六日目(前半)
昨日の手記を読み返し、苦々しく思う。どんな意識で書いたのか全く覚えていない。夢を見た記憶もない。
不安を分かち合う相手が私自身だと以前書いたが、さすがに重すぎるのではないだろうか。自分で書いたらしい歪な文字の羅列にぞっとした。
久しぶりに樹下に降り、少し眠った今の方が頭はさえていると思う。筆を持つ右手の、火傷の痛みもだいぶ引いた。包帯が相当汚れてしまっているが、思えば一度巻いたきり変えていない。まあ、しかたない。
時計を見ればちょうど十二時。太陽が高い。雨が止んで、少し気温も上がったらしいが、服がぬれてしまってまったく温かさを感じない。相変わらず風が吹いているので、肌が冷える。火を起こす気力はない。今は木の根元に座り、幹に背を預けて手帳を開いている。食欲もなかったので水を飲む。水さえあれば人間一か月は生きられるらしい。うろ覚えだが気休めにはなるだろうか。
ああそうだ、枝から降りることになった経緯を書いていない。雨の中、枝にまたがっていた時に、トカゲに群がられたのだ。あちらでよく見かけるカナヘビより二回りくらい大きいやつだ。雨宿りに来たのか、数匹が樹上から降ってきた。なんだと思って振り払おうとしたら噛みつかれた。
腕に何か所かと、小指を丸ごと噛まれ、驚いて枝から落ちてきてしまったのだ。おかげでトカゲは払えたが、左手の小指が噛み千切られた。右手でなくてよかった。右手だったら、きっとペンを持ち辛くなっていただろうし、こうして書いていても紙が血だらけになっていたはずだ。
野生動物はすごいものだ。カミツキガメを思い出した。豚の噛む力もすごいとか、昔の漫画で読んだことがあったなあ。普段からどんなものを食べているのだろう、と少し想像してしまった。人間も本気でやれば結構固いものを噛めるのかもしれないな。
改めて文字にしてみると、今日の手記もまた苦々しい。読んでいて笑えてくる。久々に声を上げて笑った。笑うと気持ちがすっきりとしてくる。
これほど笑ったのは、この世界に来て初めてだった気がする。昨日のものと併せて何回か読み返しているが、笑いすぎて腹が痛くなってきた。
読み返しすぎて、だんだん笑えなくなってきた。
まあいいや。正直今は何もする気が起きないので、問題はいろいろと明日の私に託すことにする。
今日はもう寝る。意外と指の痛みは感じないようだし、久々に地上で長く眠りたい。こちらへ来てから、もうだいぶ寝ていないのだ。あとは明日の私がなんとかしてくれるはず。
もっとも、明日の私がいるかどうかはわからないが。