8:We haven’t had that spirit here Since 1969
俺たちは酒場に入るとまずPT募集の掲示板に目を通すことにした。
酒場では酒が飲める他に(実際には飲んだ気になれるだけだが)様々な掲示板に目を通すことができる。
四人がけの席に腰を下ろし、ベルーナがウィンドウを呼び出して募集内容を読み上げていく。
俺はそれに耳を傾けるかたわら、店内の様子を観察していた。俺たちがPK集団だと気づかれたら、急いで逃げなければならない。
術師二人は足が遅いため、俺とベルが食い止めることになるだろう。
というのも、酒場に入るちょっと前、ベルはほかの二人を引き離してから、俺に相談を持ちかけてきたからだ。
「ねえ、あなたにお願いがあるの。私はどうなってもいいから、あの二人だけは守ってあげて」
少なくともベルのほうには裏切る気がないらしい。
このゲームに引き込んだ責任を感じているようだし、仲間想いなのは確かなようだ。
俺はまだよく知らないが、リーゼとヘカテも悪い人間ではなさそうだ。
殺人に手を染めている実感が薄い気がするが、これはどう見たってゲームなのだから仕方ないことだ。現実に戻って死体を確かめたわけでもない。
ルールは理解できても、真実は誰も知らないのだ。今のところは。
店内を観察すると、以前よりも明らかに人気が少ない。単に人が出歩かなくなっただけではない。宿の宿泊リストにも空きが目立つようになってきたからだ。
もとは一万人以上いたはずのプレイヤーが2割か3割は減ってきている。
フィールドで死んでいくプレイヤーのほかに、街でPKされる人間が増えてきたのだろう。
俺が殺したのだけでも60人ちょっとだから、同じくらいのペースで殺している奴が相当数いるのだろう。
ひとつの街に何十人もの殺人鬼が潜んでいるというのは、ゾッとする以前にリアリティに欠ける。
「変ね。魔術師のPT募集が消されてるわ。前はいっぱいあったのに」
ベルーナが掲示板情報をめくって呟く。どうも、ここ数日の間に魔術師からの募集がめっきり減っているらしい。
店の片隅に目を留めると、魔術師が二人、テーブルで飲んでいる。魔術師が街から消えたわけではないようだ。
「アイツらに声掛けてみるか」
俺は椅子から立ち上がると、お決まりの文句で呼びかける。
「よお、一杯奢るよ」
「悪いね、それじゃワインをもらえるかい」
実際はなにを頼んでも一緒なのだが、男たちにはこだわりがあるらしい。
「酒なら好きなだけ飲んでくれ。なにしろ、ここには酒しかないからね」
俺はワインを3つオーダーすると、男たちの向いに腰を下ろした。
「単刀直入に聞きたいんだが、魔術師の募集が消えてるのは、なにか裏があるのか?」
「ああ、それか。魔術師ギルドが組織しはじめたんだよ。魔術師をPTに入れようと思ったらギルドへ行かないと貸してくれない」
詳しく話を聞いたところ、新たに魔術師をPTメンバーに加えるためには魔術師ギルドへ行って、許可をもらわなくてはならないらしい。
そんなのはプレイヤーの自由なはずだが、魔術師ギルドの言い分では、魔術師は攻略の鍵となるはずだから、信用できないPTには貸せないということらしい。これもPKが増えたことと無関係ではないだろう。
たしかに必殺の火力を誇る魔術師は頼れる存在だが、PTへの参加はプレイヤーの自由意思に任されていいはずだ。
「お前たちもそうなのか」
二人に尋ねると、男たちはバツが悪そうに首を振った。
「俺たちは《何もしない組》だ。フィールドには出ないよ。悪いけど」
いくら酒を飲ませてやったところで魂までは取り戻せない。俺は勧誘を諦めることにした。
ベルたちの席へ戻ると、彼女らも勧誘に失敗したらしく魔剣士の男たちに逃げられたところだった。
「俺のほうは無駄足だったよ。こうなったら俺たちだけで行くしかないな」
ベルたち三人も俺の意見に同調したようだった。たった四人だけのPTになるが、これまでに全滅したPTとの違いは隔絶したレベル差にある。
PKを繰り返して手に入れた豊富な資金とアイテムのおかげで、ログイン直後と比べると、装備もかなり充実している。
それでも一抹の不安が消せないのは、まだ誰もゴブリンの攻略に成功していないからだろう。
俺たちは酒場を離れて東門へ向かった。
東門は街の正門にあたる場所だ。石造りの巨大なアーチになっていて、壁面には精緻な彫刻が掘られている。
