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「もっと近づけ! 離れると逆に危ないぞ!」
「敵残ってるよ、油断しないで」
「声が出てないぞ、ちゃんと敵の位置を知らせろっ。蹴られたいのか!」
東の渓流沿いに人の声が響く。
林に囲まれ、木陰が目に涼しい癒しスポットは、今や魔術師集団を鍛えるための軍事演習場と化していた。
ここら一帯はMOBの湧きが程よく、川があるおかげで360度警戒する必要がないため、訓練を行うには絶好の場所だった。
ここ数週間、俺たちはゾーンアウトと名付けた戦術で狩りを行なっていた。
まず中核となる魔術師グループを5人単位で編成し、その周りを高Lvのソロプレイヤーで囲む。
そしてゴブリンを見つけたらソロが攻撃を仕掛け、魔術師隊は遠くから砲撃を行う。
気を付けなければいけないのは、ゴブリンの習性だ。
奴らはHPの低いものから狙うため、射程ギリギリまで距離を取らないと魔術師グループの方へ流れていってしまう。
治癒術士を置けないのも同じ理由だ。治癒術士は魔術師に比べると射程が短い分、余計に狙われやすい。
そして頃合を見計らってソロはターゲットを取りつつ撤退を開始。
戦域から離脱した瞬間に、EXP獲得の権利は魔術師グループに移行する。ここまでが第一段階だ。
ソロが離脱すると、今度はゴブリンがターゲットを魔術師に変える。
その前に、待機していた別のソロがゴブリンに接近して足止めを行い、再び魔術師の一斉砲撃によって残りを仕留めていく。
このやり方であれば共闘ペナルティは発生しない。
実質、八人以上が参加していながら、システム上戦闘単位は六人としてカウントされているからだ。
仕様がわかっていれば、それを基に有効な戦術を立てられる。
戦闘に参加したソロプレイヤーにはEXPが入らないことが、この作戦のネックだが、こうでもしないことには攻略が進まない。
俺たちは無報酬で他人のレベル上げのために連日頑張っていた。
Lv2に上がったのが5人、そして後から参加した9人がLvUPを目前に控えている。成果は上々だ。
とはいえ、凶悪なMOBとの連戦はかなり精神を消耗する。訓練に参加してから日が浅いメンバーはだいぶ疲労の色が濃い。
「そろそろ戻る頃か。レオン、今日のところは引き上げよう。さっさと撤収するぞ」
陽が斜めに傾き出したのを見て、オレアリアが訓練の終了を告げる。
俺たちは縦に長く伸びる影を追うように街へと戻っていった。
東の広場にたどり着くと訓練参加者たちは戦闘の疲れを癒すために、それぞれ宿へ向かったり酒場へ向かったりして散っていった。
「さて、私はギルドに戻るとしよう」
オレアリアが後ろ手に挨拶をかわし、一人でギルドハウスの方に歩いていく。
続いてホセイも兄のア・リュウに話があると言って、その場を離れ、ハンターのガゼルも人といるのは好きではないから、と一人でどこかへ行ってしまった。
残されたのは俺、ベル、アヤカの三人だ。
「さて、どうするかな」
行き先を考えながら、ふと路地に目を向けると周囲のプレイヤーが一斉に目を反らした。
つくづく有名になりすぎてしまったと思う。
プレイヤーキラーとして顔を知られているだけでも異常なことなのに、『ギルド殺し』という二つ名まで頂戴している。
どうやら世間では俺がたった一人で200人の魔術師を殺したことになっているらしい。
「レオンと一緒にいると私たちまで変な目で見られるのよね」
ベルが言い放った心外な一言に、アヤカがコクコク頷いている。
その時、小柄な人影が二つ、恐る恐るといった感じで俺たちに近寄ってきた。
「あの、レオンさんですよね。実は僕たちお願いがあって」
見ると、一人はスタッフを装備した魔術師、もう一人は黒のカットソーとデニムのショートパンツ、両手に革製のガントレットをはめた鍛冶職の少女だ。
「メンバーを集めてるって聞きました。僕たちもPTに入れて欲しいんです」
話を聞くに二人は兄妹で、兄のほうはマコト、妹はルカというらしい。
妹のほうは挙動不審でさっきから落ち着きなく視線をさまよわせている。
兄のほうは声変わりすらまだのようで、仲間にするにはどうにも頼りない。
「事情はわかった。だが、俺はPTのメンバーを募集しているわけじゃない。それにブラックスミスは言っちゃ悪いが足でまといだ。他を当たってくれないか」
ブラックスミスは序盤こそ戦闘職と比べても見劣りしない程度のステータスを兼ね備えてはいるが、成長率が低く戦闘スキルにいたってはほとんど覚えない。
