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六十一日目―六十三日目

六十一日目


 上天気。乾燥している。乾燥した寒さは、東京の冬を思い出させる。

 あちらの乾燥と同じく、こちらの乾燥も私は肌にくるらしい。肌が荒れ、関せつや首筋に痛みをともなった痒みがある。


 猫が出かけるさい、いってらっしゃいと声をかける。猫は私の言葉をくり返し、「イッテラッシャイ」と妙な発音で言う。

 いってきますは言えないか。まあ、しかたないだろう。言葉なんてそうそうすぐに習得できるものではない。それでも最近は、彼の使える語いがぐっと増えたように感じられる。


 猫のいなくなったあと、空地に向かう。目地に結構な粘土が必要だと気がついたので、また穴を掘らなくてはならない。道具らしい道具がなかったので、先のとがった枝で代用する。

 床には枝が敷かれているので、横穴を掘る。崩れないように穴の底に近い部分を掘り進めていくと、収納庫のような具合になる。

 たいして深い穴でもないのに、これだけで午前中が終わっていた。あわてて土を地上に運びだす。

 手作業のため、ここでも相当な時間を使う。バケツのようなものがほしくなる。それがあれば、まとめて土を運び出すことができるのに。


 地上の粘土は、日当たりのいい近隣の場所から砂をかき集め、混ぜ込む。水をくわえて伸ばせるようにしたあたりで、たしか午後の五時くらい。冬のひぐれは早く、すでに日は沈みかけていた。

 完全に暮れかける前に、目地用の粘土を一段目レンガの上に伸ばし、二段目のレンガをおきはじめる。互い違いになるようにおくが、入口付近の処理に困る。普通のレンガだとはみ出してしまうため、乾燥に失敗して半分に割れたレンガを代わりにおく。意外なものが役に立つものだ。

 二段目のレンガの間に目地を流したあたりで時間がなくなる。寝床に戻る。





六十二日目


 晴天。しかし少しずつまた雲行きが怪しくなる。昨日の乾燥はすっかり消えたが、まだ肌が荒れている。痒くてもできるだけかかないようにしているが、寝ているうちにかいているらしい。爪の間に血がはさまっている。


 雨に備え、毛皮や肉をすべてリュックにおしこむ。いつも鳥の避なん所だったリュックを占きょされ、彼は不満そうだった。

 適当になだめようとすると、「きみは全然ぼくを優遇しないんだから」と、ずいぶんなわがままを言われる。猫たちの中で精霊として、そうとうちやほやされてきたのだろう。


 魚はしまうまえに、一尾とって乾そうをたしかめる。今度は腹までしっかり乾いていた。以前に手帳に「食べてみよう」みたいなことを書いた気がするのでかじってみた。歯が立たなかった。

 かじってから寄生虫について思い出す。さすがに天日に干されて死んでいるとは思うが、念のため火をとおすようにしよう。水で戻すためにも、煮立てるのが一番のように思える。煮干しを思えば出汁がとれそうだが、出汁だけで味がないのが辛い。今では塩さえぜいたくに思える。


 水を作り、たき火の場所を移し、それから空地のレンガを見に行く。

 試作レンガののち、はじめに作った一期レンガは、少なくとも外側だけは乾いていた。翌日に作った二期レンガは、日当たりの悪い場所においてあることもあり、まだほとんど生乾きだ。できるだけ日当たりのよい場所に移動させてみるが、この雨でだめになってしまうかもしれない。


 とりあえず、使える分だけは使ってしまおうと、またレンガをつみはじめたのが正午くらいだった。それから数時間かけて、三段目と四段目の半分を終える。

 先が長くて気が遠くなりそうだった。レンガを積むのは想像以上の重労働だ。なれない仕事のせいもあるだろうが、この先も同じだけ時間がかかると考えると気がめいる。

 それに、数が足りるかどうかも不安になる。この調子では、数が足りないとわかったときにはすでに時間切れになって居そうだ。ピッチを上げないと。こればかりは、狩りを一度休んででも猫に手伝ってもらった方がいいと判断する。


