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旅する木 ( 下)


片付けは、元の場所に戻すだけだったので直ぐに終り、一葉とツバキはリビングで蜂蜜をたっぷり入れたカモミールティーを飲んでいた。


今まで何度もツバキが一葉の家に来ているが、今回リビングでお茶をするのは初めてのことだ。


「一葉、散らかしたの怒ってる?」

「別に怒ってはいないけど、そう思うなら言うことがあるんじゃないか?」

「ごめんなさい」

「ハイ、よくできました」

「もうっ、一葉そうやって子供扱いばっかりっ」


(あぁ、確かに……?…!朗読会に来る子供達をツバキだと思って接すれば上手くいくんじゃぁ)


「それだよっそれいいね」

「全然よくないっ、よくないよっ」

一葉が思わず呟いた言葉にツバキの抗議の声が上がる。

「……ツバキはさ、俺に子供扱いされてるって思ってて、それが嫌なの?…でもさ、これはツバキ扱いってやつなんじゃないかな?」

一葉は苦笑いで誤魔化し、まだ子供と接していない今のところ、ツバキ扱いで間違いないだろうと、ツバキ扱いというこじつけを作ってその場を乗り切ろうとする。

ツバキの方は、初めて聞く単語に目をパチクリさせて「…ツバキ扱い?」と、不思議そうに、呟いている。


「そうそう、ツバキ扱いっ良いだろ?」

「私だけ、特別?」

「うん特別だなぁ」

「ンフフッ、なら良いや」


一葉の思惑通りツバキの機嫌は直ったようで、はにかんだ笑顔を一葉に向ける。

いつの時代も子供は特別に弱いものだ。




あれから一週間何事もない日々を送って居る。

今日も何事もない日常を送る筈だったが、珍しく電話の着信音が静寂を打ち破った。

予期せぬ事だったためか、慌てて取りに行って、一息吐いてからたっぷり8コール経ってから電話にでる。


「はい、神林です」


受話器のむこうから返ってきたのは、編集者の芳野の声だった。

一葉は手短に話を終えて電話を切る。

芳野の話しによると、遂に読み聞かせの日程が決まり、二ヶ月後の8月10日に、地元ショッピングモールの広場での公演とのことだった。




そして、何事もなく8月10日、読み聞かせの当日になった。

ツバキに一日居ない事を伝えたときは、つまらなそうな顔をしていたが、まぁ、そこは大丈夫だろう。

一葉は身支度を済ませて読み聞かせの公演場所へと向かう。


ショッピングモール広場の近くで芳野と合流した一葉は、進行の流れを最終確認して、それから最後に一葉の朗読チェックをして、大体の準備は整い、本番を待つばかりとなった。

 会場には、いつの間にやら多くの子供達や、保護者の親御さんでいっぱいになっており、一葉が緊張していると芳野が緊張をほぐそうと声を掛ける。


「神木先生大丈夫ですよ、さっきの朗読も聴きやすかったですし、私達も上手く流れるようにサポートしますので大丈夫ですよ」


 一葉は会場の子供達の様子をはた目に見たが、とても大丈夫には見えない、子供達はお母さんの言う事を聞かず会場に接地されたイスごと輪を作って座っていたり、席から降りて床に座っている子供もいて、会場は騒然としている。


「そうは言いますが…あれだけの子供達が居たら俺の声なんて掻き消えてしまいますよ」

「大丈夫ですよ、今は騒々しいですが、司会進行を進めれば、ちゃんと大人しくしてくれるものです」

「本当に?」

「えぇ、そうですとも」


 芳野は胸をはって、自信満々に一葉をたしなめる。



 そうこうしているうちに時間になり、一葉や他のスタッフは会場に入る。

一葉の席は会場の真ん前にあり、芳野は一葉から少し離れたら場所で、マイクを手に立ったまま司会を行う。


「ハァ~イ、みんな、お待たせしました。これから朗読会を始めるので、集まった子はちゃぁんとイスに座って、お話し聴けるようにして下さいね」


 芳野が言った通り、あんなにも騒がしかった子供達は少しづつ静かになっていく


(おぉ、本当に大人しくしてくれるもんなんだ)

「今日は沢山のお友だちにお母さん、お父さんにも来て頂きありがとうございます。」


 相手が子供達ということもあり、芳野の司会はいつもの口調に比べてやや砕けた口調で、出来るだけ子供達に分かりやすい単語を使い順調に進んでいく。


「では、今回皆の前で絵本を読んでくれるのは、この絵本を描いてくれた、神木先生です」


 芳野の紹介で子供達が次々に口を開く「先生?」「絵本描くの?」「スゴ~イっ」子供達は嬉々とした表情で一葉に注目が集まる。


「えっと、こんにちは、神木です。今日は集まって下さってありがとうございます」


 針のむしろのような状況でなんとか、子供達に挨拶をする。芳野のように、わざと砕けた口調で喋る技量は一葉には無いため、緊張も相まってやや硬い口調になってしまった。


(駄目だ、視線が痛い……そうだ、ツバキだよっツバキだと思うんだった)

