7:中年趣味とタフガイ好みとショタ爺ぃ
北の広場は思ったよりも人が多かった。
俺も、あの三人も負い目があるため、できれば人の多い場所は避けたいところだ。しかし、人が少ないとこちらから声を掛ける前に、面が割れてしまう。あの夜の目撃者として、殺されるような事態だけは何としても避けたい。
俺が歩行者を装ってベルたちを待っていると、ようやく三人がひとかたまりになって歩いてくるのが見えた。
一番わかりやすいのは長い金髪を腰まで垂らした女剣士、ベルーナだ。青色の外套の下にレザーアーマーを着込み、下はホットパンツ。長い脚を包むのは膝上までのブーツという出で立ちだ。
その隣を歩く魔術師は赤い三角帽子と緋色の襟付きコートで顔を隠しているが、ひと房だけ伸ばした銀髪が尻尾のように背中で揺れている。記憶が正しければ、宿泊リストにはリーザと表示されていたはずだ。
二人の後ろをちょこまかした動きで付いてくるのは、半袖シャツにネクタイ、半ズボンという格好の幼い少年。治癒術士ヘカテだ。背中に背負ったメイスがひどく不釣合に見える。
三人は特に小細工を弄するふうでもなく、待ち合わせ場所に着くなり左右を見渡して困り顔をするだけだった。
広場にいる他のプレイヤーたちにも、合図を交わしている様子はなく、仲間が張り込んでいる気配は微塵も感じられない。
そこまで慎重に見極めてから、ようやく俺は彼女たちに近づいた。
「待ってたぞ。よく来てくれた」
背後から声を掛けると、振り返った三人は俺を見るなり三者三様に呟いた。
「渋くないわ・・・」
「マッチョじゃないんだ・・・」
「萌えぬでおじゃる」
確かに俺のサブキャラクターであるレオンは陰気で貧弱な体格のアバターで、お世辞にも格好良いとは言えない。
見た目の年齢も30歳前ぐらいで、いかにも中途半端だ。もっとも腐女子から人気を得たいとは、これっぽっちも思わないが。
「お前らはあれか。腐女子なのか」
声を聞く限りでは三人とも女性のようだ。ただし腐のオーラを発している。
中年好みのベルーナに、筋肉フェチのリーゼ、治癒術士のヘカテはなんなのか知らないが、どうせろくでもない病気に決まっている。
「それより、まずは自己紹介をしてもらえないかしら?」
三人のなかからベルが一歩前へ進み出て、俺に相対する。
「俺のことはレオンと呼んでくれ。見てのとおり魔剣士だ。レベルはたぶんお前らよりは高いよ」
「要するに、その気になればいつでも私たちを殺せるということよね」
「脅す気はないさ。俺を置いて逃げたりしなけりゃ、それでいい」
「共同戦線を張るってことでいいの?」
「ああ、今回のゴブリン退治が終わったら解散でいい」
俺がそう言うと、ベルたちは目を丸くした。
「ゴブリンを倒す? あなた、そんなにレベル高いの?」
「Lv8だが、やれると思う。できれば情報を集めてから戦いたいけどな」
やれると言っても、消去法の結果だ。ゴーレムを倒すのは事実上不可能。即死攻撃のキラービー相手にLvはほぼ無意味だ。
ゴブリンは群れで行動する習性と毒ブレスが厄介だが、割り切るしかない。
「モブ情報なら、少しは知ってるわ。掲示板を見てきたから」
俺が知る限り、現在確認されているゴブリンは、猛毒の弓矢を放つゴブリンアーチャーと素早い動きで背後から襲ってくるゴブリンスカウト、小盾とショートソードを装備したウォーゴブリンの三種だ。
「それとほかにゴブリンリーダーがいるわ」
ベルからの情報は初耳だった。たしかにB版でも、そんなモブはいたが、雑魚だったので誰も気に留めちゃいなかった。
