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Mädchen Lippen    作者: Mayo
Traum
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Traum Ⅲ

 


 シャルロッテは思案する。今までの出来事を、これからのことを。



 シャルロッテ一行はあと少しでリベルハイトというところまで来た。早朝、朝露に濡れた葉が瑞水しく生い茂り、太陽の光が煌めいている光景はなんとも滑稽であった。美しすぎる姿は時としてすべてが偽物のように思えてしまう。




 この旅は、何のためにあるのだろう。




 兄を生き返らせるという父をとめるためか、レティシアを救うためか。それとも。


 これまでの道のりで、シャルロッテは多くの出来事を一瞬にして経験した。騎士同士の争い、少年少女の過去、二つの死、オデットの過去、そしてランフォードの“探し物”。


 それらは今まで部屋にこもりきりであった彼女には知るはずのないリアルの世界であり、想定不可能な出来事ばかりであった。世界が、国が、人が、こんなにも苦しんでいたのかと。どこか遠くの冷めた目線でしか世の中を見ていなかったのだと、その事実に胸が痛んだ。



 温かい仮想の世界で、己は生かされてきた。



 ランフォードは外国の話をしてくれたが、それはすべて“美しい話”であった。戦争、差別、迫害。そのような話は一切なかった。そんなものはないと思っていた。騎士が殉職すると当然姫であるシャルロッテも葬列に参列する。しかしそれはやはり非日常でしかなかった。誰かが、国を思い、家族を思い、そして死ぬ。それがこんなにも重いことだと、何故自分は気づけなかったのか。



 シャルロッテは、気づけば強く唇を噛んでいた。瞳からは涙があふれていた。




「っ…姫様…!」



 オデットがあわてたように彼女の涙を拭う。太陽光を反射した悲しみの雫は、煌めいてぽたりと落ちた。



「オデット。私はなんて弱い人間なのでしょう」



 誰一人、救えない。身近にいる人さえ、救えない。そんな自分に、国が救えるのか。何度目かの自問自答。答えは見えている。



「姫、」



 オデットが辛そうに姫の頭を撫でていると、リシャールが隣から声をかけてきた。鋭い眼光は、まっすぐにシャルロッテを捕える。



「何を弱気になっているのです!」



 初めて聞く、リシャールの怒号。物静かでたんたんと語る彼にしては珍しく、気を張った声だった。シャルロッテはじっとその美しい空色の瞳を見つめる。



「ウィルヘルムの大馬鹿者と別れてから貴女はずっとそうだ!いつも自分を責め、強くあろうと無理やり弱さを隠し、さらに我々に余計な気をつかう。いいですか姫、ロラン少年を切ったのはヴェンツェルだ。ヴェンツェルを切ったのはウィルヘルムだ。“貴女じゃない”」



「あんた、姫様になんてこと…」



 オデットはリシャールをにらみつける。



「駄目だ。ここで話さなければ姫はランフォード・ウィルヘルムという男に囚われたままになってしまう。彼女らしくない。いいですか姫、部下の失敗は上司の責任なんです。“ウィルヘルムの失敗は貴女の責任ではない、僕の責任なんだ”」



 シャルロッテははっとする。



「貴女とあの男の間に何があったか僕は知らない。けれど、間違っても貴女が責任を感じるべきではない。確かに貴女がロランと名乗ったのは事実だ。けれどそうしなければ、おそらく貴女の召使は救えない。すべてを手にすることは、この世ではとても難しいこと。それは貴女もよく知っているはずでしょう。」



 リシャールは、空を仰ぐ。



「シャルロッテ姫、貴女はマスターです。駒ではない。僕たち駒はマスターの言うとおりに動き、マスターの勝利のために働く。貴女はただ黙って望めばいい。貴女の望みだけが、僕たちを動かせるのです。あの大馬鹿者は──ウィルヘルムは、常に孤独であろうとする人間です。人の力を己の力と思えない。だからこそ信頼はするが決してチームでは動かない。おそらく今は──単独行動をしていることでしょう。今こそマスターの出番なんですよ姫。貴女のお力であの男を孤独から引っ張り出さなくては。今回の目的は王の説得、および貴女の召使の救出でしょう。まだ貴女も知らないことが多くある。そんな思案する材料が欠如している状態で議論を進めようだなんて、貴女らしくない。違いますか」



 リシャールの言葉の雨は、シャルロッテの心を溶かす。悲しみに濡れた顔が、徐々に色味を帯びてきた。



「姫様…」



 オデットが優しくシャルロッテの髪を梳く。心地よさにゆっくりと瞳を閉じると、シャルロッテはリシャールに向き直った。



「リシャール。一刻も早くリベルハイトへ。 今の私の望みは一つ。ランフォードの大馬鹿者に、会うことよ」



 その言葉を聞くと、リシャールは呆れた顔で馬を走らせ、オデットも苦笑しながら後に続かせた。シャルロッテはスピードが上がったことに一瞬驚いたものの、楽しそうにころころと笑った。



 そのランフォードが、今苦しみの最中にあることも知らずに。















「坊や、多勢に無勢って言葉、知ってるかしらぁ?」



 黒い髪の女は、可笑しくて仕方がないというように歌うように囁いた。赤い爪が白い顔の男の白い肌を滑る。



「…薬を、使いやがったな…っ」



「あのねぇ、強化した人間が暴れだしたときのために最後の手段を作っとくのは常識よぉ?一人で来たことは認めてあげるわ、でも、“催眠”は解いてあげられないの、ごめんなさいねぇ…うふふふふふ!」



 その瞬間、黒髪の男はがくりと膝をついた。白い服を着た男女が静かに彼を支える。



「4番の牢につないでおいて頂戴ね。あと、7番の男にちゃぁんと水を与えなさい。彼は後で餌にするんだから」



 女はくすくす笑いながら真っ白なドレスを翻した。讃美歌が響き渡っている聖堂には、見事なまでの白い彫刻が飾られている。



 ──ヘカテ、冥府の女神──



ここは、リベルハイト王国の地下都市、エルヴィーラ。






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