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みにくい竜の子、あわれな子。  作者: 遊楽
お出かけ編
4/15

みにくい竜の子、拾われ子。3



 その日、バルが帰ってきたのは本当に遅い時間だった。


 眠い目をこすりながらも、「おかえりなさい」を言うために待っていたわたしは、「お」さえ言わせてもらえずに勢いよく抱きしめられた。



「ふぎゃっ」



 ちょっとちょっと、バル!鼻が!高くもなければ低くもない鼻がつぶれちゃう!


 てしてしと背中を叩いて抗議するが、なにやら痛ましそうな顔でわたしを抱きしめているバルには伝わらない。



「転んだと聞きました。怪我は? 痛いところはないですか?」


「ころ……あー、だいじょうぶ。げんき!」



 昼間、椅子から転げ落ちただけで呼ばれた医者のことを言っているのだなと判断して、ふん!とない胸を張る。


 午後はいつものかわいらしいおねーさん、すなわちお医者さまに来てもらって全身くまなく隅々まで診てもらったのだ。診断は軽い打撲という申し訳なさすぎるものだったけど。



「あれほど気を付けろと言ったでしょう。リーシャは小さいのですから」


「あい。ごめんなさい」


「まあ、ともかく無事でよかったです。……リーシャ、わたしを待っていたのですか?」


「あい。バル、おかえりなさい」



 そうだ、これを言うために待っていたんだぞとバルを見上げれば、何故か感極まったように再び抱きしめられる。だから!鼻がつぶれちゃう!



「ただいま、リーシャ。今日は何をしましたか」


「あい。今日は、おべんきょ、しました」



 今日はどころか毎日勉強と筋トレしかしていないのだが、これしか答え方を知らないのだから仕方ない。しかし、毎日毎日繰り返される同じ答えにもバルはにっこり笑って頭をなでてくれる。



「それはよかった。何か困ったことはありませんでしたか」



 この質問はもはや、1日の終わりの儀式みたいなものである。毎日毎日、困ってないかを聞いてくれるバルは本当に優しい。そして、そんなに心配しなくてもみんな良くしてくれるから大丈夫と伝えられない自分の語彙力が憎い。



「だいじょうぶです。ありがと、ございます」


「リーシャはそればかりですね」



 大丈夫と伝えたはずなのに、困ったような笑みを返されわたしは首を傾げる。あれ、発音がおかしかったのかな。そんな顔をさせるようなことは言っていないはずだ。


 デリウィルさんがとてもよく気を遣ってくれるし、お屋敷のメイドさんたちも親切にしてくれるから本当に困ったことはない。あるとすれば、扉が重すぎて誰かを呼ばないとトイレにも行けないことくらいだけど、それは言ってもどうにもならない。わたしがムキムキマッチョになる他ない。



「さあ、リーシャ。今日は一緒に眠りましょうか」


「いっしょ、ねる?」



 ええっと、どういう意味だっけ。一緒に~~しよう、みたいな意味だと思うんだけど。重要な~~しようの部分の単語の意味が思い出せない。


 なんかよくわからないけど、一緒にする?と曖昧に微笑めば、満面のキラキラスマイルと共に抱き上げられた。



「リーシャ明日はどこに行きたいですか」


「あした? ……あした、何する?」


「伝わっていませんでしたか」



 抱き上げられたことで間近になった端正な顔が苦笑を作る。なんかよく分からないけど、ごめんよバル。まだ簡単な文章しかわからないんだ。



「明日、わたしはお休みです」


「おやすみ。……あい、朝、ききました」


「なので、明日は一緒に買い物に行きましょう?」



 また一緒に~~しましょうの文章である。えっと、明日の話だよね。バルがお休みだから、ええっと。



「か、かいもの?」



 発音に気を付けて繰り返してみれば、はいとバルは笑顔で頷く。



「街に、行きましょう」


「…………、おお!」



 今度はわかったぞ!一緒に街に行こうってことか!お出かけ!大歓迎である!



「あい、いく、ます!」


「行きます、ですよ」


「いく、ます……?」



 フランス語らしきこちらの言語はとにかく活用の種類がいっぱいあってややこしい。どうやら時制だけでなく、主語によっても活用の形は違うようでゆっくり喋らないとよくわからないことになってしまう。おかげで単語の意味を覚えても活用されるとわからない、なんてことはしょっちゅうだ。



「まあ、今日はいいでしょう。明日、たくさん遊べるように早く寝ましょうね、リーシャ」


「……あい?」



 ぎしりと鳴ったのは、バルがわたしのためにあつらえてくれた小さいベッドではなく、この世界の標準サイズのベッドである。……え?


 寒くないですか、とかけられた布団から香るのはバルの匂いだ。ちょっと甘くて、大人っぽい香り。イケメンは体臭までいい匂いなのだ、けしからん。……じゃなくて。


 もしかしてもしかしなくても、ここはバルのベッドだったりするんじゃないのか……!え、なにがどうしてわたしがバルのベッドに?ていうか、どうしてこのおにーさん当然の顔してわたしの隣で寝てんの?え?



「バル!」


「おやすみなさい、リーシャ」


「おやすみなさい」



 ……じゃないってば!わたしこれでも17歳だよ!さすがに一緒に寝るのはまずいって!いや、バルがこんなちんちくりん襲うことはないかもしれないけど!てか、襲うわけがないけど!……あれ、ならいいのか?いやいや、いいわけあるか!


 悶々と考えるうちに目の前の端正な顔からは、スゥスゥと安らかな寝息が聞こえてくる。そっとベッドを抜け出そうにも、がっしりホールドされていてわたしの力じゃどう考えても無理だ。かといってこんなに気持ちよさそうに寝ている人を無理やり起こすわけにもいかない。なにせもう深夜。こんな時間まで働いていた人を起こすとか、どんな鬼畜の所業だ。



「ふわぁぁああ」



 なんだか、考えるのも馬鹿らしくなってきた。どうせ抱き上げられたり、頭撫でられたりと散々子ども扱いされているのだ。添い寝くらいがなんだ。わたしだって眠い。


 そうして全てを放棄して、あたたかい腕の中もぞもぞと居心地のいい場所を整え。女としてどうなの、な思考で眠りについたわたしは、



「みぎゃああぁぁぁ!」



 次の日の朝、バルの肩口に顔を埋めるようにして寝ていた現状に、朝っぱらから叫び声を響かせることとなったのだった。





子ども扱いに慣れてしまった主人公。




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