落日
七十七日目
起き上がることができない。筆をなんどもとりおとす。
そうまでしてなにを書こうというのか。手なぐみがほしいだけなのかもしれない。不安なのかもしれない。口にするのがこわいのかもしれない。
あのまんがの夢を見たのはいつだったろうか。
どうしてあの夢を見たのか、今ではわかっている。おそらく、夢を見たときからずっと予感していた。
昔は大好きだったまんが。どうして今は好きではないか、その理由を今もよく覚えている。あの話の結末を、私は受け入れられなかったのだ。
話のクライマックスで、大人になったライオンと、彼の友人である人間の男が冬山で死にかける。寒さで、こごえて、空腹で。身をよせあい、温めあいながら、二人とも死を待っていた。毛皮があれば、肉があれば、この山を生きておりることができるのに。そう思いながら。
そのときライオンが言うのだ。
毛皮も肉も、ここにある、と。
それで感動できるほど、私は大人ではなかった。
納得できなかった。悲しかった。
どうしてライオンも助からないのか。ほかにどんな方法でもあったのではないかと思ってしまうのだ。
でも
今は
七十八日目
鳥と猫が言い争う声が聞こえる。
しばらくものを食べていない。食べられそうにもない。猫がなんとか口に含ませようとするが、飲み込む気力はない。筆をとる気力があるのはふしぎだった。
ここへきて、もう二か月半もたつのか。死にかけたこともあったし、死んでもいいと思うこともあった。それでも二か月半。あんがい、長かったかもしれない。
そろそろだ、と思う。死にたくないとか、いやだとかではなく、そろそろだ。
わかってしまう。
猫に言わないといけない。あのまんがのように。
やせ細ってはいるけど、ねずみやうさぎよりは食べごたえもあるはずだ。病気かもしれないから、よく火を通して。
もう私の世話はしなくていい。二人死ぬくらいなら、そのほうがいい。
言わないといけないのに、こわくて口にだせない。
二人の争う声が聞こえる。
猫のなき声はわからないが、鳥の言葉から、どこかに行くとか行かないとかで争っているのがわかる。猫はにゃあにゃあと鋭く鳴く。鳥に対して、猫がそんな風になくのははじめて聞く。
鳥は猫を引きとめたがっているらしい。
だめだ。
行かせない。
そりゃあぼくだって、あの子をしなせたくはないけど。
ぼくたちの目的を忘れたのか。でていくなら君だってゆるさない。わかっているだろう? 君に言葉を教えたのは、こんなことのためじゃないはずだ。
声が
声が
きこえない
どこ?
七十九日目?
風がふいて、つめたい。
なんのこえもしない。
だれもいない。
ねこ。
とり。
言わないと。
ありがとう って。
八十日目?
ここまででだいたい半分。
このあと閑話(博士の日記)を挟み次章がはじまりますが、これまでとかなり話の傾向が変わりますのでご注意ください。