おばあちゃんは魔女
普段とは違う寝心地に気づき一葉は目を覚ます。
身を起こし辺りに目をやる、すると初めて見る部屋にいたことに気づき、不思議に思いよく考えを巡らせていると近くでドアの開ける音が聞こえた。
「あれ?一葉君もう起きてたの?」
そう声を掛けてきたのは芳野だった。
(あれ?)
「あぁ、はい」
一葉は状況がいまいちピンときていなかったが返事を返す。
(慶子さんが居るってことはここは慶子さんの家ってことだよな……
昨日、昨日は確か…あぁ、そういえば、飲み会につき合わされたんだ…)
一葉は昨日の飲み会で飲みすぎてフラフラになって仕舞い、一人で帰るにはおぼつかないだろうと、芳野が家に泊まるように言ってくれたのだ。
やっと現状を理解した一葉は重い体を持ち上げ立ち上がる。妙に体が重いのはやはり昨日飲みすぎたせいだろうか
「すみません慶子さん、泊まらせて下さってありがとうございます」
「そんなたいしたお構いもしてないのに、畏まらないでよ一葉君。それに、布団なくてソファーで寝て貰っちゃったけど…大丈夫だった?寝苦しくなかった?」
「いえ、そんなことないですよ。でも、ホントに助かりました。たぶんあれで帰ってたら山道の何処かで寝転がる羽目になっていただろうし……」
「あはははは…それは確かに避けたいね。
そうだ、一葉君朝ご飯準備するから座ってて、簡単なものしか用意できないけど一葉君嫌いなものとかある?」
芳野は言いながら台所へ歩みだす。一葉の返事を待たずてきぱきと作業を進める芳野を見ると一葉は、やはりとゆうべきか、芳野は母親なのだな、と、実感する。
「嫌いなものは特に無いですけど、えっと、なにか手伝うことはありますか?」
一葉も芳野の後を追うかたちで台所の傍までいく。
「あっ、いいよいいよっ、座ってて、そんなたいしたものは作れないんだから、ね?」
「はい」
一葉は仕方なくもと居たソファーに戻ろうとしたとき、先程芳野が入ってきたドアが開きまだ小さな女の子が姿を見せる。
女の子はまだ寝起きなのかパジャマ姿で肩に掛かるか髪が真っ直ぐではなく所々はねたりうねっている。眠たそうな目を擦り母親である芳野に声を掛ける。
「…おはよう、お母さん」眠たげなその声に芳野も一言「おはよう、華雫」と答える。華雫はそこでようやく一葉の存在に気付いた。
「……あっ、神木さんもおはようございます……えっとお母さんっ私着替えて来るっ」
そう言って華雫は急いで部屋を出て行った。
取り残された一葉は華雫が出て行ったドアを眺めながら困惑してしまう。
(……もしかして俺、嫌われてる?)
起きたばかりで家に名前しか知らないような赤の他人がいれば嫌われても仕方がないかもしれないが、それはそれとして、小さな女の子に嫌われるのはショックだ。
「ふふふっ、気にしないで一葉君、ただ照れてるだけだから」
台所から楽しそうにフォローを入れる芳野は一葉の心を見透かしているのではないかといいたくなるが、それだけ芳野が大人だということで、一葉の人生経験の無さを物語っている。
いつも芳野にやりこめられている一葉は芳野に対して苦手意識まではいかないものの、諦めにも似た劣等感を微かに感じることが度々あるのだ。
「一葉君、朝ご飯もうそろそろできるよ?」
一葉が一人物思いに耽っている間に着々と朝ご飯の支度は進んでいたようで、華雫と芳野の旦那さんである芳野秀雄がいつの間にかテーブルに食器を並べているところだった。
「あっ、はいっ」
「えっと、お邪魔してます。神林一葉と言います。停めて頂きありがとうございます」
「ああ、慶子から聞いているよ一葉君。さ、そんな所にいないでこっちに来て食事にしよう」
一葉がテーブルの傍までいくとテーブルの席に座るよう勧められる。
芳野が台所からフライパンを手にしながらテーブルに並べられたお皿にフライパンの中身を載せていく。
「じゃあ、食べてていいよ」
「はあい、いただきますっ」
「ああ、いただきます。ほらっ君も食べなさい」
「はい、頂きます」
一葉は秀雄に促され朝食に手を伸ばす。しばらくすると台所から芳野がテーブルの席につき一緒に食べはじめる。
芳野の料理は味噌汁、ご飯、胡瓜と白菜を紫蘇で浅漬けにしたもの、ベーコンエッグだった。
味噌汁の具はネギとワカメと豆腐のシンプルなものだったが、一番だしのかつおの香りが味噌と丁度いい塩梅で口の中に広がる優しい味だ。一葉が思わず「美味しい」と口にして芳野達は嬉しそうに顔を綻ばせる。それから芳野は「お母さんってば流石でしょっ華雫?」「お母さん調子乗りすぎ」などと嬉しそうに華雫と言い合う姿を傍目で眺めつつ一葉は味噌汁をもう一口啜る。
(……でも、やっぱり何か違うよな、なんだろ?)
