二十一日目に挟んだメモ
メモ1
万が一この手記を読む人間がいることを考え、私自身のことを記しておく。
私の名前は工藤夏樹。東アジア地区、日本文化圏に住む学生である。両親と兄、姉の五人家族。兄は出征し、姉は結婚したので現在は両親との三人暮らしだった。
学部は工学部情報工学科。学士二年。二十歳。専門はデータの暗号化だった。学生とはいうが学問を学ぶより、敵国の通信暗号解析と、自国の通信データの暗号化ばかりをしていた気がする。
大学について記す。元は六学部を持つ総合大学だったが、現在は工学と医学、法学のみが残っている。法学はほとんどが有力政治家の子息のみの受け入れになっているため、実質的に機能として残っているのは工学と医学だけだ。
失った三学部、文学・経済学・理学部の学生は、ほとんどが徴兵された。かなり引き伸ばされた結果の学徒動員であったため、私の世界で起こっていた戦争はかなり激化していたのだろう。現在はどうなっているのだろうか。終結がまだ遠いだろうことは予測できる。
この世界へ来るまでの経緯を記す。
大学構内には工学研究所があり、工学部と理学部の共同研究により次元転移装置の開発が進められていた。このあたりも敵国と競っての開発だったはずだ。別次元に存在しうる、資源豊富な世界を手に入れるため、早く旗を立ててしまいたかったのだと思う。
私の大学では、動物実験までは行われていたはずだ。ハツカネズミだかを何度か往復させ、体にかかる負荷を調べていた。あとは体表に付着した微生物や、経過観察によって未知の病気などがないか。病気に対しては治療法を探るため、医学部とも連携していた。
何にせよ、それなりに研究の進んだ装置が私の大学にはあった。すでに比較的安全と思しき世界にも目星をつけていたため、緊急時の避難先として指定されていた(ただし、推奨はできないという注釈がある)。
先端技術の開発と、軍医の排出。有力政治家の子息が通うとあって、大学は敵国に目をつけられたらしい。空襲を受けた。
ちょうど工学研究所と同棟の講義室で講義を受けていた私や他の学生は、突然の空襲に逃げ場を失い、推奨されていない次元転移装置に逃げ込んだ。逃げる途中では学生もかなりいたはずだが、逃げ込んだときには私含め、片手で足りる人数になっていた。
装置は稼働寸前であり、緊急時のための食料の入ったリュックに手を伸ばすことができたのは奇跡に等しい。リュックは装置のある部屋の脇、壁際に置いてあった。たまたま目についただけの運の良い出来事だ。
めぼしい次元に座標を合わせ、装置を起動させたところで、手記にも記したとおりこの部屋に爆撃を受けた。おそらくはそれが原因で、物々しい大きさの転移装置から雑音が響いたのを覚えている。
それから、気が付けばこの世界にいた。私の他に人の姿が見えないことから、装置の誤作動だったのだろうと思う。人の住める環境の世界であったことは、運が良いのか悪いのか。他の人たちは、どこの世界に飛んでしまったのか。なぜ、私だけここにいるのか。
もしもこの世界へ同じように飛んできたのだとしたら、いずれこのメモを目にする時が来るかもしれない。
おそらくメモが他者の目に触れる時、私は死んでいるだろう。だが、それまで私という人間がいたということ。この世界で生きていたということを少しでも誰かの記憶に残せることを祈り、私はこうして筆をとる。
メモ2
疑問
・なぜ鳥と対話ができる?
・鳥を通して意思の疎通ができるのに、なぜ鳥は私に言葉を教えろと要求した?
・言葉を教えさせたいのなら、なぜあのタイミングで私に声をかけた?
(あの鳥はおそらく、手帳にも記してある、初日に見た暗褐色の地味な鳥と同じはずだ。言葉の教授を目的とするのなら、私が死にかける前に声をかけてもよかったはずでは?)
いや
いや、違う。鳥は猫人間たちに「言葉という概念を教えろ」と言った。
鳥の話す限り、猫人間はこの世界でもっとも発展した種族だ。彼らが言葉を持っていないということは、つまりこの世界には言葉自体が存在しない。
・なぜ、鳥は言葉という概念をそもそも知っているのか?