工藤夏樹の診療録
[診療録] 357年 1月 29日(地球換算)
氏名 工藤夏樹
性別 女
年齢 20
住所 不明
親族 不明
職業 学生
[診断結果(特筆)]
血液検査
赤血球 720(万)
白血球 2800
Hb 9
血小板 50(万)
血沈 12
Fe 20
尿検査
ph 9.5
蛋白 +
亜硝酸塩 ±
(注)端数切り捨て
[備考]
視診により黄紋病の中期症状と認定
尿検査・血液検査ともに陽性
膿から病原菌の検出
抗血清を注射のち、経過の観察
注射時、右腕の反応に違和感
神経繊維になんらかの欠損の可能性
栄養状態の大幅な低下
腎臓に炎症
他の器官にも失調の疑いあり
点滴を投与する
赤血球・血小板の極端な増加
ヘモグロビン・白血球の減少
偽聴症の疑いあり
意識の回復を待ち、問診により判断
・医師の記録
雪の中運ばれてきた患者は、黄紋病の中期症状を呈していた。体に広がる黄疸と出血。黄色く濁った膿。無意識にも耐えがたい痒み。患者の意識はなかったが、手が弱々しく肌を掻き続けていた。
時折うわごとを漏らす。か細い声は聞き取れないが、家族の名前のように思われる。
一見して、栄養状態の悪さが見て取れる。手足はやせ細り、腹部に腹水がたまっている。食事の経口摂取はできず、血管に投与する。
黄紋病は中期であれば、抗血清による治療が可能である。黄味がかった湿疹が変色し、黒ずんでくると末期症状。ここまで来ると治療の施しようがない。表皮の腐敗が始まり、病原菌を含んだ膿を耐えず流すようになる。
これで隊内の兵が二人死んだ。彼らから作った抗血清を患者に打つ。しかし目覚ましい回復は見られず。栄養状態のせいか、病状が安定しない。
五日目、患者が目を覚ます。病状は回復期に入っていたが、またいつ悪化するかわからない。
患者はしばらくあたりを見回し、彼女の母国語らしき言葉で何か訴えてくる。錯乱しているらしく、声を張り上げて暴れ出したため、看護兵と二人で取り押さえる。
六日目、病状が再び悪化。しかし病状に反して、患者の心は冷静さを取り戻す。隙のない顔で我々を窺い、落ち着いた声で現状を訪ねてきた。意外に流暢な英語を話す。
我々の身分と患者がここへ来た経緯を話すと、彼女はそれきり無言になった。
七日目、患者が紙とペンを欲しがる。独断できず。隊長に指示を仰ぐ。直に様子を見たいとおっしゃるので、患者の元まで出向いていただく。
八日目。
私の反対を押し切り、隊長は患者を病室から追い出してしまった。刺激しないように念を押したのだが、あの人が聞いてくれるはずがなかった。
それにしても、患者に口論をするだけの体力があるとは思わなかった。感情の昂ぶりが患者の活力を刺激したのだろうか。
隊長から追い出されたのち、あの患者は今、獣を閉じ込めた石牢にいる。
診療内容・病名はすべて架空のものです。