Traum Ⅱ
深い地下室の奥。普段は開かれることのない重厚な扉の先には、国の重要な歴史的資料などの国家レベルの書物が貯蔵されている。それは一年に一度、創立記念の日にだけ開かれ、換気が行われる程度で、普段は誰も近寄ろうとはしなかった。ここにこなくとも中央書庫にはあらゆる知識が詰まっていたし、ここにある資料はたいてい古いもので読むのすら大変だったからだ。しかし、だからこそ重要なことを隠すにはもってこいとも言えた。国王の側近んとして常に重要な業務を行っていたフランシスにとっては、中央書庫程度の知識ではなく、もっと根底に原因があるのではないかと思えたのだ。
「4年前、騎士団解体作戦…」
それは不幸な事故とも言える事件だった。当時の騎士団長、20歳にしてトップにたったアルベール・エルヴェシウスは、人当たりもよく、実力もある好青年だった。最も、リベルハイトでは優秀な若者を育てるという目的のために、青年時代から人の上に立つことを学ばせていたため、若い団長は珍しくはない。彼は皆に慕われ、“リベルハイトの若者”として成長していた。
「彼は、確か…」
4年前のあの日から、シュテリアとの抗争が本格化した。催眠によってアルベールは自我を失い、騎士団員10名を惨殺。その後彼は国から追放された。しかし、未だに催眠を行った人物、あるいは集団を特定できてはいない。アルベールの体内から薬物反応は出たものの、シュテリアは巨大な民間組織。その中の誰が主犯なのかは未だわからないまま、反乱軍の思惑通り、アルベールを国外追放せざるを得なくなった。それは反乱軍以外のわずかな国民の信用と、アルベールによって仲間を殺されたほかの騎士団の心情をはかってのことだった。
──催眠をかけられた場所を、彼が覚えてさえいれば。
あるいは、主犯が特定できたかもしれない。
思えば、4 年前からだった。こうして治安が悪くなりはじめたのは。当然騎士団解体作戦によって動揺した騎士団が再び結束するに時間がかかったことも要因の一つではあるが、それにしても図ったようなタイミングである。
国が花を独占した、理由。
──この花には催眠効果があるのです
──今すぐ回収したほうが、よろしいかと
「っ…まさか!!」
次の瞬間、フランシスの視界は暗転する。
最後に目にしたのは、美しい黒髪の女の姿。
「ここ数年、誘拐事件が後を絶たないみたいなの」
コーヒーを入れ直し、ミシュリーヌとアルベールはこの国の現状について話し合う。姫の一行がここに到着するまで、アルベールはあらゆることを知っておく必要があった。
「誘拐されるのは若者や子供。ほぼ無作為と言ってもいいわ。ただ、証拠がまったくないから、失踪として処理されてるみたいだけれど」
「それがだいたい、4年くらい前の話、なんだね?」
騎士団解体作戦によって疲弊した国を襲うあらゆる事件。それらは一貫していないようで、共通しているのは4年前からということ。それはすなわち、組織的な犯行を暗示している。
「ミシュリーヌ。僕とランフォード殿は、“花”についての手掛かりを得るために砂漠を通ってきた。僕たちだけで来た理由は、姫様を危険にさらすわけにはいかなかったからだ」
フィリーネで起きた事件。リベルハイトから刺客が送られてきてもおかしくはないほどの、国を揺るがす殺人事件。
「けれど、敵は現れなかった。それだけリベルハイトには人手が足りないか、あるいは…」
そんなことに構っていられないほど、国が機能していないか。
「もしかすると、深い因縁があるのかもしれない。僕とランフォード殿は、ロゼッタ砂漠で花の話を聞いたんだ。それは僕たちがこの国で一時期使用していた花の特徴と酷似していた。おそらく花は、国の入手経路が何にせよ、コルネリアで作られたもの…」
「万能薬が、自然のものではないということ…?」
ミシュリーヌは目を見開く。
「コルネリアは技術力に長けた国だ。それは僕が誰よりよく知っている。もしかすると…」
アルベールはふと、部屋に飾ってある写真の一つに目をとめた。留守の間もきちんとミシュリーヌが手入れをしてくれていたのだろう。ほこり一つないその額縁から笑顔を見せるのは、幼いアルベールと、アルベールにそっくりなハニーブロンドの髪を持つ男。
「父さんも、関わっているのかもしれない」
コルネリアの研究員だった父。家を留守にしがちだった父の記憶は薄い。もしも父親が関係していたとするならば、なんと深い因果だろう。コルネリア、リベルハイト、ブルートローゼと三つの国を見てきた自分も、この物語には必要不可欠なのだとアルベールは思う。
──コルネリアが作った花は、危険だからロゼッタ砂漠に埋められて、それを誰かが掘り起こした…
そしてそれはリベルハイトに万能薬として出回った、けれどやがてその花によって内乱が起こる。
「何故、あれは危険だとされているんだろう」
当然の疑問だった。普段使う分には怪我も病気も治る、とても便利なものだったからだ。
「それはきっと…」
──すでに花を使ってしまった私たちには、わからないのかもしれない
ミシュリーヌのつぶやきは、風の音に消されてしまう。
シャルロッテ一行が到着するまで、あとわずか。交差する因縁は、どこで収束するのだろう。




