みにくい竜の子、拾われ子。4
「リーシャ、機嫌を直してください。ほら、ネルネの飴ですよ」
「……ありがと、ございます」
いや、別に機嫌が悪いわけじゃないのだ。こちらに来てから初めてのお出かけが嬉しくないはずがない。ただ、あまりに女子力を捨てた自分が許せないだけで。
朝から叫び声で目を覚ますという気持ちのいいとはいえない目覚めだったにも関わらず、バルは今日も麗しかった。だから余計に寝起きの頭が混乱した。
添い寝、それも抱き着いて添い寝って……!そりゃたしかにものすごく眠かったけど!添い寝はまだしも、自分から抱き着いちゃだめでしょうわたし……!いや、しかし、バルってば、ほんと美人!!毛穴見えなかった!まつ毛めちゃくちゃ長かった!そしてそんな美人に抱きついて寝るとか、何事なのわたし!
バルに、というより自分に苛立ったままあれよあれよというまに着替えさせられ、気づけばバルと2人馬車に揺られていた。馬車に乗るのはバルのお屋敷へ連れ帰ってもらったあの初日以来で思ったよりガタンゴトンと揺れた。
そうしてやってきた初めての街。道も綺麗に整えられて、人もたくさん歩いていて、物の大きさにさえ目を向けなければそれこそ、それこそフランス、パリの街並みのようである。行ったことないけど。テレビで見た感じ、こんな雰囲気だった。
「リーシャ、ほら、グスクの花です。綺麗でしょう?」
むすりと黙り込んだままのわたしの機嫌をとろうとさっきから様々なものをわたしの手に握らせるバルの顔を見上げる。どうしました?とやわらかく微笑んでくれるバルは今日も相変わらず麗しい。道行く人が必ず振り返るほどの美貌である。隣にいるのがこんなちんちくりんじゃなければ、さぞ絵になったに違いない。
「……バル」
「どうしました、リーシャ?欲しいものがありますか?」
「いいえ。バル、ごめんなさい」
「どうして謝るのです、リーシャ。リーシャはなにも悪くありませんよ」
考えてみれば、ここに来て早一か月。バルが休みが取れたと言ったのは今日が初めてのことである。きっと忙しい職場に違いない。そんなわざわざもぎ取った休日をこんなちんちくりんとのお出かけに使ってくれているのだ。なんて優しい。こんなに優しい人に会ったことがない。優しくて、美形で、仕事も出来て、金持ちなんて完璧超人だ。
バルを誘いたい美女は掃いて捨てるほどいるのだ。それをただ保護されているというだけで、バルと一緒にお出かけができているのである。ここは、自分の女子力だとか羞恥心だとかに対する反省はまた後日に回すことにして、バルとのお出かけを楽しもうじゃないか。
「バル!わたし、ほん、みる、したいです」
「本ですか?リーシャは勉強熱心ですね」
気を取り直して宣言したわたしにバルは嬉しそうに微笑んだ。
――――――
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本が見たいと言ったのは他でもない、この世界のことが知りたかったからである。質問しようにも聞き取りも話すこともままならない。ならば、本でと思っても、バルのお屋敷にある大きな図書室にあるのは全てフランス語らしき言語で書かれたものでわたしには読むことができなかった。でも本屋さんならもしかしたら日本語で書かれた本があったりするかもしれない。せめて英語の本があれば読むことができるかもしれない。……自分の英語能力にそこまでの自信はないけれど。
だがしかし、あわよくば異世界についての記述がないものかと本屋を物色する前に、なにやら絶対零度の怒気を発する隣の人物にビビって足を止めた。
「バル……?」
隣の人物とはもちろんバルのことである。執事のデリウィルさんはどんな人ごみでも必ず3歩後ろをついてきているし、どうやら護衛と思われる人たちが3人、わたしたちの邪魔にならないようにと離れたところからついてきている。
一体どうしたというのか。なんでこんなに怒ってるんだ。
何度でも言おう、バルは完璧超人なのだ。いつも穏やかで優しくて、怒ったところなんて見たことがない。羽ペンに慣れず、あちこちにインクを飛ばして新しく買ってくれた服にシミを作ったときも「可愛らしい顔が汚れてしまいましたね」と優しく顔を拭ってくれるだけで怒るなんてことしなかった。夜中、突然目の前に現れた拳ほどもある虫に悲鳴を上げて疲れているバルを叩き起こしたときも「怖いことはありませんよ、少しびっくりしてしまいましたね」とわたしを抱きしめてくれたのだ。
そのバルがドドドドドと音がつきそうなくらいにお怒りになっている。それも突然。
一体なにがあったのだと、バルの袖をちょいちょいと引っ張る。
「リーシャ、少し待っていていただけますか。あの馬鹿を痛めつけたらすぐに戻ります」
「……あい。まつ、ます」
少し待つ、すぐ戻ると聞き取れない少しの単語。だがしかし、聞き返してはいけないと本能が悟る。なんかやばい。めっちゃ怒ってる。
「デリウィル、リーシャを頼みます」
「はい」
そんなこんなで、なにやら意味がわからないままにお怒りのバルはわたしをデリウィルさんに預けてどこかへ行ってしまったのだった。そんなバルを見送るしかないわたしにできることといったら、バルは絶対に怒らせないようにしようと決心することだけだった。普段穏やかな人が怒るとまじで怖い。