 一度目を閉じて、深呼吸してから目を開け子供達を見渡す

(ツバキに見えなくもないな…)


 段々子供達がツバキに見えてきた。子供達の反応はツバキの反応によく似ているためか一葉は自然と緊張が緩んでいく。


「では、さっそく神木先生には絵本を読んで貰いましょう」


 芳野の司会で、一葉は絵本を読み進めていく。



 緊張が和らいだおかげで、絵本の読み聞かせは滞りなく終わり、子供達からの質問に代わる。


「絵本のしぇんしぇーは、ようしぇいさん、いると、思いますか?」


 最初の質問は会場に来ている子供達の中では小さな子供が舌っ足らずに聞いてくる。


「どっちだろうね、きっと、何処かにいるよ」

(おもに俺の家に……)


 爽やかな笑顔で答えつつ、内心では本音をこぼす一葉であった。

だが一葉の返事に他の子供たちが騒ぎだす。


「いるの?」

「みえないの?」

「え~っおかぁさん、いないって、言ったよ?おとぎ話しだって、言ったよ?おかぁさんウソ、言ったの?」

 一葉が慌てて取り繕う

「あっ、違うよ、お母さんは嘘は言っていないよ。

ただ、いないことにするんじゃなく、いたらいいなってそう信じてみたら素敵じゃないかな?」

 そこで芳野が声を張り上げ質問を切り止める。

「ハーイッ、ではみんな、そろそろ質問のお時間は終わりにします。まだ質問がある人は、会が終わってからうけたまわります。

それでは、最後に神木先生からお話しをして頂きましょう。では、先生よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます。今日読んだお話しは、妖精と少年の当たり前の日常です。

でも、妖精と少年は違うので、当たり前の事が二人とも違うんです。この会場にいるみなさんも一人一人違いますよね?

それと同じ事で、それぞれ個性があります。でも、それを自分とこの人は違うと言い訳にして、解ろうとする事を投げ出さないで欲しいんです。

この人を解りたい、解って欲しいと思って、誰かと寄り添う事を諦めないで欲しいと思うんです。

そうやって、信頼できる友をつくって欲しいと思います。

では、これで私からの話しは終わらせて頂きます。今日は本当にありがとうございました」

 一葉のお辞儀に合わせて他のスタッフも一緒に礼をしてから、子供達を誘導していく。

 話し終わった一葉は、その場で帰って行く子供と親御さん達を見送る。


(はぁ、やっと終わった…………そういえばツバキは何してるかなぁ)




 一葉がツバキの様子をきにしている頃ツバキも又、一葉の事を思い浮かべていた。


「あ~ぁ、つまんないなぁ、一葉は今頃皆に絵本読んでるんだよなぁ」


 ツバキは一葉の家の庭草の上で寝そべり日向ぼっこしながらすっかり静まり帰った家の庭で一葉の事を考えながら家主を待つ。


「そういえば、一葉以外の子って知らないけど……一葉の小さい頃とおんなじなのかな?

小さい頃の一葉がいっぱい?…ンフフッ可愛いかもっ」


 ツバキは小さい一葉が沢山いる様を想像してみと、一葉が小さい一葉に囲まれて、絵本を読んだり、遊んだりしている姿を思い浮かべてツバキは思わず笑って足をバタつかせたり、庭草の上を転がったりした。


「ンフフッ、小さい頃の一葉かぁ今とおんなじ優しい子だったなぁ……

でも、人間って意地悪だって聞いたけど違うのかな?皆一葉やお祖母さん見たいに優しいのかな?」


 ツバキは会った事も無い人間とは一体どんな者なのか考えてみる、優しいのか、意地悪なのか、恐いのか、そうでないのか…


「………一葉が帰って来たら聞いてみよ。一葉はいつ頃帰って来るかなぁ」

(そういえば、旅する木もこうやって誰かの事を想像したのかな?)

ツバキはそんな事を考えながら一葉の帰りを待ちます。



 読み聴かせが終わった会場では、残った3人の子供達が不満気に質問の続きを口にする。


「先生は、僕達の、質問になんでっ、ちゃんと、答えて、くれないんですか?」

「いや、そんなつもりはないんだよ?」

「じゃぁ、なんで、妖精さんがいるかどうか、言ってくれないの?」

「ヤッパリいないんだ!!」

「えっ、いないの?」

「だって、ハッキリしないってのは、いないんだ、ろ?」

「どっち、なんですか?」

「さっきもいったよね?居るか居ないかよりも居るかもって考えてみてって

実際には起きていない事でも、起きるかもしれないし、行動次第でなんだって起こる。

でも、最初から否定したら起こるかもしれないことも起きなくなってしまうんだよ」

 一葉の言っていることを子供達は分かるような分からないようなといった何かいいたげでもあるが言葉を見つけられないでいる。

そんな子供達をみかねて芳野が一葉を咎める。


「神木先生、そんな禅問答みたいなことを子供達に話したら訳が分からないに決まってるじゃないですかっ

ほら、今日は君達もそろそろ帰ろう?ね?」


 子供達を見送った後ため息とともに芳野は一葉を睨み付ける


「神木先生、アレじゃぁ子供達をからかっているみたいでしたよ、少しは気を使って答えてあげてもいいじゃないですか、そうすれば子供達だって納得してくれた筈です」

「確かに納得してくれるかもしれないけれど、どちらかを答えていたら否定する子も、居ると信じる子もいるでしょう?

