五十五日目―五十七日目
五十五日目
結局、昨日の夜に雨が降ってきた。早々に寝袋屋根の下に避なんし、眠れない一夜を明かす。
上から降る雨はしのげても、地面がぬれてくるのはどうしようもない。焚火は上手いこと薪を組んで、直接火が地面につかないようにする。それで半日くらいはもったのだが、夕方あたりから風が出て吹き消されてしまった。
猫は丸く体を縮め、雨をひたすらやり過ごそうとしている。なんどか雷も鳴った。そのたびに猫が尻尾を立てて震える。
鳥はリュックの中に避なんしていた。鳥くらいの大きさだと、耐水性のあるリュックの内部の方が、雨避けには良いらしい。ただし、一度大きな雷が落ちたとき、うかつにも電源を入れっぱなしだったらしい無線きが、ひどいノイズを大音量で放った。少し離れて雨宿りしていた私ですらも、耳が割れるかと思ったほどだ。間近で聞いた鳥は、あわれにもリュックの中で失神しかけていた。
慌てて電源を切り、ボリュームを下げておく。無線きはエラー音が獣避けになるからと、なにかとボリュームを上げておくくせがついてしまったのだ。以降気をつけるようにと、しばらくして意識を取り戻した鳥に、散々説教される。死ぬかと思ったらしい。
真夜中。雨が止んだため火をつけ直す。火がともると、熱に誘われたのか丸くなっていた猫がふらふらと近寄ってくる。
毛づくろいをする猫を横目に、今日は眠る。
五十六日目
昨日の雨が信じられないほどの快晴。気温も高く、過ごしやすい。
起きたとき、猫はすでにいなくなっていた。鳥は小さめのまきをくわえ、火にくべていた。とりあえずぬれたシャツを脱ぎ、日当たりのよい枝にかけておく。脱ぐとさすがに寒い。
午前中は空地に出た。レンガには思った以上に被害がない。二十日大根の芽も大丈夫。
掘った穴の中には水が流れ込んだらしく、木の枝だの枯れ葉だのがぬかるみにたまっていた。この中を家にするのならば、排水について少し考えなくてはならないだろう。
それから川に向かう。
雨の唯一のメリットは、魚が捕れることだろう。捕まえられるだけ捕まえて、寝床に一度帰る。
午後。猫が帰ってくるまで、鳥と相談しつつ穴の排水について考える。
鳥はおおよそ、私が作らんとしているものを想定できているらしい。
半分は穴の中。半分は掘り返した粘土で作ったレンガを積む。屋根には長い枝かなにかを渡して、同じく粘土で固めれば、一冬くらいは過ごせる家ができるだろう。完全に穴を掘るよりも、完全にレンガ造りにするよりも、作る労力自体も少なくて済むはずだ、理論上は。
実際に上手くいくかどうかわからないが、「悪くない」とうなずく鳥に勇気づけられる。
排水について。要は床よりも低いところに穴を掘ればいいわけだ。傾斜を付けるだの、樋をつけるだのと意見が出たが、最終的には床にすのこ状のものを取りつけることで話がまとまる。
すのこ状のものは、雨の日の焚火のように、井桁に枝を組めばなんとかなるだろう。地面に直接体が当たらず、雨が溜まらずに落ちる仕組みになってさえいればいいのだ。
とりあえず明日、地面の乾燥度合いを見てから床の作業に移ろう。そう決まったあたりで猫が戻ってくる。
疲れているらしく毛づやが悪いが、久しぶりに狩りの獲物を抱えている。小ぶりな熊のような生き物で、けっこうな大物だった。「すごい」と言うと、「スゴイ」と復唱する。どことなく嬉しそうだ。尻尾が揺れている。
他に食べるものがあるので、就寝の前にまた小魚をひもで通し、乾燥を試みる。前回は獣かなにかに食い散らかされていたので、今回は目を離さないよう、寝床近くにつるしておく。
猫が物欲しそうに見ていたので、もしかしたら彼にも警戒が必要かもしれない。食べてはいけないとよく言い聞かせてから、寝床にもぐりこむ。
五十七日目
晴天。再び冷え冷えとしてきた。
昨日は久々に満足の行く食事ができたからか、猫の起床が遅い。私より後に悠々と起きてきて、しばらくのんびりとしてから狩りに出た。冬を前に焦っているにしては、猫は目下のことに悠長である。あまり先を見通すことが得意ではないのかもしれない。それとも、先々ばかりを考えてしまうということが、人間の特性なのだろうか?
