5:戦場へ
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13:00 作戦会議から40分経った頃、街の門扉の前にぞろぞろと討伐メンバーが集結した。
装備を整えてきたもの、仲間に後事を託していったもの。各自、短い時間の間にやりたいことを済ませてきたようだ。
門の前にある広場では、大勢の人が見送りに来ていて、フィールドへ出て行く俺たちに激励の言葉を浴びせる。
感極まって泣き出す奴が、見送る側にも送られる側にも出始めるが、命のかからないゲームだったら、ここまで盛り上がることはないだろう。
戦闘は昼間のうちに終わらせなければならない。日が沈むにつれ、モブの湧出率は増えるはずだし、攻撃の命中率も下がる。
せっかくモンスターを倒しても、街にたどり着く直前で、別のモブに湧いてこられたら全滅の恐れがある。
今回の作戦では、やはり回復役がいないということがネックだった。
たしかに治癒術士は攻撃参加はできないが、彼らの支援魔法は、魔術士のものよりはるかに強力だ。
いるといないでは、安心感もかなり違ってくる。
しかし、これだけの人数を揃えて回復が一人か二人では、どうせ全体まで手が回らないし、死者が出たりすると、すべての責任を負わされたりする。回復を切ると決めた謙信の判断は間違っていない。
ゲームの難易度が、これまでの常識を覆しているだけだ。
撤退の判断はPTの回復役が務めることが多いが、今回は治癒術士がいないため、リーダーである謙信が引き際を見極める。
一番の重責を担うのは間違いなく彼だ。街を後にしてからは、めっきり口数も減っている。
俺は長年一緒にやって来たMMO仲間として、彼に声をかけた。
「トッププレイヤーの謙信ともあろうものが、ずいぶん緊張してるみたいじゃないか」
「ああ、鉄血か。すまん・・・不安にさせたか?」
「俺は大丈夫だ。だが、だんまりは良くないぜ」
「そうは言うがな・・・」
やはり声を掛けてみて正解だったようだ。相当ナーバスになっているらしい。声から震えが伝わってくる。
「なに、ちょっとやりあってみて、ダメそうだったらすぐに引き返せばいいさ」
「ダメそうなときっていうのは?」
俺は「さあ」と肩をすくめて、すっとぼけた。いずれにせよ、最初の一撃を喰らうのは俺の役目だ。
フィールドを見渡すと、ほとんどモンスターを見かけない。ゴーレムの巨体が2,3、野原をうろついているが、寄ってくる気配はない。
あまり先へ進んでしまうと帰りに別のモブと接触してしまうため、街の入口をうろついてキラービーが湧いてくるのをひたすら待つ。
そうしている間に謙信が訊ねてきた。
「デスゲームっていうのは、本気だと思うか?」
「運営の悪ふざけかもしれないが、そういえば以前にも騒がれたことがあったな」
「NPCのフリした奴がデマを流したやつか。あれとこれとは、全然いたずらの度合いが違うだろ。もう一ヶ月以上ログアウトできてないんだ」
「デスゲームじゃない、と言ってやったほうが楽か?」俺は聞いた。謙信は一瞬、沈黙を見せたが、やがて首を振った。
「いや。余計な心配をさせてしまったな。常に最悪の事態を想定するのが俺の役目なのに、つい。リーダー失格だな」
「俺の前でいうのは嫌味になるんだがな」
「スマン、そんなつもりじゃなかったんだ」
「いいって。それより、お前からもほかの奴に声を掛けてやってくれ。新兵どもが固くなってるみたいだぞ」
「鉄血、言い忘れていたことがあった」
「なんだ?」
「盾になるのは俺たちの攻撃が始まるまでの間でいい。合図をしたらすぐに撤退してくれ」
「わかった。後は頼んだぞ」
俺が肩を叩くと、謙信はナーバスな状態から立ち直ったようだ。
早速リーダーシップを発揮して、メンバーひとりひとりに声を掛けていく。
俺のほうでも、ひとり気にかかる奴を見かけた。獲物の尻を狙って音もなく近づいていく。
「サヤカ、調子はどうだ」
「きゃっ! あなたですか。驚かせないでくださいっ」
「若い女の子へのセクハラだけが生きがいでね。尻は感じるほうか?」
ゲームだから触ってもわからないだろうと思っていたのに、ちゃんと触られた感覚があるらしい。俺の手にも感触が伝わってくる。
味覚などは再現できないくせに、こういうところはきちんと作り込んでいる。
「本当にセクハラですね。後で覚悟しておいてください」
「わかったよ。後でいいなら好きなだけ触らせてやる」
俺はやれやれ、仕方ないなというジェスチャーを交えて返事をする。
「っ、そうじゃなくて・・・」
サヤカの顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
機械が感情パターンを読み取っているのだろうが、『びっくり』『セクハラ』『怒り』とどれも赤色のパターンに属す。
サヤカの頭には漫画みたいに湯気が立ち上っていた。
「はぁ、ところで今回の作戦、うまくいくと思いますか」
「ああ、たぶん大丈夫だろう」
「根拠があるみたいですけど?」
「まあな。謙信とも話したんだが、俺たちはBテスターなんだ。けっこう先まで進んだが、ゲーム自体は良く出来ている。クリアするどころか、最初の街から出ることさえできないゲームを、そこまで作り込むとは思えないんだ」
細密なグラフィックといい、感覚の再現性といい、俺たちを殺すためだけに、これだけのものを用意したとは思えない。
「でも、現に街の外に出られないじゃないですか」
「この状態を運営が黙って見ているとも思えないんだがな」
「まさか、モンスターが街の中まで攻めて来るとでも?」
サヤカの顔色が、赤みが次第に薄れていく。見ていて飽きない娘だ。