10:罪と罰
【GoE】に戻ると、俺は階段を上がり、二階の執務室のドアを叩いた。
部屋の主であるイーガンは指を組んで、机の上に広げた地図に見入っていたが、俺が入ってきたことに気がつくと、いつもと変わらない口調で労いの言葉をかけてきた。俺はそれを遮って、単刀直入に尋ねた。
「無事に仕事は終えてきたが、あの秘密通路はなんだ? なぜ、通路のことを知っていた?」
質問が来ることを予期していたのだろう。イーガンは落ち着いた口調で話し始めた。
「最初から知ってたわけじゃない。むしろ偶然に近いようなものなんだ。アンタたちがカサンドラに襲撃を仕掛けた直後、情報屋NPCの台詞が変化した。地図を買わないかと持ちかけてくるようになったそうだ。これはなにかあると思ってね。残り資金のほとんどをつぎ込んで、即買いしたんだ。今広げているこれが、その現物だ」
イーガンが広げていたのは、細かい直線がいくつも重なるように描かれた設計図のようなものだった。
全体の形は五角形に近く、真ん中よりやや下に印が付けられている。
「これが地図?」
「一見しただけではわかりにくいが、これは街の設計図だ。これを見ると地下道の位置関係がわかる。魔術師ギルドの北側に細い線があるだろう? これを辿っていくと、中央の空白部分に突き当たる」
「でも、その前に扉を開けなきゃ進めないけどな」
俺が軽い相槌を入れると、イーガンは地図から顔を上げた。
「もうちょっと詳しく聞かせてくれないか」
「ああ、そうだな。まずはそこから話そう」
俺は戦いの顛末と、地下で見たものについて伝えてやると、話のついでにソロモン・グランディから奪ったアイテムをイーガンに渡した。
「地下にある謎の扉・・・。それとマスターカードか。攻略の糸口になりそうだな」
俺たちにとっての不幸はギルドハウスを競り落としたのが、攻略に消極的な【カサンドラ・エクス】だったことだ。
ソロモン・グランディは攻略の流れに巻き込まれるのを嫌ったのか、ギルドメンバーにすら秘密にしていたようだ。追い詰められたせいで、あの場所に逃げ込むしかなかったようだが、そのため行き止まりになっていることも知らなかった。
市内でのPKを一掃し、安全に救助を待つつもりが、糸口が見つかったことで危険な攻略の先陣を切らされるかもしれないと考えたに違いない。わざと地下通路の存在を隠し、さらにはゴブリンを攻略して見せたのは人々の目を外に向けさせるためでもあったのだろう。
もし、あの地下通路を見つけていなかったら攻略を狙うどころか、ソロモン・グランディの扇動にのせられたプレーヤーたちが大挙して押し寄せてくるのを迎え撃つ羽目になっただろうと思うと、正直ゾッとする。
【GoE】の情報収集能力の高さは折り紙つきだが、今回は大いに助けられた。
「それにしてもタイミングが良すぎるな」
俺は前々から感じていた疑念を口にした。
ギルドを襲撃してすぐNPCに変化があったということは、この街は四六時中│GMに監視されていると見るべきなのだろう。大きな動きはGMに察知される。運営を出し抜くには、相当知恵を働かせる必要があるだろう。
「隠し通路のことはどうする。公表するのか?」
「ああ。アンタとグルになってカサンドラを殺ったことも、すでに露見している可能性が高い。情報屋があちこちでペラペラしゃべりまくってるだろうね」
イーガンは青い瞳を眇めて地図を俯瞰し、指で通路をなぞった。
「ソロモンは街の連中を裏切った。通路の存在を隠して攻略を妨害していたのは事実だからな。奴にはすべての罪を背負ってもらう。死んだソロモンに怒りが向けられれば、カサンドラの残党も少しは吸収しやすくなるだろう」
「死んでも恨まれるとは、つくづく運の悪い男だ。俺がいうのもなんだが、ソロモン・グランディのような死に方はゴメンだ」
「同感だが、それよりまだ調べなきゃいけないことが他にもある。アンタの持ってきてくれたマスターズカードとやらは、他にもありそうだ」
「お前は持ってないのか?」
「ああ、持ってない。先代のマスターが所持していたのが、そのまま失われたのか、それとも条件があるのか。とにかく調べてみるよ」
