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Mädchen Lippen    作者: Mayo
Lagerung
26/32

Lagerung Ⅴ


 夜の森は、不気味な動物の泣き声や、葉がこすれる音で満ちている。わずかに雲間から差し込む月明かりに照らされて、シャルロッテの白い顔がより一層血色悪く見えた。リシャールは、見張りをすると言ってここ一帯を巡回している。今この場には、オデットとシャルロッテしかいなかった。


 ランフォードと別れて、ルエリア山に入ってからも。シャルロッテの表情は、やはり頑なだった。強い意志を秘めた瞳の中には、わずかなかげりがある。それだけ、彼の存在は彼女にとっては大きいものだった。オデットは、静かにため息をつく。


「姫様、私の過去を、聞いてくださいませんか」


 出発前、姫からもらった青いリボン。ゆっくりと解くと、さらりと撫でた。月明かりによって煌めくその素材は、ロジェ島ならではのもの。


「私の母は、島の占い師でした。先見の力があって、島のみんなはそんな母の力を頼りにしていたんです。私には姉がいるのですけど、姉も私も、母の力を受け継いでいるようでした。子供だった私たちは、その力がどういうものか、よくわかっていなかったのですね。母は、占いでわかったこと、すべてを話しているわけではありませんでした。あまりにもわかりすぎると、島民を惑わしてしまうからです」


「惑わす…?」


 怪訝そうなシャルロッテに、オデットはいたずらっぽく微笑んだ。


「たとえばです、姫様。もし明日この世界が崩壊するとしたら、そのことを国民に伝えますか?」


「え…?」


「国が亡び、王家が崩壊する運命。それが確実に起こることだとわかってしまったら、それを伝えるべきだと思いますか?当然、伝えれば国民は混乱します。取り乱し、その矛先はそれを予言したものに向くでしょう。そうだとしても、伝えますか?」


オデットの金の瞳が、真剣にシャルロッテを捕える。


「…わからないわ」


 彼女が零した言葉を聞き、オデットは優しく微笑んだ。


「そう、とても難しいことですね。私の母は、そのようなことは伝えないと心に決めていた。自分の予見が外れることもあったので、いたずらに島のみんなを傷つけたくなかったのでしょう。それでも、私も姉も、そのことが理解できていなかった。それは、母を失ってもかわりませんでした。占いにはある程度の力を使います。母の力は徐々に衰え、そしてそれに比例するかのように、母の体は弱り、幼い私たちを残してやがて亡くなりました」


 偉大な母の喪失。それは幼い二人にとっては衝撃的なこと。感受性を刺激し、彼女たちがますます力を強めるには十分なほどのできごとだった。



「それからしばらくして、ある夢をみたんです」



 それは、島を揺るがす大事件となるほどのもの。他国から見知らぬ人が大勢攻めてくるという夢。島の民は捕えられ、家は焼かれる。彼らが何を目的とするのかはわからない。ただ恐ろしく、凄惨な夢。


「それを島の一大事だと考えた私たちは、そろってみんなに話しました。今までは母に相談することもできたけれど、それができなかった私たちは、この大事件を早く伝えなければと必死だった。島のみんなは、はじめは私たちを信じてくれました。しかし、一向に危機は訪れなかった。不思議なもので、人間は危機を嫌うけれど、予見した危機が当たらなければ、危機が訪れなかった事実に苛立ちを感じるんです。私たち姉妹は、島民をたぶらかしたとして───地下牢に、幽閉されてしまいました。」


 美しい月を見ることもできず、さわやかな潮の香りをかぐこともできない。冷たく暗い地下牢。幼い彼女たちは、必ずここから出て、島を救うと決意した。


「そんなある日、私たちにチャンスが訪れたんです。寒い冬のことでした。島には伝染病がはやり、警備が薄くなっていたんです。昔から器用だった私の姉は、隙を見て、地下牢から逃げ出しました。私も共に走り出そうとしましたが…私だけ、捕まってしまったんです。」