それ事態は悪くないですが、俺が否定も肯定もしなければ、

居ないよりも、居るかもしれないって、考えてくれる。そう、考えて欲しかったんですよ」

「そう、でしたか、でも先生?いくら言ってもそれで子供達は納得しないんですよ?」


 半ば呆れ交じりに芳野はなんとか一葉に子供達を納得させる方向にもっていこうとしたいところだ。


「それに先生、絵本を読むのは子供達な訳ですよ?なら、子供達の要望に答えるべきではないですか。それが絵本作家としての義務ではないのですか?」

「……それを言うなら、絵本作家だからこそ、子供達には夢を見て欲しい。夢を諦めて仕舞わない為にも、答えは彼等に託したいです。」


 常々そう考えていてもなかなかそうは出来ない事を一葉は身を持って知っている。一度何かを諦めると他人から見て呆れて仕舞う様な事でも踏み出す事が難しくなる、想像と踏み出す勇気を持っていて欲しい、自分の様になって欲しくはないのだ。


「先生、言わせて貰いますが、今回こんな風になったということは次回からも、こういった事が起こりうるということです。毎回毎回そんな事をしていたら子供達に嫌われてしまいます。それはダメです」

「次回から??次回があるんですか?」

 寝耳に水、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔で一葉は芳野に聞き返す。

「それは勿論です。ですから早めに対策を講じなければいけないんです」

「うっ」


 一葉は芳野に気圧され目線を逸らし、言葉を探す。

それを見かねた芳野は、またもため息をつく


「まぁ、今日の所は良しとしましょう。先生もうお帰りになるのでしたら、私の車でお送りしますよ?」

「えっ、良いんですか?」


 一葉は車を持っていないので、家まで1時間バスに乗り、それから山の中を20分歩いてやっと辿り着くのだ。

芳野の提案は一葉にとって願ってもないことで、一葉は芳野に送って貰う事になった。

 だが、誤算だったのは帰りの車、芳野の弾丸トークを聞き続けることになった事だ。幸か不幸か芳野とは大分打ち解け芳野からは先生という呼び名から、一葉君に変り、芳野からは慶子で良いと進言され、別に知りたくもなかったのだが、芳野の家族構成に旦那さんとの馴初め等を聞かされてやっと、一葉の家に着き芳野から解放された。

 家に着いた一葉はゆっくりお茶を飲もうと準備してバルコニーまで運んで一息入れる。今日はハーブティーではなく、濃いめに淹れた煎茶に氷を入れる丁度良く冷えたお茶は仄かな苦味と共に一葉の喉を潤す。


 ゆっくり一葉がお茶に舌鼓を打っていると、庭の真ん中辺りから声のような音が聞こえたきがした。

庭を見渡すが人影も見えないので気のせいかと思っていると『ふぁ~』と気の抜けた声が聞こえ妖精のツバキが姿を現した。

どうやら庭の何処かで寝ていたらしく、下すぎて他の草に紛れて見えなかったようだ。


「あ~、一葉お帰りなさい。絵本読むのどうだった?」

 ツバキは起きたばかりでまだ眠いのか目を擦りながら聞いてくる。

「ただいま。

読み聞かせの方は……ん~、難しかったよ」

「なんでぇ?いつも通り読めばいいんじゃないの?」

「そうもいかないんだよなぁ、子供達の質問とか………なかなか上手く出来ないみたいだ」

「子供っ!?どんなふう?他の人間ってどんななの?」

「………ツバキ、期待してるとこ悪いんだけど……明日にしない?もう夕方だよ?」

 期待の眼差しで一葉を見上げるツバキに一葉は話しをきる。

(今から話したら、絶対に帰らないで居座るよね?)

「それに今日はもう疲れたよ……」

「……む~、分かった、じゃぁ、今日はもう帰る」


 目に見えてがっかりしているみたいでしょんぼりしながらツバキは帰って行った。

ツバキを見送って一葉は一人バルコニーに残り、ゆっくりと目を閉じ今日の出来事を考える。今日は色々な事が在った、子供達えの答えはあれで間違えではなかったと思うが決して良い返答でもなかった。此れから子供達と触れ合う事が増えることになる、少しずつ納得のいく答えを見つけられたら良い。そんな事を考えながら一葉は暫しの睡眠を貪る。




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