だが、Bテストのときと、今とでは敵の攻撃パターンもステータスも全くの別物だ。
「どんな攻撃パターンなんだ?」
「何もしないわ」
「なんだ、それ」
詳しい内容を問い質してみても、ベルは困ったように首を傾けるだけだった。
「とにかく、そうらしいのよ。ウォーゴブリンと比べても一回り貧弱だし、武器も持っていなくて、最初から最後まで、後ろのほうでウロチョロしてただけらしいの」
「ハンター情報なのか、それ」
情報の出処は大別すると2つに分かれる。
PTが生きて街まで戻ってくるか、偵察に出ているハンターの報告によるものかだ。
後者の場合、PTは全滅していることがほとんどだ。
「そうよ。ブレスを浴びて麻痺状態になったところをなぶり殺し。6人PTだったらしいけど、一発食らっただけで全員なんらかの状態異常にかかったみたい。本当に勝てる見込みあるの?」
ゴブリンの攻撃は状態異常のオンパレードだ。麻痺、沈黙でスキルを封じられるだけなく、混乱による行動遅延、さらには魔法の仕様がオートターゲットではないため、失明状態では実質、魔法を封じられてしまう。
そのうえ、これらの状態異常を回復できる手段が少なすぎるのも問題だ。毒系統は効果時間を過ぎるか、解毒剤によって異常状態を解除できるが、初期の段階では解毒剤そのものがほとんど出回ってない。一部のプレイヤーが買い占めたためだ。
市場に出回らないものは所持者を殺して奪うか、素材アイテムを手に入れて作り出すしかない。
そして沈黙や混乱、失明は回復アイテムすら存在しない。
モブを倒して手に入れるか、フィールドのどこかにある採取ポイントで素材を見つけて持ち帰ってくるかしないと、作ることさえできないのだ。
現実的な方法として治癒術士がPKでレベルを上げて、回復魔法を覚えるくらいしかない。
「たしか、ヘカテとか言ったな。お前はレベルいくつなんだ?」
俺は治癒術士の少年(中身は女だが)に向かって訊ねる。
「わしはまだLv3でおじゃる」
どうやら、このヘカテというアバターはロリババアならぬ、ショタジジイらしい。しかもレベル的に役に立たない。
「となると、やはり先手をとってブレスを封じるしかないか」
ベルたちは不安そうにしているが、実際勝ち目がないわけではない。これはデスゲームなのだから当たり前だが、今までは敵が強すぎて無謀な挑戦を仕掛けるしかなかったが、俺たちはPKをしたことでレベルが上がっている。
以前、キラービー相手に18人がかりで戦いを仕掛けたが、俺のLv8という強さはキラービーを一人で倒しに行けるくらいだ。
もっとも何匹倒したところで、たった一回でも攻撃を受けたら即死する危険がある以上、蜂とはやりたくない。
「ブレスは部分破壊で頭部を徹底的に叩く。すぐに再生するだろうが、魔剣士が二人いれば手が回るだろう。魔術師のリーゼには魔法で攻撃してもらう。弱った奴を集中的に叩いてくれ。リーゼ、ステータスはINT極振りか?」
「うん、けっこう威力は出せると思うよ」
「上出来だ。しかし、もう少し火力かバフが欲しいな。知り合いは他にいないのか?」
「声を掛けてくれた人なら何人かいるけど、ごめんなさい」
「どういう意味だ?」
「宿に呼んで、騙し討ちしたの」
いわゆる美人局というやつか。こいつらの中身が女だと知って、下心丸出しで近づいたんだろうが、運がなかったようだな。
「わかった。酒場で声を掛けよう。敵愾心を引き受けてくれる騎士がいればいいんだが、たぶんいないだろうから魔術師か魔剣士に的を絞ろう」
俺は次の行動を決めると、さっさと実行に移した。女が三人もいれば誘われる奴もいるかもしれない。