第3章 ゴブリン攻略 1
「話してしまって良かったの?」
ハンターを快く思ってないらしいベルが、心配そうに顔を曇らせた。
実際、PTの全滅を遠巻きにじっと眺めている彼らのことを、死を待つハゲタカのようだと、悪しざまに言う者が多いのは事実だ。
「いいさ。レベルを上げなければモブに対抗できない。そのことが証明されれば、俺たちの免罪符になる」
PKは一時的に増加するかもしれないが、モブの攻略に必要なレベルが判明すれば、それ以降のPKは減っていくだろう。
生き残るにはPTの力が絶対必要になる。
特にボス戦では数の力がなくては攻略できない。
たぶん、ボス戦を挑むようになる頃には、ハンターたちも前線に立って果敢に戦うようになるだろう。彼らのスキルは戦いの機先を制するのに向いている。
ハンターは対人戦で有利な職業だから、PKの波に呑み込まれても生き残るだろう。
殺傷性能の低い鍛冶職人や、治癒術師たちも身を守るために徒党を組み始め、ギルドが巨大化しつつある。
「ねえ、街からだいぶ離れちゃったけど、大丈夫?」
魔術師のリーゼが遠く離れた街を見遣って不安げに訊ねてきた。街はすでに手のひらで隠せるくらい、小さく見える。
地面は隆起していて、路傍に沿って広がる林の向こうには、街へとそそぐ河がゆったりと流れている。
「この辺で足を止めるか。採取ポイントを探りながら、ゴブリンが出るのを待とう」
できれば、マッピングのためにもっと奥まで進みたかったが、森のなかは危険が多い。ゴブリンの他にも確認されてないモンスターがいるかもしれないし、道に迷ったりすれば一巻の終わりだ。
ベルたちと話し合ったうえで、俺は見張りに専念することにした。
彼女らは樹を蹴ってみたり、草を引っこ抜いたりして少しずつ森のなかへ入っていく。
時折、マップレーダーに目を落としながら周辺の様子を探っていると、木立の間に一瞬黒い影が横切った。
見間違いか、目を擦ってもう一度よく確かめると、木々の間から小柄な姿が垣間見えた。
嫉妬深い老人のような醜いしわくちゃの顔。長い爪と鋭い歯を持ち、緑色の鱗状の皮膚。間違いない、奴らはゴブリンの小集団だ。
「全員、後ろに下がれっ、ゴブリンだ」
ゴブリンに気づかれないように小声で呼びかける。
ベルたちは顔を上げるなり、すぐに俺の後ろに下がった。
俺は樹の幹で身体を隠しながら、ゴブリンのPTを観察する。全部で4匹、戦士タイプのゴブリンばかりだ。
「あれがリーダーか」
気になったのは、一番後ろを歩いている小柄なゴブリンだ。枯れ枝のように細い手足や、老人のように曲がった腰は強そうに見えないが、攻撃パターンを予測できない。
不確定要素を先に片づけておくべきか、否か。
判断に迷ったのがまずかったか、先頭のゴブリンスカウトが不意に歩みを止め、こちらに顔を向けた。
同時に、マップレーダーが警戒を示す赤色に変わる。
敵側にも索敵能力の高い個体がいたらしい。気づいた以上、逃げても追ってくる。戦うしかない。
「ベル、リーゼ! ウォーゴブリンから片づけていくぞ。ヘカテ、回復に専念するんだ」
「わかったわ」
「了解る!」
ベルが細い反り身の刀身を鞘から抜き放ち、俺の隣に並ぶ。
構えて待っている余裕はない。ウォーゴブリン2匹の同時攻撃を、俺たちは鏡写しのような左右反転でかわし、剣を横薙に払う。
狙いは阻まれることなく命中し、勢い余って俺とベルの剣がぶつかり、ギンッ─と音を響かせる。
さあ、剣舞の開幕だ。
ウォーゴブリンの首が二つ、緑色の血飛沫を撒き散らしながら、宙を飛んでいく。だが、これで倒せるわけではない。
一旦下がって距離をとっていたゴブリンスカウトが、木々の合間を縫って治癒術士を狙いに来る。