門の前の広場にはNPCの大道芸人や屋台の売り子などが並んでいて、昼間はいつもにぎやかだ。
「じゃあ、行くぞ。準備はいいな?」
「大丈夫とは言いづらいけど、とにかく行ってみましょう」
アーチに近づいていくと、門柱に寄りかかっていたハンターの一人が俺たちに気づいて腰を浮かせた。
とくに声を掛けるわけでもなく、アーチを潜ってフィールドへと踏み出していく俺たちの後ろを、つかず離れずの距離を保ったまま、黙ってついてくる。
偵察の任務を請け負ったハンターだろう。フィールドへ出て情報収集を行うのが主な役割で、高い索敵スキルと隠蔽能力を持つ。
彼らは基本的に人と関わろうとはしない。だから、俺たちはハンターを無視して先に進むことにした。
東のフィールドは険しい地形が特徴だ。起伏に富んでいるうえ、林と川があり、見通しが悪い。
そうした特徴から、東のフィールドには採取ポイントがあるのではないかと囁かれている。
「採取ポイントってどうやって探せばいいの?」
道中、VRMMO未経験者のリーゼとヘカテが、先輩であるベルに教えを請うていた。
たいていのゲームでは険しい崖の途中や、大樹の根元などを探してみると何らかのアイテムが見つかったりするものだが、それには長年培ってきたゲーム勘というやつが大きくものを言う。
なかには普通にゲームを楽しんでいたのでは絶対見つからないような場所に隠してあるレアアイテムや、複雑な手順を踏んでようやく手に入れられるイベントアイテムなどもある。
「できることならゴブリンと戦う前に採取ポイントを発見して、アイテムを増やしたいわね」
「ああ、そうしよう。でも決して警戒は怠るなよ。常に周囲に気を配って置くんだ。アイテムをいくら手に入れたところで、持ち帰れなければ意味がないんだからな」
「言われなくてもわかってるわ」
俺が釘をさすとベルはうんざりしたように顔を背けた。初心者扱いがお気に召さないらしい。そういう人間に限って、落とし穴にはまりやすいのだが、こればっかりは口で言ってもわからない。身体で覚えるしかないのだ。
途中、何体かのゴーレムを戦わずにやり過ごし、ゴブリンの湧出ポイントまで近づく。
モブは突然目の前に沸くのではなく、視界の端ぎりぎりのところに出現するため、気をつけてさえいれば不意打ちを喰らうことはほとんどない。
例外は隠蔽のスキルだが、ゴブリンは身を隠す習性を持っていなかったはずだ。たぶん大丈夫だろう。
フィールドを出てしばらく歩いていると、ベルが突然立ち止まって、後をついてくるハンターに声を掛けた。
「ねえ、良かったらあなたもPTに加わってくれない? 一人でもいてくれると随分違うわ」
ハンターは呼びかけられても一切表情を変えず、ベルの申し出に首を振って答えた。
「悪いな。俺は戦うわけにはいかない。情報を持ち帰るだけだ。手助けするつもりもない」
固い拒絶だった。
これまでに何度もPTの全滅に立ち会ったのだろう。そして彼一人が生き延びてギルドに報告するのだ。
モブの行動パターンをはじめ、予備動作や全滅したPTがとった作戦の成否を。人間がモンスターに殺されていくのを冷静に観察し続けるのには、とてつもない精神力が要求されるはずだ。
彼らのタフな心臓には氷水が流れているに違いない。このゲームの攻略を今日まで支え続けてきたのは、紛れもなく彼らハンターたちだ。
俺も一人のプレイヤーとして彼らの貢献に報いたかった。そう思うと、自然に言葉が口をついて出た。
「俺たちはこれからゴブリンに挑む。ブレスを封じるために部位破壊で頭を潰していくつもりだ」
俺の作戦説明に、ハンターは真剣に耳を傾けた。そして彼は言った。
「奴らの再生速度は半端じゃないぞ。常にリジェネをかけて戦っているようなもんだ。魔剣士二人じゃ手が回らない」
「それはわかってる。だが、仲間が集まらない」
「そうだったのか。すまないな、力になれなくて」
Lv2以上のハンターが持つ毒攻撃スキルがあれば、ゴブリンの再生能力を半相殺することができるのだが、彼にそれを求めることはできない。
彼には彼の役割があり、俺たちには俺たちのやり方がある。今はそれが交わらないだけだ。
「まあ、やるだけやってみるさ。俺はLv8なんだ」
「・・・そうか。武運を祈ろう」
まっとうにプレイしている限り、Lv8には絶対に到達し得ないことを彼もわかっているはずだ。
俺たちは互いに頷き合い、彼は再びつかず離れずの距離を置いて歩き出した。