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四日目―五日目

四日目


 嘘つき。

 昨日、鳥にそう言われたことが頭から離れない。

 彼にとっては、私とあの女との会話がどのように聞こえていたのだろう。

 彼はそう言ったあと、不気味そうに体を震わせ、私の手から猫の頭に飛び移った。羽は少し乱れていた。撫でようとすると、いつになく避けられたことを覚えている。

 ああ、そうだ。私は嘘をついていた。

 あの女との話の中で、私は真実と同じように嘘をついたのだ。平気な顔で。震えるような心の内を、奥底に隠して。


 それが言葉だ。便利なばかりではない。誤魔化し、隠し、騙す。鳥が教えようとしているのは、そういうものなんだ。

 だけど鳥だって、私に同じことをしていたはずだ。

 言葉を使わず、私を騙し続けてきた。

 そうだろう?



 今日は、食事を置きに来る巡回の兵の他に誰も来ない。風の音がする。かすかに雪が降っているらしく、壁の亀裂から白いものがちらほらと見えた。

 静かだ。朝からずっと、耳が痛いほどに。筆を取り、紙に書きつける音がうるさいくらいに。


 鳥が話しかけてきたのは、たしかその静けさに疲れて、猫に寄りかかっているときだ。

 昼を回ったあたりだっただろうか。いつもより少し低く、彼は「ねえ」と言う。「僕もわかっているんだ」と。

「君は、この子を助けるためにあんなことを言ったんだ。それは僕にもわかるよ」

 見れば、鳥は俯いていた。

 心なし、声が震えているように思えたが、音を発するわけでもない鳥の声が震えているというのも奇妙なものだ。気のせいだったのかもしれない。

「君は善意で僕たちの味方をしてくれている。優しい、いい子だ。わかるよ」

 でも、とここで一息つく。鳥の言葉が耳に残っている。忘れられない。

「やっぱり君は人間なんだ」

 そう言って、顔を上げた鳥の姿も忘れ得ない。黒い大きな瞳が滲み、涙が羽を濡らしていた。

 鳥も泣くのかと、私は不思議に思った。涙はこの世界でも、悲しみを表しているのだろうか?

「僕は悔しい」

 鳥は言った。悔しい、と繰り返した。

 僕は悔しい、人間に頼らないといけないことが。僕は悲しい。無力な自分が。僕らを追いやった人間たちの言いなりになって、こうして閉じ込められ、あいつらの望みをかなえなければいけない。それが悔しい。悔しい。悔しい。

 鳥の声を聞くうちに、寄りかかった猫の体が震えていることに気がついた。震えはいつの間にか、か細い鳴き声に変わった。

 鳥の声に合わせるように、猫が鳴いていた。泣いていた。

 悔しい。悔しい。悔しい。


 それは私にも、覚えのある感情だった。

 望む道を断たれて、兄を戦線に立たせて、友人を失くして。

 悔しい。悲しい。敵が憎い。思わなかったわけじゃない。


 だから虚しい。

 またここで、同じことを繰り返すのだと思うと、たまらなく、虚しい。




五日目


 彼女の決断は行動は早かった。と、思う。

 丸一日を置いて、すべてが決まっていた。



 まだ朝も早い時間。私は荷物を返してもらった。

 代わりに、鳥が小さな鳥かごの中に入る。

 別れだ。



 別れを惜しむ時間は長くはなかった。鳥はかごに入り、その間にいくつか言葉を交わしただけだ。

 去り際の鳥は、黒い瞳でじっと私たちを見つめていた。あの瞳に誘われるように、私は荷物を開け、数の少なくなった飴を一つ取り出した。

 なぜそうしたのかはよくわからない。餞別を渡したかったのかもしれない。私たちのために、仇の中に取り残される鳥に対して。

 飴を小さく割って鳥に差し出すと、彼は少しためらい、口にくわえた。

 それから、囁くように言った。「君は人間だけど」と。

 君は人間だけど、昨日はあんなことを言ったけど。僕は人間が大嫌いだけど。やけに長い前置きの後で、一言。

「でも、君のことは好きだよ。だから悔しいんだ」

「うん」と、私はそれだけしか答えられなかった。

 それから鳥は運ばれて、見えなくなった。



 猫は這うようにして、ふらふらと歩く。まるきり弱った獣だった。

 それでも死なせるわけにはいかない。山を降り、どこか、落ち着ける場所を探さなければ。それから、猫の仲間たちを探すのだ。


 そろそろ私たちも、出なければいけない。

 外は晴れていた。大丈夫。きっとすぐに冬は終わる。

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