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一葉と編集者


「続編、ですか?今までの作品で、そういう事出来そうなのありましたっけ?」


 今まで書いた作品

“旅する木”“みんなみんな魔法使い”“おばあちゃんは魔女”“秘密の客人”

は一葉の中では全て完結したものとして考えていたので、この編集者である芳野慶子よしのけいこの言葉は意外だった。


「そう言われると思ってました。確かにどの作品も完結した形ではありますが…多くの子供達や親御さんからの反響も寄せられてるんですよ」

 芳野はまるで子供を諭すように、それでいて誇らしげに言う。

「でも…書けって言われてホイホイ書けるものでもないですし」

「そこの所をなんとかして頂くために本日やって来た訳なんです」

 暗に続編を書く意思を示すまで帰らないと言っているのだ迷惑な事に……

相手の出方を見るしかない一葉に芳野は話を続ける。

「それで、続編なんですがこちらとしては、神木さんの“秘密の客人”をお願いしたいんです。あのお話しは最後に少年と妖精が友達になる所で終わりますよね?」

「是非、その後の二人の様子を絵本にして欲しいんです」

「アレは…無理、絶対無理です」

ばつが悪そうに無理だと言う一葉にもめげずに芳野は食いついてくる。


 だが、書けないものは書けないのだ、“秘密の客人”は一葉の果たせなかったあの日の思いだったから……

あの日、本当に妖精と友達になれていたら書けていただろうが、今の一葉では到底書く事は出来ない。

暫くの間芳野とのやりとりが平行線のまま続き先に根を上げたのは芳野の方だった。

「ハァ、仕方ないですね。少し休憩しましょう」

 ため息をつき、恰かも一葉が悪いと言うように休憩を勧める。

「その間、先生はこの子供達からの手紙を読んでいて下さい。私は暫くの間ここら辺を見て廻ってもいいですか?」

 そう聞いてくる芳野に一葉は逡巡してしまう。

「え?いや、ちょとそっちは……」

「お庭ですよね?来る前に少し見えていて、さっきから気になっていたんですよぅ」

「…ダメですか?」

 最初から断ればいいのだが、基本的に頼まれると出来る事なら否と言えない体質で、手振りで芳野をとどめ

「ちょっ、ちょっと、ちょっとだけ待ってて下さい」

 一葉は慌てて芳野より先にバルコニーにでて、まず先に妖精がいるかどうか確認する。

(い、いないな、よしっ、ただ戻るのも変だな、とりあえず、食器と本を下げればいいか……アレ?おかしいなアイツ、なんにも手を付けてない……?)

 変だとは思いつつ、芳野をいつまでも待たせるわけにもいかないのでバルコニーを後にする。

「お待たせしました。どうぞ、見てって下さい」

 芳野をバルコニーに促し一葉は入れ違いで部屋の中に入り、芳野は一言礼をいい部屋を出ていく。

「ありがとうございます」

 一葉は食器を片付け、絵本を元の場所へもどし、テーブルの上に置かれた子供達の手紙を読んでいく。

その手紙の内容は芳野の言っていた通り、応援と共に続編の要望載せた物ばかりであった。


 子供達の気持は単純でそれでいて純粋な想いが詰まっていて嬉しくもあるのだが、

子供達の手紙を前に一葉はただただ、子供達の願いに答える事の出来ない自分に対するもどかしさと憤りを感じてしまう。申し訳なさもあるが、自分勝手な想いの絵本だったがために想いに答えられない、そんな気がする。

(……どうしたものか……)

 子供達の想いに答えられないもどかしさもあるものの、一葉はもうどうやって断るかを思案し始めていた。

 「とりあえず庭の様子でも見に行くか」

 考えるのも程々に一葉はバルコニーに向かう芳野が万が一妖精を見つけてしまうとも限らない、面倒な事に。

「あの、どうです?そろそろ戻りませんか?」

「あれ?そんなに経ちましたっけ?」

「いえ、庭なんてみていたってつまらないだけではないかなと」

本音ではいつまでもバルコニーに居て欲しくないだけだった。

「そんな事ありませんよ、それよりこの庭で育てているものの種類はどれくらいになるんですか?」

 庭の草花を見ながら聞く芳野に一葉も庭を見渡しながら数を数える。

「え?ん~っと……バジル、ローズマリー、ディル、エストラゴン、カモミール、ラベンダー、レモングラス………それからアレとアレで、25種類位ですかねぇ?」

 祖母が植えた物は基本ハーブや梅などの果実の木が植えられている。今年は一葉が更に手を加え野菜を増やして育てているところだ。

「そんなにあるんですねっ全部一人で手入れをなさっているんですか?」

「えぇ、まあ」

「大変じゃありません?一人で全てやるのは」

「そんな事はないですよ。僕はサラリーマンとかじゃないので、基本絵本を書く以外は暇なのでちょうど良い位です」

「でも先生、それじゃあまだ若いのに隠居なさってるみたいですよ」

 芳野は一葉の生活を想像して、半ば呆れている。

「アハハハッ、それもあながち間違ってはいないですね。こっちに引っ越して来てから土いじりしかしていない気もしますし……でも“ターシャ・テューダー”の様にはいかないですよ」