 シャルロッテは想像する。最愛の兄弟と、引き離されるという悲しみ。兄を失った日のことを思いだし、切なそうに手を握りしめた。


「その時、走り出しながら姉は叫びました。必ず、助けにもどると。私を助けるため、必ずもどると約束したんです。私はその声を聴きながら、意識が薄れていくのを感じました。暴れることを予感して、薬で眠らされたのでしょう。目が覚めると、今までよりもさらに頑丈な地下牢の中でした。それでも、私は諦めませんでした。姉が必ず助けにくると、信じていたからです」


 それから数か月、うわ言のように予言を繰り返しながら、必死に地下牢で生きた。冷たく湿った世界で、最愛の姉だけが希望だった。どんなにかかってもいい。必ずここを出て、島のみんなを救わなくては、と。その強い意志が、オデットを生かしていた。


「けれど、物事は、そううまくいくものではないのですね。姉が逃げ出してから一年くらいたったころのことでした。なにやら、地下室が騒がしいのです。不気味なほど静かな地下牢に、大勢の人の足音が響き渡っていました。その途端、胸騒ぎがしたんです。これが、あの夢なのではないかと。ならば必ず誰かが私を頼ると思っていました。詳しいことを予見した人物は、私以外にはいなかったからです。案の定、警備の一番偉い人が、重い地下牢の鍵を開けに来ました。何も言わず、外へ連れて行かれた私が見たものは────火の海でした」



 シャルロッテは、息を飲んだ。



「街が、家が、建物が。すべてが業火に飲まれていました。叫ぶ人の声、泣き声、助けを呼ぶ声。そしてその声に交じり、大勢の足音が聞こえてきたんです。私はその場に立ち尽くしました。近づいてきた集団は、みな同じ軍服に身を包み、武装していました。そしてその集団の先頭には────姉がいたのです」



───オデット、約束通り、助けに来たわ



 軍隊に恐怖したというより、そう言って微笑んだ姉に恐怖した。火の海の中、驚くほど清らかな微笑みを浮かべている姉は、狂気を孕んでいるように見えた。そこにいたのは、いつもの優しい姉であるはずなのに。彼女は一年で、こんなにも変わってしまったというのか。


「私が見た夢は、他ならぬ姉によって起こされた事件だったのです。彼らの目的は私の救出だけとは思えなかった──いや、思いたくありませんでした。私は夢中で逃げました。姉に捕まってはならないと、本能的に悟っていたのでしょう。」


 姉から逃げ出し、島の奥深くに隠れた。やがて姉たちはオデットを探すのをあきらめたのか、島から出て行った。沈静化した島に残されたのは、半分に減ってしまった民と、オデット本人。やがて世界は一変する。


「島の人々は思ったでしょう。私と姉が共謀したのだと。半分もの民がどうなったかはわかりません。残された人々は、私を見つけ出し、そして…」



───この娘を島から追い出せ!!!



「幼い私は、島から追放されました」


 リボンを渡した時の彼女の懐かしそうな笑顔。“わけあって島にもどれない”その理由。彼女はそれから、国を転々とした。やがて。



「ブルートローゼ国の未来を、見ました」



 その言葉に、シャルロッテはびくりと反応する。



「そしてその上で、私はこの国にいるのが最善だと判断しました。私は姫様、貴女の最良の駒でありたい。貴女にしか、この国は救えないのです」



 金色の瞳は、月明りで煌めいていた。島を救えなかった彼女が、今度は国を救おうとしている。自らが駒となり、抗おうとしている。その姿は、気高く美しい。



「オデット…」



 シャルロッテは、静かに息を吐いた。ランフォードの過去、オデットの過去。温室で生きてきた自分には想像もつかないような世界が、彼女の周りには広がっていた。それらは彼女の世界を広げ、そして彼女の目的のために動こうとしている。



「…ありがとう」



 今言えるのは、それだけだと。シャルロッテは、柔らかく微笑んだ。









「あの男…」


 シャルロッテが眠りについた後。オデットは、静かに回想していた。姉が自分を迎えにきたとき、その直ぐそばで剣を構えていた男のことを。



───ジュリエット様、制圧完了致しました。



 自分より一回り若い姉に敬語を使い、隊列の指揮をしていた人物。冷たい瞳。ハニーブロンドの柔らかい髪。炎に照らされきらきらと輝くその姿は、目に焼き付いて離れなかった。




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