、理解ができなかったんですかね。その頭の中には何が詰まってるんです?」
「まあ、そう言わずにひとつ聞かせろって。あれは誰だよ?親戚の子ってわけじゃなさそうだよなあ?」
「……なぜあなたに教える必要性が?」
「あんなちっこいのまだ親の庇護下にあるはずだろ。しかも、普通の竜人の子じゃなさそうだ。親が手放すはずがない」
竜人という種族は家族愛に満ち溢れた種族である。つがいを見つければ一生をかけてつがいを愛し、子どもが生まれれば庇護の証をその額に刻み、子が成長するまで大事に大事に守り育てる。竜人は容姿がずば抜けて整った種族であるから、誘拐や襲われることが多いのだ。世界最強と言われる竜人とはいえ、子どものうちからそこまで強いわけではない。結果として竜人の親というものは行き過ぎなくらい過保護だ。竜人の子が親なしで外を出歩いているなんてありえない。
遠目から見てもあの幼女は整った容姿には見えないが、あんなちびっこくて非力そうな子どもを親が目の届かぬところに置くはずがない。
「……リーシャはわたしが森で拾ってきた子どもです。親はいません」
「…………はあ?親がいない?」
捨て子、ということ自体はあまり珍しいことではない。依然としてある貧富の差。貧しいものたちは仕事のできる子どもだけを手元に残し、弱い子どもを捨てることもあると聞く。そういった子どもの末路は奴隷になるか、そのまま飢え死ぬかというひどいもので、国はこの問題を改善すべく動いている、が。
「あれ、竜人の子じゃないのか」
それは竜人でない種族の場合の話だ。竜人は例外なく子に愛情を注ぐ。どれだけ貧しかろうが、自分の身を削ってでも子を育て上げるのが竜人だ。その力故か、あまり子どもが生まれないせいもあるのだろう。彼らが自分の子を捨てるなどありえない。
「竜人の子ですよ。純粋な黒い瞳に黒い髪。魔力はほとんどないようですが、正真正銘竜人の子です。ですが庇護の証がない」
「…………まじかよ」
一体どんな理由があったら竜人が自分の子を捨てようなどと思うのか。信じられないと目を見開く。
「言葉もほとんどわからない状態です。拾った時に着ていたものから言って生活に困っていた風もありません。それどころかかなり質のいいものを着ていました。……お世辞にも環境に見合った待遇をされてきたとはいえないでしょうね」
「で、今はおまえんとこで育ててるってわけか?」
「はい。そのまま見捨てるわけにはいきませんから」
……なるほど、この男も竜人の血は流れていたらしい。つがいができても愛情など注がないのではないかと失礼なことを思っていたのだが、捨てられていた同族の子を見て父性でも芽生えたか。はたまた別の感情か。
まあ、それがどんな感情であれあんなちびっこが野垂れ死ぬことがなくてよかった、と単細胞な狼はあっさりとこの問題を片づける。
「よし、一緒に食事をしようじゃないか、ヴァルネル!」
「……どうしてそうなるんです」
心底嫌そうに顔を歪めるヴァルネルにヴィズーガはふふんと笑ってみせる。
「いや、別にいいんだぜ?偶然おまえの家を通りがかったときに具合が悪くなって、偶然屋敷にいた彼女と仲良くなって、おまえが学院時代にやった数々の伝説を語り聞かせちまうかもしれないけど、仕方ないよな?なにせ偶然だ。俺にはどうしようもできない」
「…………リーシャに手を出したら容赦しませんよ」
「出さねぇって、あんなちびっこ」
そんな心配するのはおまえくらいだ、という台詞は飲み込んで、さあ、何を食おうかとヴィズーガは人好きのする笑みを浮かべた。
正真正銘、人間です。身体的特徴が似てるだけです。
と主張できる人はいない。