 ターシャ・テューダーとは一葉が尊敬する絵本作家だ。

彼女は電機も水道も通っていない家に住み、自分で育てられるものは全て育て作って生活をしていた人である。

「さすがに…そこまでになると誰もやれないですよ、今の時代は特に…」

「そうですよね、でも、少し憧れませんか?」

「確かに憧れますよね。全て自分の土地で育て養い賄う」

「そうそう、それに電気も使わないんですよ」

「凄いですよね。今じゃぁそんな事考えられない……」

 すっかり意気投合して話し込んでしまったが、一つの不安が頭をよぎる。

(さっきから無駄話ばかりだけど、もしかして本当に帰らない積もりなのか?……この人)

 少し不安に感じた一葉は芳野に率直に聞くことにする。

「ところで芳野さん、お帰りは何時頃で…?」

「先生!!さっきの話しOKしてきださるんですか?」

 一葉の言葉を強引に承諾へ持っていこうと芳野は勢い良く詰め寄る。

「それはちょっと……」

「私、先生が首を縦に振るまで帰りませんのでっ!というか帰れないんですっお願いしますっ」

「えっ?何でですか……」


 寝耳に水だったせいか思わず問い返してしまったものの、なんとなく嫌な予感がする。

「それが、お恥ずかしい話し、売り言葉に買い言葉で…先生の続編OKを貰うまで戻らないって啖呵切って出てきた手前、そうそう帰れないので粘らせて頂きます!」

「あっ先生今面倒臭いなって思いました?」

「いっいや、そんな事は………」

「良いんですよムリしなくても、私が先生の立場でも迷惑だと思いますもの」

「じゃあ……」

 帰ってくれても、と言おうとして、素早く遮られる。

「でも帰りませんからっそれはそれ、これはこれで!」

「あ、そうですか」

(なんか、疲れた………)

「話しを戻しますが先生、先程の手紙読んで頂けましたか?続きを書きたくなったのではないですか?」

「いや、さっきも言った通りホイホイ書けませんってば」

「それって書いてくれなくもないって事ですかっ?」


 またも、勢いよく一葉の言葉に反応して芳野は更に詰め寄りそれに合わせて一葉も一歩後退るが、もうたじたじである。

「えっ、そうは言ってないんですが……」

「そんな事言ってますげど、先生が書いた秘密の客人の森に囲まれた家ってどう見てもここの事じゃないですか、本当は先生だって書きたいんじゃありませんか?」

「それとも何か書きたくない理由、もしくは書けない訳でもあるんですか?」

 意外にも鋭い芳野の指摘に思わず素知らぬ顔をするが、逆に怪しく見えるくらいで、芳野の目にもわざとらしく見えたようだ。

「やっぱり何かあるんですね?」

「いえ、なにもないですよ」

「そんな強情言わないで、どうぞ話して見てくださいよ、誰かに話すとスッキリするっていうじゃないですか」


 芳野はどこか楽しそうに一葉の話しを聞き出そうとしてくる、もう、ノリノリなくらいに。

「さっ、どうぞ話して下さい。」

 目を輝かせて促す。

「あの、くだらない話しですよ?」

 まさか、妖精の話しは出来ないので言葉を濁すが、芳野は、なをも食いつく。

「そんな事話してくれなきゃ分からないじゃないですかっ」

 一葉はもう芳野から話題を変える事は出来ないだろうと腹を括り事実を交えて話す事にする。

「じゃあ、話したら帰ってくれるっていうなら話します。でも、本当にどうでもいいような話しですよ?」

「んっ、え〜……仕方ないですよね。今日の所は話しを聞いたら帰ります」

(なにが仕方ないんだ……)


「ハァ、じゃあ話しますけど、さっき芳野さんが言った通り秘密の客人はこの家の事を書いたものなんです。ただ客人はヤマリスなんですけどね、子供の頃この家によく来ていたんですけど、そのヤマリス警戒心は強いんですけど…隠れるのが下手で、でも、祖母はそのリスがお気に入りだったんです」

「ただ、自分も子供だったので…リスと戯れたかったんですけど、リスは一人この家で暮らす祖母を癒してくれる存在だったんです。だから俺は絵本のようにリスと戯れる事が出来なかったんです………

ね?つまらない話でしょう?」


「ん~、私はもっとこう、若者的な甘酸っぱい話を期待してたんですけど……まああの作品の裏話を聞けた訳ですし…」

 何を期待していたのだか、渋々と言ったふうに納得する芳野。

「アレは、自分にとって、あの頃の願望だったんですよ。だから、それから先は書けないんです……」


「なるほど、そういう事でしたか…でも先生、想像で良いじゃないですか、絵本は想像力の賜物です。現実を基に作った作品だから、それから抜け出せないだけなんです。だから、想像して下さい続きを」

 力説する芳野の編集者らしい尤もな意見に、一葉は少しばかり心射たれ続きが書けるかもしれないと思う事が出来た。


(そう、だよな、どの絵本も想像して描いているんだから、この続きだって、想像できるはずじゃないか…)

「……芳野さん、まだ確証は出来ないけど、続き、書いてみようと思います」

「えっ?書いて頂けるんですか?」

「はい」


 結局、芳野と続編を書く約束をして。

芳野は帰って行った。



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