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6:別れ、そして出会い


残ったHPはわずかだったが、なんとか生き残ることができたようだ。

彼らは五人とも練度が高く、仕様を熟知していた。最後のひとりになっても逃げなかったのが、その証拠だ。

撤退は生き残ってこそ意味がある。半数を失った時点で形勢が逆転したことは十分理解していただろうが、敗走の無意味さもよく分かっていたに違いない。


俺が助かったのは、彼らのレベルがまだ低かったおかげだ。

一匹の獲物を5人で狩っていれば、一人一人のEXPは分散され、レベルの上がり方は遅くなる。俺たちは出会うのが早すぎた。


背後からパシャパシャと水を蹴たてる足音がする。後方に控えていたアヤカが戻ってきたのだろう。

本当は暗いところが苦手なのか、彼女は俺の横を通り過ぎて、地下水路から外に出る。暗闇に慣れた目に月の光が眩しそうだ。

月光に照らされたその姿は魔術師の格好に戻っており、びしょ濡れになったスカートの裾からは水が滴っていた。

俺は闇のなかに身を置いたまま、歩みを止めた。

アヤカは俺の様子に気づかず、振り返って一礼する。

「あの、ありがとうございました。でも、どうして勝てたんですか」

俺はそれには答えず、アイテムボックスからポーションを取り出し、HPを回復する。


「アヤカ、お前も今の戦いでレベルが上がったな?」

俺とアヤカは互いにメインとサブが入れ替わっていたが、共闘が成立していた。自分よりレベルの高いプレイヤーを5人殺したことで相当ボーナスEXPがはいったはずだ。

「はい。ひとつ飛ばして一気にLv3になりました」

「お前がいてくれて助かった。俺一人では殺されていたからな」

「でも、なにもできませんでした。殺されるって頭ではわかっていても、命までは奪いたくなくて」

「その言葉は人前で言わないほうが良い。命を狙われるだけだ」

「どうしてですか。なんで、こんな殺し合うような真似を・・・」

「人間同士で殺し合いを始めることがゲームクリアの第一条件だからだ。クエストが達成されたときのことを覚えているか?」

「あの全体アナウンス? たしか、嫌な名前だった。惨劇のなんとかって」

「クエストの達成条件はPKを行うことだった」

「え? なにを言って・・・」

「このゲームが開始されて一番初めにPKを行ったのは俺だ。襲ってきたハンターたちより、俺のほうがレベルが上だったから勝てた」

「嘘・・・あんな凄い戦い方ができるのに・・・キラービー相手にみんなの前に立ってくれた人がどうして・・・」

討伐作戦のとき、俺の戦い方を後ろで見ていたのだろう。少しは尊敬してくれていたのかもしれない。

「あの戦いで悟ったからだよ、アヤカ。お前も理解しておいたほうがいい。このゲームは善良なだけでは生き残れない」

「嘘! 嘘ですよね! だって、こんなことをする人じゃ」

「モブはただの殺人プログラムに過ぎない。血の通った人間が人間を殺している事実は同じなんだ。このゲームを仕組んだ側に殺されるより、クリアを目指す人間が殺すほうが死んだ人間も浮かばれるはずだ」

「そんな言い方って!」

「独りよがりなのはわかってる。お前が殺人を厭うのも別に構わない。だが、お前もレベルを上げた以上、なにもしないわけにはいかなくなる」

「いや・・・やだよ、殺し合いなんて・・・」

アヤカはそれまでの凛とした態度から一転して、急に弱々しくうなだれた。

俺はそれ以上、なにも言う気が起こらず、黙って地下水路の奥へと歩を進めた。

背後から聞こえてくるアヤカの泣き声がいつまでも耳に残った。




アヤカと別れてから数日。俺自身は特になんの行動も起こさなかったが、巷ではおおっぴらにPKを行う者が出てきたせいで、街の雰囲気が急速に変化してきた。

夜になってからは極端に出歩く者の数が減り、昼間でも人と人とが路上を行き交うとき、互いに大きく距離をとるようになった。

誤解や怨恨、差別などが渦巻き、人々の眼には疑心が宿っている。

特別なスキルがない限り、他人のレベルなどは盗み見ることができないため、誰がプレイヤーキラーなのか知ることはできない。

酒場にはPK目撃情報掲示板が貼られ、PKが行われた場所、プレイヤーキラーの人相、ジョブなどの目撃情報が公開された。

目撃した人の数が多ければ、それだけ信憑性の高い情報となる。殺人者を減らすべくPKKメンバー募集の告知が度々なされ、不用意に殺人を犯すことは出来なくなった。

俺はアヤカにプレイヤーキラーであることを知られているが、実際にPKを行うアバター、魔剣士レオンの姿は見られていない。地下水路にいたために、彼女はレオンの姿を見ることはできなかったはずだ。

