3:護衛任務
月明りが石壁を仄かに照らしている。
夜の街並みにも明暗があり、星月の輝きはもちろんのこと、東西南北の四つの門に掲げられた松明の火、酒場や民家の明かり、夜道を行き交う人々が手に持つランタンの灯火が街を彩っている。
俺はそれらの明かりを避けるように西から南へと移動していた。
街の西側にある宿は全部で17ヶ所。最初の殺人を開始してから40時間が経過しているが、すでに24人の騎士をあの世に送っていた。
戦闘らしい戦闘があったのは、7,8回ほどで、残りのほとんどは寝込みを襲うだけの楽な仕事だ。
デスゲームという言葉が嘘でない限り、大量殺戮を犯した事実から逃れることは出来ない。
ただ、強さが欲しい。その代償が自分の命でないとしても、なりふりに構っていられない。
5人殺すごとにボーナスEXPが入るおかげで、レベルはすでに6まで上がっている。しかし、今のままフィールドに出たところで即死攻撃や麻痺を使う敵が相手では殺される可能性が拭えない。耐性スキルか、アイテムが欲しい。あともう少し、狩りを続けなければならない。
VRMMOはそれ以前のゲームと違い、移動に時間がかかる。現実とほぼ同じ距離を歩いて移動しなければいけないからだ。
イベントが進行すれば、転移門や馬車などの普及で街から街への移動は楽になるのだろうが、一つの街のなかを転移で移動することはできない。
狙う獲物もすぐには見つからない。
別の職業でサブキャラクターを作っていた者は、とっくにサブに切り替えて活動している。騎士でいる奴はサブを作らなかったか、サブまで騎士にしてしまったかだ。そういう奴はたいてい初心者だ。後からいくらでも作れると思ったのだろうが、すぐできることをあとに回すべきではなかったようだ。
大きな宿はたくさんの客が泊まっているが、宿泊リストから騎士の者だけが忽然と姿を消せば疑いを持たれる。
そこで俺は小さな宿に的を絞っていた。
裏通りに一軒、また小さな宿を見つけた。早速なかに入って宿泊リストを閲覧する。
107号室に一人、泊まっている奴がいる。
俺は通路の奥へ進んで、107号室の前でドアに耳を当てた。物音や話し声は聞こえない。
ドアノブをひねって、一気になかへ踏み込む。
部屋の中央、ベッドには誰もいない。素早く視線を横に滑らせる。窓際に盾と鎧を装備して、メイスを握った大男がいた。
「お、お前PKだなっ!」
全体アナウンスを聞いて以来、ずっと怯えていたのだろう。部屋に引きこもっていて街の様子も知らなかったはずだ。いつ、自分が狙われるか、そればかり考えていたのかもしれない。
躊躇がない分、男の攻撃は速かった。突進と同時に鉄槌を振りかぶり、脳天めがけて打ち下ろしてくる。
部屋は狭く、魔剣士の機動力は封殺されている。俺は左にショートステップ。
真横に寝かせて構えた剣の切っ先を斜めにする。
刃の上を流れるように滑っていく鉄槌。鋼鉄同士が擦れあう、甲高い音が部屋に響く。
鉄槌の威力を完全に受け流し、ハンマーの先端が床に激突して埋まった。
迎えたのは反撃のチャンス、今や致命的な隙が生まれている。
俺は相手の喉仏を、鎧の継ぎ目を狙って容赦なく抉りこむ。
タイミングは完璧だった。
刃の根元まで首に埋まるくらい深々と突き刺さった攻撃が騎士の大量のHPを一瞬にして奪い取る。
仮面と鎧の隙間から赤いエフェクトが噴き出し、騎士の重い身体が両膝をついてドズッと倒れた。
カウンターや背後からの一撃は敵に大ダメージを与える。レベル差の影響もあってか一撃で相手を葬り去ることができたが、戦闘が終わった後は、いつも呼吸が乱れている。
額に浮き出た脂汗を拭って、剣を鞘に収める。死体から、またアイテムを回収しなくてはならない。
今は全力で汚れ役に徹することが彼らへの手向けになるのだから。
あの後、俺は宿に帰って部屋の片隅で剣を抱えながら眠った。
ベッドにさえ入らなければ、人が来ても足音ですぐにわかる。
窓からはすでに朝の光が差し込んでいて、窓にはめ込まれた木枠が床に十字架を描いている。
最初のPKからすでに48時間が経っている。今のところ街に大きな混乱はなさそうだ。
情報集めのために酒場にでも行こうかと腰を上げたとき、頭のなかにコール音が響いてきた。
ギルド【garden of eden】の新リーダーからだ。俺は魔剣士レオンのままだったが、戸惑いながらもコールに応じた。