なんにせよ、私は焦らずにいられない。レンガの乾燥にはまだ時間がかかりそうなので、今日は床の処理をする。
しかしもしあと一週間、いや、五日たってもレンガが乾かないようなら、生乾きでもいいからつんでしまおう。この先なにがあるかわからないし、順調にいったとしても、本格的に寒くなる前に間に合うかどうかあやしい。
いや、間に合わせなければならない。間に合わせなければならないのだ。
空地に行き、三畳ほどの穴の中に降りる。現在降り口は、なんとなく斜面になっているだけの、穴の一角だ。
穴の中は水が乾き切っておらず、ぬかるみになっている。枯れ葉などのごみが溜まり、歩いているとちくちくする。泥に浸すのがいやだからと、靴を脱いだのは失敗だったかもしれない。
三畳ほどといったが、穴はほとんど正方形に近い。私の腰ほどの深さがあり、かがめば完全に頭が隠れる。壁に手を当てると、泥がそのまま手にこびりつく。雨が降れば水も染みてくるだろう。
この壁もどうにかしたいものだ。石灰でもあれば塗り固められそうだが、あいにく手元にもなければ、探しに行く余裕もない。
一通り穴を見渡したため、作業に移る。
周囲の森から、かんじょうそうで太く、なおかつ私でも運べる程度の大きさの枝を集め、空地に持ってくる。平らに並べられるように枝打ちし、大きい枝から順に、パズルのように床に並べていく。このとき、雨が溜まらないように、適度に感覚を開け、密になりすぎないように注意する。
一通り床面が埋まると、次に穴へ降りる斜面を削る。これはそれほど難しい作業ではなかった。階段状に段差を作り、泥を穴の外へ放り出す。
これで一仕事終えたような気がして、床に敷いた木々の上で座り心地を確かめていると、鳥がどこからか飛んできた。私の前に降りてくると、穴の中を見回して「どこで火をたくの?」と言う。まったくだ。
火か。
木の上でたくのはあまりいい予感がしない。とりあえず枝を敷き直し、隅の一角だけたき火ができるように開けておいたが、そこで手が詰まってしまった。現在も座り心地の悪い穴の中で、手帳を開きつつ手段を考えている。
土の上に、直に火をたくのは駄目だ。それは雨の日の経験からわかっている。
井桁状に組むのはどうだろう? これだと組んだまきが崩れたとき、他に燃え移りそうな気がする。
火の周りを土で囲っておくとか? 水が溜まらないように、他よりも少し段差をつけておいて、水を流れやすくして。それで灰はどうしよう?
悩みつつも、日暮れ前までには火のスペースを仮設的に整えておいた。
土を盛るよりは水はけが良いだろうと、川原の石を敷き詰めて、火が移らないようにと床との境界も石で囲う。そのごためしに火を入れてみたが、灰がすぐに落ちて石と石のすき間を埋めるため、あまりメリットはなさそうだった。
あとはそう、火のそばでしばらく確認をしていたのだが、すっかり足や尻が痛くなっている。これは床に敷いた枝のせいだ。
足元が不ぞろいすぎて、立っていても座っていても落ち着かなかった。この穴の中でいずれ寝起きするというのなら、もう少し住み良くしてもいいはずだ。今のままだと、地面に直接横になるよりも、ずっと背中が痛くなる。
木の枝の表面を削るか。あきらめて寝る場所だけにでも土を詰めるべきか。しかし寝る場所こそ水はけを良くしたいわけだが、うーん?
猫が帰ってきた。そろそろ帰るじかんか。