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第一章 絶望の街ヴァネサリア 1 開幕

青白い光が周囲を取り囲むように舞っている。

光の乱舞が終わったとき、俺は始まりの街ヴァネサリアの街角に立っていた。


まずは周囲を見渡して、状況を確認。12:00きっかりにログインした人々で街が溢れかえっている。

次々と光が生まれ、人々がこの世界へと降り立ってくる。


ほとんどの人は、この世界のあまりのリアルさに言葉を失っているようだ。無理もない。俺もBテストのときはそうだった。


現実と比べても遜色ない、まるで映画のなかに入り込んだようなリアルな光景。

匂いや味を感じることはできないが、攻撃を食らった時の衝撃やクリティカルを出した時の手応えなどは今までのゲームをはるかに超越している。


だからきっと、この街で呆然としている人たちは、フィールドに出たらもっと驚くことになるだろう。

俺の方はというと、この状況でやることと言えばただ一つ。フレンドリストの画面を出して、仲間と連絡を取り合う。


Bテストよりも以前から、他所の会社のオンラインゲームで知り合った連中だ。

今回も経験を買われてぜひ、ギルマスになってくれと言われている。


俺はズラズラと名前がならぶリストをスクロールしてひとつの名前を見つける。その名もビスマルク。

こいつとは、7年近い付き合いになる。俺の右腕、というのも変か。俺の部下ではなくて、対等な立場だからな。


今回もギルド作りに力を貸してもらおうと思って真っ先に連絡することにした。

『こちらビスマルク』

いかにも頼れる男といった感じの低くて落ち着きのある声が耳元で聞こえてくる。

顔の見えないネットゲームで何人もの女性プレイヤーを虜にしているだけのことはある、いい声だ。

ネットと現実とで、きちんと分別を付けられる男なのでギルドの人間関係を壊すこともない。立ち回りの上手い男なのだ。憎いくらいに。


「こちら鉄血。遅れずにログインできたみたいだな。ようやく、本格的に組めるな」

『久しぶりだな、鉄血。マリーナたちへの連絡はまだだろ。手分けしてやろう』

「ああ、頼む。みんなには噴水広場へ集まるよう言ってくれ」

『わかった』


手短に要件を伝え、俺はすぐに残りのメンバーに連絡を取り始めた。まず集めるのはパーティーメンバーの5人。

ハンターのSEGA

黒魔術士のビスマルクと@てんこ

治癒術士のマリーナ

俺と同じく前衛を受け持つ騎士の雷光


Bテストの時から、この編成で行こうと打合せしてあったので、会わなくてもメンバーがそれぞれなんの職についているかは分かっている。

火力不足の編成だが、パーティーの練度はSOでもトップクラスのはずだ。


魔剣士がいれば火力を補えるが、あのHPの低さは治癒術士一人ではカヴァーしきれない。

一応、この編成のこともあって俺はサブキャラクターを魔剣士にしたのだが、サブキャラクターが作成できるのを知ったのは、ついさっきだから、みんながサブに何を選んだのかはまだ知らなかった。さっきの電話でビスマルクに聞いておけば良かったか。



PTメンバーと連絡を取りつつ噴水広場へ向かうと向こう側から一人の少女が駆け寄ってくるのが見えた。

金髪ネコミミの小柄な少女。NPCのリリムだ。

男性プレイヤーに狙いを絞ったとしか思えない完全な萌えキャラで、男キャラであれば誰でもおにーちゃん呼ばわりしてくるビッチだ。


リリムは俺が話し中と見て、間近で話し終えるのを待っていてくれる。前回もチュートリアルの説明役だった。

甘えるような上目遣いとせわしなく動くネコミミ尻尾を眺めながら残りのメンバーへの連絡を終えると待ちかねたようにリリムが話しかけてきた。


「おにーちゃん、よかったらリリムが街のなかを案内するにゃん」

リリムは人気のNPCだが操作の仕方は把握しているため、チュートリアルは飛ばすことにした。

「いや、いいよ」

「戦い方の説明をするにゃ?」

「いらない」

「じゃあ、最後にリリムから重要なお知らせをするにゃ」

「お知らせ? なんだ?」


前回はたしかそんなことを言われなかったはずだから、今回の本格始動に向けてセリフが追加されたのだろう。

俺が首を傾げるとNPCは説明を続けてきた。

「実はこのゲーム、クリアするまでログアウトできないのにゃ。しかも殺されたらその時点でゲームオーバーなのにゃ。現実のおにーちゃんも死んじゃうから頑張って生き残るのにゃ。ほかに聞きたいことはあるかにゃ?」


は? なんだって? こいつ今、変なことを言ったよな。

混乱する俺の耳に、別の方角から怒鳴り声が聞こえてきた。

「ふざけてんのか! おい、ログアウトさせろっ、クレームつけんぞ!」

見ればそいつは見えない何かに向かって怒鳴りつけていた。アイツもリリムから今の説明を受けたのだろうか。だとしたら俺の聞き違いではなかったのか?