ただPK目撃情報掲示板の片隅に置いてのみ、プレイヤーキラー鉄血の名が知られている。




夜半、俺は物陰にじっと身を潜め周囲の様子を探ってから建物の壁をよじ登る。

無論、アバターはレオンだ。

窓枠に手をかけ、壁を蹴って大きくジャンプしながら隣の建物へ飛び移る。屋根に登ってしまえば人に姿を見られる危険はずっと少なくなる。索敵スキルの熟練度を上げたことによって、大きく精度を向上させたマップレーダーを頼りに街を徘徊する。

しばらく走っていると、レーダーの北側に複数の反応が映った。俺は北の方角へと足を向ける。

隠蔽(ハイディング)で身を潜め、屋根の上に隠れたまま、そっと様子を窺う。

「ま、まってくれ!」

襲われているのは男のようだ。震えているのか、裏返った声で相手に助けを求めようとしている。

「P、PKをするんだろ? 俺も仲間に入れてくれ、頼む、アンタらのような人を探してたんだ。いいだろ・・・な?」

呼びかけているのは魔術師のようだ。一方、剣を抜いて構えているのは、金髪の魔剣士だ。腰まで垂らした髪が月光を弾いて全身が淡く発光しているようにも見える。

先ほどから一言も発しない魔剣士の背中に次々と支援魔法(バフ)が飛来する。建物の影に二人、術師系の仲間が潜んでいるようだ。魔剣士が一歩、足を前に出す。

「ごめんなさい。恨んでくれていいわ。でも、強くなりたいの」

相手を落ち着かせるような、しっとりした女の声で、命乞いの申し出を断る。

支援魔法(バフ)を受けた以上、戦力差は大きく開いている。俺が加勢すれば、魔術師の男にもチャンスはあるだろうが、あいにく俺には助ける気がない。

女剣士はなおも命乞いを続ける男を慈悲深く斬り殺した。


女は死体からアイテムを回収するとその場を離れ、物陰に隠れていた術師二人と合流した。

支援魔法(バフ)を飛ばしていたのは、魔術師と治癒術士の二人組だ。治癒術士の一人が魔剣士の女に頭を下げる。

「ごめんね、ベルにばっか、こんな嫌なことをやらせて」

「ううん、私が巻き込んじゃったんだもの。二人には手を汚して欲しくないの」

なるほど、手を汚すのは一人だけで後衛の魔術師と治癒術士は支援するだけか。

話を聞いた限りでは、ベルとかいう魔剣士の女が友人二人を誘ってSOを始めたのだろう。


俺は三人の後をこっそり追いかけていき、彼女らが泊まる宿を突き止めた。

すこし時間を置いてから宿に入り、宿泊リストを確認すると、それらしき名前が見つかった。

ベルーナ【魔剣士】、リーザ【魔術師】、ヘカテ【治癒術士】の三人で一つの部屋をとっている。

俺は彼女らが泊まる部屋の前まで行き、ドアを軽めにノックする。


「・・・誰? なにか用事?」

やや間があってから、誰何の声が返ってくる。

交渉を終えるまでは、こちらが一人だとは知られたくない。俺はドア越しに語りかける。

「今晩の戦いぶりを見させてもらった。なかなか良かったよ。もう少し、周囲の気配に気を配るべきだと思うけどな」

「そっか、見られていたのね。それで、私たちをどうする気?」

「俺と組んでモブ狩りに参加してもらいたい。PKでのレベル上げはもう頭打ちだ。これ以上、人を減らしてしまうとクリアが難しくなる」

ドアの向こうからは沈黙が続いている。少し考える時間を与えるべきだろうか。

「組む気があるなら、明日の朝、北の広場へ来い。お前たちの姿を見かけたら、こちらから声を掛ける」

「わかったわ」

ベルの返事を聞いて、すぐにその場を立ち去る。

俺は攻略に向けて動き出すつもりでいた。そのためには仲間が必要だ。




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