すげなく断ったのには他にも理由がある。正直うんざりしているのだ。他のPKに狙われないように俺たちのグループに取り入ろうとする輩が後を絶たないのだ。
女なら色仕掛け、男ならリアルでの友人のフリをしたりして近づいてくる。
そういう奴らはいざ戦闘に入ろうとすると忽然と姿を消してしまう。
攻略に参加する人間は多いほうがいいが、やる気のない人間は士気を下げるだけだ。
「待ってください。僕たちは死ぬわけにはいかない。どうしても強くなりたいんです」
「誰だってそうだ。強くなりたいのなら、自分で勝手にやってくれ」
戦闘職がMOBと戦わずにLvを上げるにはPK以外の方法がない。誰も殺さないという信念は立派だが、それで強くなろうというのは単なるわがままだ。
「僕だって強くなれるならそうしてます。でも、返り討ちになったら妹は一人ぼっちになる。ルカは自閉症なんです。僕がついていないと、まともに日常生活も送れないんです」
自閉症は先天的な脳機能に関する障害で、他人とうまくコミュニケーションが取れなかったり、特定のものに異常に関心を示したりする病気だ。なかでもIQの高い自閉症患者はアスペルガー症候群と呼ばれ区別されている。
「誰彼構わずボランティアをしてやれる余裕はないんだ。こっちも命懸けなんでな」
話を打ち切るために俺が踵を返そうとすると、アヤカが一歩進み出て兄妹に話しかけた。
「あの、ギルドに保護してもらったら?」
幼そうに見える兄妹を放っておくのは気が咎めるのだろう。
一方、ベルは肩入れしないように距離をとって、二人のやりとりを眺めている。
「本当だったら僕らは【カサンドラ・エクス】が守ってくれるはずだったんです。それをたった一晩で壊滅させてしまった。もう安全な場所はレオンさんのとこしかないんです」
「でも、私たちは攻略組だよ。ルカちゃんだっけ、モンスターと戦うの、怖くない?」
「モンタァとたたかうのこわい?」
ルカは意味が分かっていないかのように、アヤカの言葉をオウム返しに繰り返す。
「医者の話では、ルカには人の話し声と周囲の音の区別があまりついてないそうなんです。他の人が雑音として無意識に聞き逃してしまう音をそのまんま聞いてしまうらしくて、雑音の多いところを嫌がります」
「それじゃなおさらパーティーなんて組めない。戦闘中は他人の命を預かってるんだ。同情で仲間にすることは出来ないぞ」
アヤカは二人を作戦に参加させるか否か迷っているようだ。
広場にいる野次馬たちも話の行方が気になっている様子だ。二人を引き込めば俺も俺もと詰め寄ってくるだろう。
俺はキッパリ断るためにマコトたちに近づいた。そのとき、マコトが妙なことを口にした。
「ルカの能力はきっと役に立つ時が来ます。妹は言葉がうまく理解できないけど、その代わりゲームはめちゃくちゃスゴいです。誰にも知られていない裏コマンドとか、パズルゲームの出現パターンを見抜けるんです」
俺もゲームをやりだした頃、どうしてもクリアできないステージがあって、そのときにバグを利用した裏技を使ったことがある。
そのとき、誰がどうやってこのバグを見つけたのか気になったのを覚えている。
ゲーマーのなかにはバグを探すのが得意な奴がたまにいるのだ。
わりと知られた話だが、ゲームを制作する過程において、よくデバックと呼ばれる作業が行われる。
バグを認識し、その原因を取り除くのが主な仕事だ。
今はある程度PCで出来てしまうのだろうが、一昔前までは実際に何度もゲームをプレイしてバグを見つけたりしていたらしい。
すぐれたデバッカーともなると、普通にプレイしていてもそのバグが見えるのだという。
一般人にはまるで認識できないが、わずかな違和感を超感覚で感じ取ってしまうらしいのだ。
おそらくルカもそうした感覚の持ち主なのだろう。このゲームをクリアするには裏技でもなんでも使って強くなるしかない。
「その話が本当だと証明できるなら、チームに入れてやってもいい」
「レオン、いいの?」
こっそり耳打ちしてくるベルに俺は小さく頷く。
「条件がある。今度の訓練に参加して、ゴブリンの攻撃パターンを完璧に見破れ。それができたら、俺が仲間を説得してやる」
「必ず証明してみせます」
そして翌日。
結果から言えば、ルカは見事試験に合格した。ルカは見事にブレスの発動条件を事前に言い当ててみせたのだ。
言葉がうまく伝えられない、戦闘中の指示には耳をふさいでしまう、突然パニックに陥るなど、自閉症特有の症状はたしかにPTプレイにとって致命的だが、それでも攻撃予測を可能にするルカの存在は大きい。
若い兄妹をサブメンバーとして迎えることはPTメンバーの全員一致で可決した。