 寝床に戻ったのは日がだいぶかたむいたころだった。すでに猫がかえってきていた。明日手伝ってほしいと打診すると、すぐに了承される。


 そういえばけっきょく雨は降らなかったな。雨のそなえで半日つぶれるのはわりに合わない。早く屋根のついた寝床がほしい。

 今日の空気はなおのこと冷たい。もう、冬の寒さと変わりなく思える。





六十三日目


 夜明け前、ぱらぱらと降りだした雨に目を覚まさせられる。しばらく雨と気づかず、ぼんやりとする。

 久しぶりに夢を見たせいだ。親元をはなれる前、実家の夢だった。特段変わった夢でもなし。ただ家族そろって食たくを囲んで、白いごはんを食べていた。母の料理は、夢のなかでも久しぶりだった。

 呆けていると、降りしきる小粒な雨が白米に見えてきた。ひもじい。むなしい。


 雨は長く続くことなく、日のでのころには去っていった。今日は天気がよくなりそうだ。リュックの中身をだし、毛皮をふたたび干す。

 猫が毛づくろいを終えるのを待ち、午前のうちにともに空地に向かう。


 空地もほとんどぬれていなかった。雨にぬれた二十日大根の子葉はみずみずしい。本葉がではじめているのを見つける。

 さすがにこの雨では、穴に水がたまることはないらしい。床敷きにした枝が水でぬれている程度だ。雨水は枝の表面を伝い、地面に落ちて吸い込まれていく。

 猫にこれからの作業を教える。レンガを積み、目地ですき間をうめる。入口のところはあける。積み上げるのは乾いたレンガだけで、表面がやわらかいものは避けるように。私がそのようなことを言うと、猫は鳥の通訳を聞く前に、耳に残ったらしい単語をふく唱する。

 近ごろはまた少し、猫の覚えた単語が増えたように思う。そのうちに、鳥を介さずに会話ができるようになるだろうか。


 そろそろ二時。一度休けいを入れて、その間に手記をつけている。猫が興味ぶかそうに、私の手元を覗き込んでいる。

 二人になったものの、作業効率は若干落ちていた。猫の仕事が雑すぎて、あとから私が手直ししないとならないせいだ。猫の手は細かい作業に向いていない。従来の猫よりも指が伸び、指紋のような肉球がついてはいるものの、やはりそれは猫の手である。

 物がうまくつかめないのか、それとも力加減ができないのか。積んだレンガを崩したり、壊したりするたび、猫は申しわけなさそうに鳴いて私を呼ぶ。

 それでも、レンガを積んでこれで七だん目まで来た。

 高さはだいたい四十センチ弱。つかったレンガは、おそらく二百と少しくらい。

 未乾燥のものがまだ残っているとはいえ、二期レンガにも手をだして、それでまだ四十センチ程度だ。入口から穴に下りてみたが、ちょうど頭だけがでるくらいの高さしかない。

 レンガの数があきらかに足りない。

 あらためて文字にすると、不安で頭の中がぐるぐるとかき回されるような感覚を覚える。休けいを入れたのは、あせる気持ちを落ち着かせるためでもある。このままレンガを積んでもだめだろう。どうすればいい? 今から日干しにして、とりあえず乾くまでに一週間くらいかかるとして。間に合うのか?

 のどがかわく。どうすればいい?


 けっきょく、穴のほうを深くすることにした。

 床にしいた枝や、かまどの石は一度全部外に出す。それから猫とともに穴をほる。だいたい二十センチくらい。レンガの扱いは苦手だったみたいだが、こちらは猫が大いに活やくした。私はほとんど、土を穴の外にかき出す役割だった。

 深度を下げて、これでだいたい私の頭がかくれる。猫はまだ首から上がはみ出す。これは残ったレンガをつむだけつんで、駄目だったら考えよう。


 今日は日が暮れても作業を続けた、穴の中に枝を戻し、かまどを作り直して火を入れる。日のくすぶる様子を見ながら八だん目。入り口用にとあけておいた、レンガとレンガのあいだに垂木を渡して九だん目。

 目地粘土で垂木を固定しているうちに、入口から穴へとおりる階段を整のえる。穴から少しつきだすように段差をつくったので、階段はのぼりきると、家の外に出ている形になる。この穴にふたでもしないと、雨水やらなにやらがなんでも流れ込んできそうだ。

 十だん目、垂木の上におそるおそるレンガをおく。目地を多めに、接着材のつもりで使う。


 このあたりで乾そうしたレンガが切れる。今日の作業はここまで。猫をねぎらい、寝床に帰る。

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