「イーガンか。何かあったか?」
『ああ、ちょっと用事があってね。今からこっちに来てくれないか』
「なにか起きたのか?」
『大したことではないんだが、用件は二つある。一つはこちら側の用事、もう一つはアンタ側の用事を片付けてやろうと思ってね』
「わかった、行くよ」
内容までは言わなかったが、行けばわかるだろう。
俺はステータスメニューからキャラ変更を実行する。キャラクターの切り替えは一瞬で行われ、視線の高さが変わる。
見かけは厳つい体つきの大男だが、レベルは6から1に下がっている。メインキャラとして育てるはずだった鉄血ではPKを行なっていないからだ。
大剣を担いで外に出る。通りには多くの人が歩いているが、誰も俺を殺人者とは気がつかない。
10分ほど歩いてギルド本部へ到着する。俺はギルドメンバーではないが、リーダーの知り合いということで、扉を開けると丁寧に迎え入れられた。イーガンの執務室は3階にあり、室内にはすでに先客がいた。
「サヤカ・・・?」
俺は彼女の格好に違和感を覚える。顔立ちや高い位置で結んだ黒髪は以前とまったく変わらないが、服装が違った。
女魔術師の標準装備はアニメに出てくる魔法少女のようなドレス姿だが、今は胸と肩のあたりを甲冑で被った女剣士の格好をしている。
「改めて紹介したほうがいいかな。彼女はアヤカだよ。職業は魔剣士だ」
イーガンが組んでいた指を解いて彼女を指差すと、アヤカと言われた少女は少し不機嫌そうに唇を結んだ。
「別に、アヤカでもサヤカでもいいですよ。メインは一応こっちのつもりでしたけど」
要するに、アヤカとサヤカは同一人物なわけだ。
前回の作戦には多くの魔術師が必要だったため、サブで参加していたのだろう。
顔立ちや髪型が全く同じなのは、造形が面倒くさかったからなのだろうか。なんにせよ、彼女の持つ凛々しい雰囲気には魔剣士の姿のほうがよく似合う。こちらがメインだと言っていたし、俺は彼女をアヤカと呼ぶことにした。
「そういえば、渡すものがあったんだ。トレードウィンドウを出してくれるか」
俺は彼女から受け取ったまま、返しそびれていたお守りを返すために装備を外して、アイテムボックスを開いた。
その途端、一気にズラズラと表示されたアイテム群を見て、面食らう。
「っ!?」
ほとんどは殺した相手から奪ったものだ。
幸い、アイテムボックスは相手には見えない仕様だったため、単に俺が狼狽えただけで済んだが、二人には不審な目で見られてしまった。
「ええと、とりあえずコレを返すよ。おかげで命が助かったみたいだ」
「そうですか」
アイテムを移すと、アヤカは早速それを自分の首にかけた。西洋風の鎧にはいかにも不似合いだが、ゲームにはこの手のネタアイテムが少なくない。
「それで、ほかにも用事があるっていう話だったが?」
アヤカからイーガンへ視線を移すと、彼はひとつ頷いた。
「アンタもNPCから聞いたと思うが、街のなかでもPKが解禁になった。そのうちアンタを狙う奴も出てくる」
「まあ、俺は独り身だしな」
「そこでだ、アンタにパートナーをつけたい。俺は先代からアンタを守れと言われているし、俺に約束を違える気はない」
「パートナー? お前とか?」
「残念ながら、俺は忙しくてね。それにフィールドに出しているハンターたちに頼むわけにもいかない。だから、パートナーは彼女が務める」
イーガンの視線はアヤカに向いていた。
アヤカのほうは警戒する猫のように身体をこわばらせて、俺から距離を取る準備をしている。
まるで俺が痴漢かなにかのような扱い方だ。
「その格好もなかなかエロいな。よく似合ってるよ」
「まったく嬉しくありません。斬りたくなってきました」
冷ややかな視線でアヤカが俺を一瞥する。
あのときは俺に死亡フラグが立っていたおかげで、セクハラを水に流してくれたようだったが、生きて帰った途端にこの扱いだ。
護衛のためというイーガンの言葉を額面通りなのか、それとも探りを入れるためか。
どっちにしろ、この臨時タッグは俺には都合が悪い。アヤカの性格ではPKを由としないに決まっている。
フィールドに出るわけにもいかないから、ここは大人しく様子を見ておいたほうがいい。
最悪、セクハラを連発すれば怒って帰ってくれるかもしれない。本当に最低最悪の手段だが、いざとなったら俺はやる。誰にも止めさせはしない。