俺は目の前のリリムに聞き返そうとしてやめた。


常識的に考えればログアウトできないゲームなんて運営会社が作るわけがない。そんな違法なことをしても金にならないからだ。

だからまずはログアウトができるか確かめることにした。メニュー画面を呼び出し、無事に表れた[ログアウト]の表示を見て安堵する。


「ま、あたりまえか」

言いつつ、虚空に表示されたパネルのボタンをクリックする。すると、耳障りな警告音とともに『ログアウトはできません』というメッセージが表示された。

「おい、嘘だろ。なんでだよ」

俺は思わず声を荒げながら何度もログアウトボタンを押し続ける。だが、その度に警告音に跳ね返される。

本当にログアウトできないのか?


冷たい汗が頬を伝い、背筋を悪寒が這い上がる。立っていることさえできず、いつの間にか地面にへたり込んでいた。

「おい、鉄血っ。しっかりしろ。こんな時こそしっかりしてくれよ」

いきなり、すぐそばで呼びかけられて俺ははっと顔を起こした。見れば、今までに見たこともない形相でこちらを睨んでいるビスマルクがいた。

いつの間にか近くまで集まってきていたらしい。


そうだ、俺には仲間がいるんだった。ビスマルクの顔が強ばっているのは現状を受け入れつつあるからこそだろう。

「みんな、揃ってるのか?」

「ああ、揃いも揃って閉じ込められたみたいだ」

ビスマルクの横に立っていた甲冑姿の男、雷光がいう。

「ねえ、死ぬっていうのもホントなの? やばいよ、これ」

「とにかく、今はみんな混乱してる。下手に動くべきじゃないのは確かだな」

マリーナと@てんこが二人で話し合っていた。確かに、今の段階でうかつな行動はできないか。


「いや、逆か・・・」

「鉄血?」

マリーナが腰を下ろし、俺の表情を覗き込んでくる。俺は立ち上がって言った。

「今フィールドにでないと完全に出遅れる。すぐにレベルを上げるべきだ。リソースの奪い合いになる」

「でも、やられたら本当に死ぬかもしれないんだぜ」

「みんなサブキャラクターは作ったか?」

俺が尋ねるとメンバー達はすぐにはっとした表情になった。


「おれは治癒術士にした」

ハンターになる予定だったSEGAが言う。

「回復と盾を増やそう。ビスマルクとてんこは?」

「スマン、俺のサブはブラックスミスなんだ」

ビスマルクが申し訳なさそうにいう。もうひとりの黒魔術師である@てんこは幸い騎士を選択していた。


「俺はサブに魔剣士を選んでるけど、安定して狩れるようになるまで地道に騎士の攻撃とビスマルクの魔法で倒していくしかない」

「でもハンターのスキルが使えなくなるけどいいのか?」

サブキャラクターにはいつでも転身できるらしい。騎士を3人に回復2人、黒魔術師がビスマルク一人という編成だ。


「序盤はハンターのスキルもあまり役に立たない。安全な方をとりたい」

「わかった、ちょっと待っててくれ」

そういうと@てんことSEGAは姿を消した。そしてすぐに別の姿になって現れる。

@てんこのほうは可愛い女の子の姿になり、SEGAは外見にほとんど違いはなかった。


「で、まずは森か?」

「ああ、その前に盾の良いやつとポーションを買おう。何が必要になるか分からないから、まずは必要な分だけだ」

そこまで決めたあと俺は皆の顔を順番に見つめた。

「なあ、鉄血」ビスマルクが言った。

「なんだ?」

「やっぱ頼りになるよ、お前。リーダーに選んで正解だった」

「はは、こっちこそいつも助けられてるよ」


こうして、俺たちは他のパーティーよりもひと足先にフィールドへ出ていくことにした。




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