2:狩猟解禁
短時間で終わった戦闘なのに、やたらと身体が疲れている。だが、不思議と罪悪感は薄い。
ゲーム内での死は現実での死に直結しているはずなのに、人を殺したという実感が湧かない。
相手を斬ったときのエフェクトも、追求すればいくらでもリアルにできそうなものだが、あえてゲームらしさを残していたように思うのは気のせいだろうか。
長年の廃人プレイで身体に染みついたゲーム感覚が利用されているような、嫌なわざとらしさを感じさせる。
実際、殺す瞬間には相手を逃がさないことだけを考え、彼らの痛みや家族の悲しみを微塵も想像できなかった。
俺が殺した三人の死体はまだ消えておらず、今なら装備品を剥ぎ取ることができる。
死者を冒涜するようだが、本気で攻略を目指すなら少しでも資金が欲しい。
俺は死体からルートアイテムを回収したあと、一度だけ後ろを振り返って、西門へと足を向けた。
外壁を回って西門から街に入ると、システムに新たな変化が加わっていた。
街のなかでもマップ機能が使えるようになったらしい。
携帯を開くときのように胸元に目を落とすと、金縁の輪のなかに緑色の線で地図が描かれているのが見える。
所々に散らばる白い光点は人を示していて、索敵の役割も果たしている。
クエストを一つクリアするごとに、使える機能が増えていくのだろうか。
西門近くの広場へ足を向けると、NPCのリリムが駆け寄ってきた。
「おにーちゃん、お疲れさまなのにゃ」
黙って剣を抜き、斬りつける。
ファンが見たら激怒するだろうが、俺は初日に会って以来、こいつが嫌いだった。どうせ、ろくでもないことを言うに決まっている。
右肩から脇腹へかけて袈裟掛けに振り下ろされた剣は、鋼鉄のような感触とともにあっさり弾かれた。
「も~、いきなりヒドイにゃぁ~。せっかく耳寄りな情報を持ってきたにょに」
リリムがわざとらしい仕草で頭を押さえる。ダメージを与えた様子はない。
「いいかにゃ? 耳をかっぽじって聞くにゃ。にゃんと、ついに街のなかでのPKが可能になったのにゃ。お兄ちゃんも背中に気をつけるにゃ」
イベントが進行している。やはりこれはPKゲームなのだと確信する。
こいつはNPCだから、どうせ街の至るところで同じ話を吹聴しているはずだ。
路上は危険だ。今日は探し回ってでも宿を見つけたほうが良さそうだ。
ほかのプレイヤーも遅かれ早かれPKの必要性に気がつく。
始まりの街ヴァネサリアも、これから先は安全ではない。
新機能のマップ表示を眺めながら宿を探す。
スマートフォンを手に入れたみたいで便利な機能だが、せいぜい半径15メートルくらいしか見れないようだ。
表示範囲を広げるには、索敵のスキルが必要になるのだろう。
索敵はモブと戦わなくても熟練度を上げることのできるスキルの一つだ。
敵を発見し、向こうの索敵範囲を見極めながら追跡すると、それだけでかなりの熟練度を稼げる。
職業がハンターの場合、特に伸び率が高いが、モブに襲われたらほぼ即死という今の状態では索敵も命懸けだ。
俺はマップに落としていた目線を上げて、宿の看板を見上げた。
宿の多くは東西南北の門の近くにあり、中心に進むにつれ武器防具やアイテムの商店が多くなる。
訪れた旅人はその日の宿を見つけた後で、ゆっくり街を見て回る。中世の営みもたぶんこんな感じだったのだろう。
宿に入った俺は受け付けのNPCに話しかけたあと台帳を開いて、宿泊リストをスクロールする。
スロットには宿泊者の名前と職業が表示されており、スロットが満杯なら部屋も全て埋まっているということらしい。
幸い、3軒目に訪れた宿で1つだけ空きを見つけることができた。
ユーザーIDを入力し、手続きを完成させる。すると、宿泊者リストに『レオン:魔剣士』と表示される。