「ベル、スカウトを追え。ナイフに気をつけろ!」
スカウトのナイフ攻撃は猛毒効果が付与されている。
ウォーゴブリンの首なしの胴体から、カビが繁殖するようにボコボコと頭が生えてくる。リーゼから追撃の魔法ダメージが入った一体は回復が遅れているが、もう一体のほうは、じき回復する。
ウォーゴブリンの特性は人間PTでいう騎士と同じだ。
盾を前面に構えて突進し、相手前衛との距離を詰める。
勢いに押されて下がってしまうと、陣形を潰されてしまう。盾で押して来る攻撃はパリィできないのが辛いところだ。
ヒット&アウェイが基本の魔剣士では前線を維持するのが難しい。
「ま、やらなきゃ死ぬからな」
2匹を相手どって、ひたすら攻撃の嵐を吹かせる。盾がない分は攻撃回数でカバーする。わずかながら、敵の再生速度を上回り、要所でタイミング良くリーゼの魔法がHITする。行けそうだと思った矢先、ウォーゴブリン2匹が首なしのまま、這って動き出した。
「こいつら、じっとしていられないのか!」
ウォーゴブリンは2匹とも別々のほうに離れて行ってしまう。ベルはスカウト相手に手こずっている。
離れたところにいる2匹を俺一人で相手すると、移動の分だけ、攻撃回数が減ってしまう。
ブレス避けにするために林のなかで戦うことを選んだが、今は間に立ちはだかる木々が仇になっていた。
「ヘカテ、俺の後ろに来い。ベル、離れすぎだ。そいつは│囮だ」
まずい展開だ。3匹がバラバラに動くと戦線が保てない。
こんなとき、やつらの再生能力はチートを発揮する。
「本当に、たいした再生能力だわ。潰しても潰しても頭が生えてくるなんて、モグラ叩きみたい」
「弾切れしないヒーラーがいるようなもんだからな。長期戦はお手のものだろう」
戻ってきたベルが焦れたように剣を振るう。頭蓋骨が砕け、脳漿が飛び散るが、これだけやってもすぐ元通りだ。
俺とベルだけでは、手が回らなくなるのも時間の問題か。
打開策を必死に考える。対抗するには前線を厚くするしかない。
「ヘカテ、前線に上がれ、メイスで叩くんだ。リーゼも、もっと前に出るんだ。」
RPGでは回復役を後衛に置いておくのが基本だが、SOでは治癒術士の魔法射程が極端に短い。
そのため、中距離に留まらざるを得ない。だが、中途半端な位置に置き去りにするよりは、前線に上がってもらったほうが守りやすい。そして魔術師一人を林のなかに孤立させておくわけにもいかない。今は四人全員がひとかたまりになってしまっている。
対ゴブリン戦での治癒術士の死亡率は並外れて高い。
そのうえ密集陣型はブレスの格好の標的だ。全滅PTと同じ轍を踏まされることに、思わず歯噛みしたくなる。
「せめて、もう一人いれば・・・!」
ハンターの存在が頭に浮かぶ。
だが、こういう状況を見殺しにして生き延びてきた連中だ。夢はみないほうがいい。
「いい加減、死んでっ!」
ベルの一撃が、首なしゴブリンを真っ向から一刀両断する。腕もちぎれ、腹には氷柱が刺さっているが、それでもまだ動いている。
狙いを絞って集中砲火を浴びせたこの一匹が大きく後退する。
ここで追撃をかけなければ、回復して振り出しに戻ってしまう。俺は温存していたスキルポイントを使ってダッシュをかける。
肩越しに氷の槍が飛んでいき、ゴブリンの胸に大穴を穿つ。仕留めるなら今しかない。
「オーラブレイド!」
攻撃力をブーストした一撃でウォーゴブリンにトドメを刺す。
不死身の耐久力をみせたゴブリンも、ついには絶叫とともに暗い炎に呑まれて倒れていく。
これでもう、こいつに関しては回復する心配はない。残り3匹。
まだ先は長い。