「………みそ、が、ちがう?……?」
「あっ分かる?それね、実は少しだけ赤味噌をいれてるのよ」
「…あかみそ?」
「あれ?知らない?一葉君とか知ってそうだと思ったんだけど、まあそれはそれとして、味噌にも色々ああるって事、家もね最初は普通のお味噌使っていたんだけど、たまたま貰った赤味噌がもう美味しくって美味しくって、それから赤味噌を使うようになったのよ」
一葉は祖母のうちで味噌を作ったりしたことはあったし今も祖母が作った味噌を使っているが、この赤味噌のような味には決してならない、
面白い味だ。一言で言えば大味、だが、深みや厚みを感じる味で独特な香りが有りまろやかなこくにも繋がる。
そう、一葉が思ったことを口にすると芳野は喜びそれから、手作りの味噌にも興味があったのか
「うちの赤味噌分けるから、一葉君の所の味噌今度でいいから分けてくれないかな?」
「え?いいんですか?」
「もちろんっ」
お味噌を分けてもらえる事になった。願ったり叶ったりである。
朝食は何だか味噌の話しかしていなような気もするが一葉にしては大変盛り上がった賑やかな朝食だった。
一葉は片付けを手伝い、それから、一緒にお茶を飲んでいると華雫が絵本を何冊か大事そうに抱えて一葉の前に広げて絵本の話を聞いてくる。
華雫は絵本が好きなのだろう、華雫の顔は嬉々として宝物を自慢する子供の顔だった。
一葉はてっきり華雫に嫌われていると思っていたのだが、どうやら芳野の言っていた通り照れていただけのようだとホッとする。
「華雫はこの前の神木さんの読み聞かせ行けなかったんです。だから、もしよかったら神木さん華雫に絵本読んでくれませんか?」
「?別にいいけど、俺が読むより自分で読んだ方が面白いんじゃない?」
「華雫何度も読んでるから、他の人が読むのも聞きたい」
「そっかぁ、なら、何を読もうか?」
「あのね、これがいい、これ読んで」
「これって、俺が描いたのだ……」
「うんっ、神木さんの"おばあちゃんは魔女"私好きっ」
「……ありがとう」
一葉はこそばゆくて、ぎこちなく華雫に笑いかける。
「読んでくれる?」
「うん、じゃあ、読むよ?」
一葉は絵本を開き読み始める
――――"おばあちゃんは魔女"
ぼくは おばあちゃんの秘密を知ってるんだ。
おばあちゃんは 魔女 なんだ。
でも、誰もきづかないんだ
ぼくだけが知ってるんだっ
おばあちゃんは魔女なんだって。
だってぼくは、おばあちゃんの弟子なんだもの
おばあちゃんは色んなハーブっていう葉っぱを使って
『ハーブティー』っていうお茶を作るんだ。
おばあちゃんのハーブティーは そのときどきで違うんだ。
おばあちゃんが言うには、リラックスしたいとき、おちこんだとき
そういうときに必要なものを補うためには
色んなハーブを その人に合わせて使うんだ、だから
いつも違くて いつも同じなんだって。
すごいでしょ?おばあちゃんは だから、魔女なんだ。
ぼくもいつかおばあちゃんみたいな
みんなによろこんでもらえるような魔女になるんだってそう思うんだ。
絵本を読み終えた一葉を華雫がキラキラした顔で見つめていた。
「神木さん、絵本読むのとっても上手いんですね!雰囲気が全然違う!」
「そう、かな?」