俺の部屋は2階にあるらしい。ゲームだからか小さな宿なのに部屋数は40もある。
それでも路上生活者が出ているのだから、この街がいかに人口過密状態かよくわかる。
入口横の階段を上がると木製の黒ずんだ廊下の左右にずらりとドアが並んでいる。
そのうちの一つだけ開いてるドアが俺の部屋ということのようだ。
室内はベッドと机があるだけの簡素な造りになっている。
窓があって、道行く人の姿を眺められるが、あまえり上に注意を払う人はいないようだ。
中世ヨーロッパでは水道が発達していないため、(ローマ帝国の滅亡後に廃れてしまった)排泄物がときどき空から降ってきたというが、もちろんそんな歴史的事実がゲームに反映されるわけがない。
RPGに落ちゲーの要素はいらない。
午後になったら、またPKのために出かけなければならないが、とりあえず今は横になろう。
このゲームは早く沢山殺せばいいというわけではない。
住民たちに気づかれないように、闇に潜むものとして密かに少しずつ狩っていくのだ。
今のレベルでは、PKが発覚したら簡単に殺られてしまう。
今朝は相手が三人とも治癒術士だから倒せたが、魔剣士や魔術師がいれば、こちらが殺されていただろう。
せめて、レベル10に上がるまでは事が露見するわけにはいかない。
幸い、街中でのPKも可能になった。今日のように相手を騙してフィールドに連れ出す必要もなくなった。
装備を外してベッドに横たわると、就寝しますか?というメッセージが目の前に表示された。
これまで路上生活をしていたから、宿に泊まるのは今日が初めてだ。
Bテストのときは疲れたらログアウトできたし、宿に泊まるのは体力回復のためでしかなかったから、こんなメッセージが流れるとは知らなかった。
YESを選択すると、あっと思う間もなく意識が途絶えた。
どこからともなく静かなメロディが聞こえてきて、スッキリと目が覚める。
窓の外が暗くなっており、室内には勝手にランプが灯されている。どうもキッカリ7時間は眠っていたらしい。
どうやら宿のベッドには眠りを誘発するような機能が仕込まれているらしい。
VRMMOは脳との信号のやり取りでグラフィックや質感を再現しているのだから、一旦信号を遮断して眠りに就かせるくらいのことはわけないのだろう。
むしろ、今まではちゃんと眠れていなかったらしい。
だが、眠っている間は恐ろしく無防備だ。
路上で寝ていた頃は微かな足音やささやき声ですら目が覚めたのだが、就寝モードを使用すると微睡む暇もなく強制的に意識を落とされる。
まあ、現実と違って誰かが部屋に入ってくることないのだろうが。
ふと、嫌な想像が沸き起こる。本当に、そうなのだろうか?
このゲームの『プレイヤー同士が殺し合う』という仕様。
見えない手が潜んでいるような悪意あるゲームシステムが、安眠など許すだろうか。
俺はベッドから立ち上がって剣だけ掴み、廊下に出る。
今は満室ですべてのドアが閉ざされている。隣の部屋にも人がいるということだ。
俺は忍び足で隣の部屋の前まで行き、静かにノブを回す。
室内は無音。案の定、ベッドには誰かが横たわっている。床に置かれた道具や装備から推測するとブラックスミスだろう。
基本職では唯一の生産職だ。HPもたかが知れていて、装備のない今なら一撃で狩れる。
俺は鞘から剣を引き抜き、高く振り上げる。
・・・やめよう。
掲げた剣をゆっくりと下ろす。
この狭い街のなかではPKの噂もすぐに広まる。慎重にやるべきだ。
宿泊リストには名前のほかに職業も表示される。そして表を歩かず、ほとんど交流のない職業の者たちがいる。
連中ならば大量に消えたところで不自然ではない。発覚を遅らせることができる。
まず狙うべきは騎士たちだ。