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Mädchen Lippen    作者: Mayo
Traum
28/32

Traum Ⅰ

 かつて、そこは美しく深い森に囲まれ、若く優秀な人材を輩出することで有名な土地だった。国家への不信感さえ生まれなければ、内乱さえなければ。変わらずに才ある若者はそれぞれの地で活躍していたのだろう。



 リベルハイト。自由と彩りの国。



 現在は行き過ぎた自由が横行し、犯罪の絶えない、灰色の国となってしまった。それらの原因ははたしてどこにあるのか。それぞれが見えない敵と戦っているようであった。



 財政難のためか、宮殿は質素なものだった。度重なる不幸に、リベルハイトの国王は悲壮な面持ちで重臣と会議を重ねる。それは現状を打開するような明るく前向きなものではなく、次から次へと湧き上がる問題に対処するだけの精一杯のもの。日に日にやつれている姿は痛ましいが、そんな姿を国民が目にすることはない。



「国王、今月ですでに3件目です」



 重々しい口調で事実を伝える側近──フランシス・マティアス・ラヴォーは、片眼鏡に神経質そうに触れた。彼自身もここ数か月で激務が続き、この世のすべてが憎らしいとでもいうかのように不機嫌そうな面持ちだ。淡々と書類を読み上げつつ、心中でため息をつく。軽犯罪だけではない。原因不明の事件が多発している。



「すでに50人におよぶ若者や子供が失踪しています。それもひとりずつ。大量誘拐と判断するにはいささか早計ですが…街の警備を強めるにも、もはや人員不足です」



 フランシスの深緑の瞳は暗い。国王は、ゆっくりと髭をなでつけ、息をはく。その瞳は、どこかあきらめたような色をしていた。



「証拠が一切ないとは、いかにも犯罪の匂いがするがね。敵は組織で動いていると見える。騎士団解体作戦の──シュテリアとは無関係といえるかどうか」



 シュテリア──かつてこの国の騎士団を解体させるに至った国民の反乱軍である。



「どうやらシュテリア側の人間の家族も失踪しているようです。ただそこに絞っているわけではなく、ただ無作為に──」



「シュテリアと騎士団との抗争は後を絶たないが、それに伴った治安の悪化だけが原因ではあるまい。とにかく今は証拠集めにつとめよ」



「はっ」






──国王は、何を考えておいでだろう



 現在、シュテリアと騎士団は争いを続けている。一触即発の状態が続き、持久戦へとなりつつある。その二大勢力だけが目立ち、軽犯罪はまだしも誘拐事件は一切証拠がでない。シュテリアは国が、国は国民が行ったことだと見ている。これでは疑心暗鬼に駆られるばかりだ。



──何か、何か裏が



 会議室を出ると、フランシスは足早に資料庫に向かった。すべての現況、4年前にさかのぼるために。












「嘘、」


「ただいま、ミシュリーヌ」



 リベルハイトでもっとも深い森の奥に、小さな一軒家がたっている。目立たぬように作られたその家には、夫を失った女性が一人で住んでいた。ミシュリーヌ・エルヴェシウス。4年前、騎士団長であったアルベールの妻である彼女は、夫が起こした事件のために、隠れて生活することを余儀なくされていた。街へ出ることもままならず、2年前までは常に警備兵に監視された生活。孤独で、灰色の4年間。



 そして今アルベールは、ブルートローゼ国のために、こうして故郷へ帰ってきたのだった。



「…おかえりなさいっ…!」



 ダークブラウンの長い髪をそっとなでながら、アルベールは優しくミシュリーヌを抱きしめた。懐かしいぬくもりに、懐かしい笑顔に、アルベールは幸福をかみしめる。




 涙を流すミシュリーヌをあやし、4年間のねぎらいと、4年間どこにいたかを話す。熱いコーヒーを飲みながらゆったりと過ごす時間はとても大切で、そして愛おしい。しかしゆっくりもしていられないのだった。アルベールは懸命に、追放された後すぐにランフォードに助けられたこと、そしてブルートローゼで騎士団に入り、故郷に帰るチャンスをずっと待っていたことを説明する。ミシュリーヌは真剣にアルベールの話を聞き、リベルハイトでも異変が起こっていること、そして力になりたいと話した。



「帰ってきて早々、やっかいなことを持ってきてごめん」



 すまなそうにあやまるアルベールの手を優しく握り、ミシュリーヌは微笑んだ。



「あなたはとても優しいひとだもの。あなたがランフォードさんに助けられたのなら、今度はあなたが恩返しをする番。そのお手伝いができるなら、こんなに幸せなことはないわ」



 4年間、たったひとりで生きていた。もともと入り婿だったアルベールが騎士団長までのぼりつめたのは、ミシュリーヌの家が代々リベルハイトに使える一族だったからだ。しかし騎士団解体作戦ののち、一族に汚名を残したくないと、ミシュリーヌは家を出た。名字も改め、誰の手も借りず、ただ夫の帰りを信じて待っていた。ときどき様子を気にしてくれた兄だけがこっそりと訪れ、差し入れを持ってきてくれることもあった。生きていくには不自由はしなかった。



「私は、お兄様から国の内情をこっそり聞くこともできた。力になれるわ」



 優しいオレンジの瞳に抱かれ、アルベールは微笑みを返す。再びリベルハイトへ光を。そのために、彼は動き出す。



    ──俺は、少しやることがあるんだ──



 そう言って、リベルハイトの敷地内につくとすぐ、ランフォードはアルベールの元を去った。すべてはブルートローゼのために。かすかに聞こえた決意の声は、今まで聞いたことのないような低音。灰色の瞳は闘志でぎらぎらと輝き、彼は颯爽と消えた。



「ランフォード殿は今、単独行動をしている。姫様達がここにくるまで、この国で何が起こっているかを教えてほしい。それが今、僕にできることなんだ」




 動けないならば、守ろう。



 動いている人たちが帰ってこられるように、ミシュリーヌとともに、この家を守ろう。



 アルベールはそう心に誓い、コーヒーを飲みほした。


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