「はいっ、そうですよぉ、へへへっありがとうございます。神木さん」
「どういたしまして。
でも、どうして華雫ちゃんはこの絵本を選んだんだい?」
華雫は嬉しそうに一葉を見て、大事そうに絵本を持ち上げる。
「それはですねぇ、この絵本はお母さんとお父さんに華雫が初めてねだって買って貰ったんです。
ほら、お母さんが編集者やってるのもあって絵本も沢山あるんですけど…この絵本だけは、華雫が見つけたんです。だから、特別なんです」
華雫のような子供が親に何かをねだることは不思議なことではないが、きっと、華雫にとって親が買ってくる本は家族の物であり、自分だけの物ではない。
だから、華雫は自分だけの本を選んだのではないだろうか……
そう、考えると華雫の自分の絵本に対する思い入れは作家冥利につきるというものだ。
一葉自身嬉しくて、華雫と二人笑い合い、一緒に絵本の話をしたのだ。
「神木さんのこの絵本のお婆さんはやっぱりモデルの人とかはいるんですか?」
「…うん、俺の祖母なんだ。祖母はさ、
ホントに小さかった頃の俺にとっては、本物の魔女みたいだったんだよ」
祖母の面影を思い出し、つい目を細めてしまう。
「神木さんのお婆さんって、素敵なひとなんですね」
「ああ、そうなんだ」
「ねぇ、一葉君この後予定がないんなら送って行くけどどうする?」
一葉が華雫と話していると芳野が声を掛けてくる。
「いいんですか?今からならまだバスもありますし、迷惑じゃ…」
「そんなことないわよ。華雫も一緒に行くでしょ?」
「うん!」
一葉は芳野に送ってもらうこになり、華雫と3人で車に乗った。
一葉の家の前に着くと芳野は朝食のときに言っていた赤味噌を手渡してきたので、一葉も自家製の味噌を渡すため芳野と華雫を家に招いた。
「どうぞ、ゆっくり座ってて下さい。そうだ、二人ともお茶は何でもいいですか?」
「はいっ何でもいいです」
「ええ、どうも」
一葉の質問に華雫と芳野が答えた。華雫は初めて入る家に緊張した様子だ。
とりあえず一葉はミントとレモングラスのハーブティーを淹れ、はちみつを溶かし入れそれから、林檎ジュースで割ることにした。
そのままだと華雫が飲めないかもしれないのでジュースで割った方が飲みやすいと思ったからだ。
一緒に芳野に渡す味噌を準備する。
「口に合うか分かりませんが、どうぞ」
「いい香りですね、頂きます」
「いただきますっ」
口を揃えて言ってから2人ともグラスに口をつけ飲む。
「ふわっ甘くてスッキリ!!」
「ホント、ミントと林檎の酸味が良く合ってる」
喜ぶ2人を見てとり、一葉はホットして自分もグラスに口をつける。
幾らかの時間を芳野達と談話をして過ごし、それから芳野達が帰るとき一緒に味噌も渡した。
一人になった一葉はバルコニーに繋がる扉を開け空いたグラスを片付ける。
(慶子さん達がいるときにツバキが鉢合わせなくて良かったな……)
そう安心していると、外からツバキの声が聞こえてくる。
「一葉ぁ~、今日はどうして、いなかったの?私待ってたんだよ!?」
(やれやれ、今度はツバキの愚痴を聞かなきゃいけないのか………)
「はいはい、これでも飲んで少し落ち着いて、な?」
一葉は先程芳野達と飲んでいた物と同じものをツバキにもだしながらこっそりため息をついた。