そう言うと、イーガンはフレンドリスト画面を虚空に呼び出し、連絡を取り始めた。【血盟工廠】のギルドマスターにアポイントを取り付けるつもりのようだ。イーガンが通話を終えるのを見計らって、尋ねてみる。
「ギルドを一つ叩き潰した後だぞ、会ってくれるのか?」
「一晩で街の勢力図が塗り替えられたんだ。自衛戦力を持たないギルドは権力者には擦り寄らざるを得ないのさ」
イーガンは見透かしたかのように答え、俺にも会談に加わるように言った。
「先に行っててくれ。俺は野暮用を片付けてから行く」
俺は踵を返し、ひと足早くギルドを出る。
建物から一歩出ると、空はだいぶ明るくなっていた。朝日はまだ昇りきらず、石畳で舗装された道は朝露に濡れて、輝く龍の背のようだ。俺は逆光のなかを進むように宿に向かって歩いた。
程なくして、『妖精と銀の杯』とメルヘン文字で記された宿の前にたどり着いた。
扉を開けて、二階へと続く階段を上がる。黒ずんだ床板が踏むたびにギシギシと鳴る。
目的の部屋は二階の一番奥にある。足音を消してドアノブを握り、素早く室内に押し入るとなかにいた人物は驚きのあまりに硬直したような姿勢を取った。部屋のなかには入口に背を向けて、椅子に腰掛けていたリーゼとその奥にあるベッドで眠っているベルの姿がある。
「ベルは眠ってるみたいだな」
俺が尋ねても、リーゼはパニック状態のまま、目を白黒させていた。
「あ・・・嘘・・・なんで?」
だが状況を理解するにつれて、次第にリーゼの顔から血の気が引いていく。
「【カサンドラ・エクス】なら、昨夜壊滅したよ。それで、ベルは眠ってるんだろ?」
「うん・・・スリープ機能で休ませてるから、よほどのことがない限り起きないよ」
リーゼは答えながら、そろそろとベルから離れていく。部屋の中心を迂回するように入口横の隅でフードを被り、うずくまる。
恨みはないが、俺を【カサンドラ・エクス】に売り渡したことを見過ごすわけにはいかなかった。甘いところを見せれば、この先も俺を狙う奴は出てくる。だが、たぶんリーゼにはそうした理屈は伝わってはいないだろう。単に俺が裏切り者を許すわけがないと思っているはずだ。
「アンタを、敵に、回しちゃいけなかったね。私、バカだった」
「もう少し、信用してくれても良かったんだぜ」
「無理だよ。アンタも私も、人を殺してる。信用できない者同士じゃん」
厚いフードの奥から聞こえてくる声は、湧き上がる感情を押し殺すように震えていた。
「そうだな。ベルに伝えることは?」
「・・・私は、モンスターに殺られたことにしておいて。それと、ゲームに誘ってくれてありがとうって、本心からそう思ってたって伝えて」
「ああ、約束する」
「じゃあ、いいよ」
リーゼは伏せた顔を覆っていた両手を祈るように組み、頭を垂れた。フードで隠されてはいるが、うなじをさらけ出すような姿勢だ。俺は鞘から引き抜いた剣を高く振り上げた。俺は今日未明の戦いで│魔術師殺し《メイジスローター》の称号を獲得していた。魔術師ギルドのマスターを殺したからだろう。INTの高い相手に対して攻撃力が15%UPする。それがなくとも一撃死は確実だが、できれば一瞬のうちに死なせてやりたい。
「ごめんな、リーゼ」
振り下ろす。
崩れる音とともに床に倒れた。大きな声を出せば、ベルが起きてしまうと思ったのだろう。もし目を覚ましたら、彼女も復讐に巻き込むことになる。
だから、リーゼは最期まで声を押し殺していた。
倒れ伏したリーゼの手のひらからアイテムがこぼれ落ちる。それは小さな青い木の実だった。
ベルの失明を治療するのに必要なブルーベリー。俺はそれをつまみ上げて、アイテムボックスに放り込んだ。
【血盟工廠】に向かうついでだ。目薬の材料となるメニコ草とブルーベリーはこれで揃った。目薬のひとつくらいは作ってもらえるだろう。イーガンはすでに向こうに着いて俺を待っている頃だろう。俺は罪悪感に埋もれる暇もなく、駆け足で【血盟工廠】のギルドハウスへ向かった。




