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Mädchen Lippen    作者: Mayo
Lagerung
24/32

Lagerung Ⅲ

 ロゼッタ砂漠は、そこまで広大な砂漠ではない。砂漠内にはいくつかのオアシスがあり、そこではさまざまな国の人が暮らしていた。ある意味で自由の地であり、どの国も保有しておらず、無法地帯となっていた。しかし環境が厳しいせいか、一定のコミュニティを作って生活している場合が多く、助け合いながら移民や流浪の者が社会を形成していた。

そんなロゼッタ砂漠の中腹には、もっとも大きなオアシスが存在する。そこには小さな村レベルのコミュニティがあり、物資の補給もすることができる。移動をはじめて二日目の夕方、ランフォードとアルベールはようやくそこに辿りついた。コルネリアとリベルハイトを行き来するためには、ルエリア山かロゼッタ砂漠を通るしかない。そのせいか、このオアシスは旅の者に慣れており、宿舎もあった。二人は唯一の宿まで向かい、情報収集のために動き出す。


「ロゼッタ砂漠を通ることに意味がある。確かにあなたはそう言いました。」


アルベールは神妙な顔で、荷物を整理しながらランフォードに問いかける。ランフォードは静かに外の様子を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。


「花の存在について、お前はどう思う?」


Mädchen Lippen──リベルハイトの内乱の元となった万能薬。美しい少女の唇のような花弁は甘い香りで人々を魅了したという。

エルヴィーラ──死者の再生を行うという、冥府の女神ヘカテを御神体とした宗教。


この二つが、彼らが目指す“奇跡の花”であるとするならば。


「ランフォード殿。僕は当時、王からの勅令で動いていました。しかし、王家が花を独占した際、どの場所を独占したのかは知らされなかった。ただ、お触れが出ただけなんです。【今後Mädchen Lippenは王家の所有物とする。王家の断りなしに入手することを禁ず。】と。だからこそ、そもそもどこから持ち込まれたのか知らないのです。おそらく、これを知る者は王家の中枢のみでしょう」


「採取場を知らない…それはつまり、ばれちゃまずいところから持ってきたものだからだろうな」


 ランフォードの冷えた声色に、アルベールはびくりと肩を震わせた。ランフォードはよく、他国を渡りあるいては特産品を持ち帰り、国の研究機関に献上していた。おかげでブルートローゼ国は品種改良においてはトップクラスの技術を持つ。だからこそ、彼には分ることがあった。


「公にできないんだろう。俺のように、他国から持ち込まれたか。あるいは…」


──盗んだか。


「真意は不明だ。だからここにきた。ルエリア山は貿易商が通る道じゃないし、ロゼッタ砂漠のこのオアシスに、花の手がかりがあるとふんだ。閉鎖的でありながらあらゆる人種が行き来するこの環境なら、俺たちが知らない情報も数多くあるだろう」


 万能薬などこの世に存在しない。これがランフォードの持論だった。ただし、アルベールによれば、“花”の効き目は本物らしい。とすれば、“花”の出所が謎を解くカギになるかもしれない。国が独占するということは、おそらく栽培が難しいのだろう。


「難しいというより、おそらく栽培ができないんだ。技術がないか、もしくは…」


──独占するだけの理由があるのか


「いずれにせよ“花”のことがまったく見えてこないうえ、出所が謎だ。だからこそ、ここで情報を集めよう」


 アルベールは、ランフォードの瞳がぎらついていることに違和感を覚える。怒りをたたえている瞳は、見る者を凍らせるほど冷たい。視線を合わせぬようにしながら、行きましょうか、とつぶやいて静かに立ち上がった。



 オアシスの外れにある小さな小屋についた時、すでにあたりは暗かった。砂漠の夜は極度に冷える。清廉な空気の中で、二人は顔を見合わせた。


 宿の主人によれば、このオアシス内でずっと暮らしているのはこの小屋の住人くらいだという。ほとんどの人は移動しながら商売をする類で、数年で別の場所に移ってしまうらしい。静かに戸をたたくと、中から疲れた顔をした老人が出てきた。穏やかな瞳をしているものの、気力が感じられぬその容貌は人生をあきらめているように覇気がない。


「君らは…見かけない顔だが」


「はじめまして。私はブルートローゼ国騎士団副団長、ランフォード・ウィルヘルムと申します。実は国家機密にかかわることであるものの調査をしておりまして、ご協力いただけないかと。」


 慣れている。こうして彼はあらゆる情報を手にしてきたのかと、アルベールはランフォードを盗み見た。表情がない。あくまで個性を消し、背後に国を背負っていることをにおわすだけで、ほとんどの人間がその威圧感に口を開いてしまうだろう。実際、老人は瞬きを繰り返し、静かに戸を大きく開け、招きいれてくれた。


「もう、30年になりますかな」


 老人の名はベルトラン。昔、コルネリアから移住してきたという。しかしその際妻と子供を事故でなくし、家族の思い出がつまったこの場所を動けないのだという。


「リベルハイトの内乱の原因となったという、花について何かご存じありませんか」


 ランフォードは無駄話は興味ないとでも言うように、いきなり確信をついた。ベルトランはまたもや瞬きを繰り返すと、唐突に瞳に光がやどった。


「おお、花、知っておりますとも!誰にも信じてはもらえませんでしたが…」


 18年ほど前。それは丁度、太陽が沈みきる直前のことだった。燃えるようなオレンジと群青色のコントラストが世界を包み、何者ともつかない影がうろつき始めるような時間帯。ふと視線を太陽に向けると、そこには黒い人の塊がうごめいていたという。この世の物ではないような彼らは黒い服に身を包み、オアシスの一帯を“掘って”いた。

 ベルトランは不審に思い、こっそりと観察しに行った。そこには一人の若い女と、黒い服に身を包んだ数名の男たち。そして。


「彼らの手には、何やら紙のような…書類の束のようなもの、そして、美しく咲き誇る真っ赤な花があったのでございます。毒々しい色が今でも目に焼き付いていますから確かですとも。薔薇のような花びらの…それでいて、百合のような強い香りを放つ花でした。それがどのようにして地中にあったのか、私にはわかりません。ただ間違いなく、それはそこに“在った”のです」


 女と男たちはそれらを袋に詰め込むと、すばやくその場を去った。あたりは強い花の香りで満ち溢れ、ベルトランはこの世のものではないような錯覚に陥ったという。

 アルベールは険しい顔をしていた。その花が自分たちが探しているものとは限らない。しかしもし真実だとすれば、それは“砂漠の真ん中のオアシス”に“埋まっていた”のである。


「それから私は、気になって調べたのです。その時期は、その不思議な体験を神の啓示と考えていたんですなぁ…そこでわかったことがあります。よっこいしょ」


 ベルトランは腰をあげ、部屋の隅の棚から大事そうに一枚の紙切れを持ってきた。

 

「彼らが掘ったあとを、再び掘り返しました。不毛だと妻は笑いましたがね。そうしたら…これが出てきたんです。後にも先にもこれだけですが、私は驚きましたよ」


 ランフォードは、口の端だけで笑った。


 【これは存在してはならないものだ。願わくば、誰も発見されることのなきよう】


 手書きで書かれた乱雑な字。何の変哲もない紙には、圧倒的な証拠が残されている。


「これは…コルネリアの王家直属研究機関の紋章、そうですね?」


 ベルトランは、強い瞳でうなずいた。


「はじめて見たとき確信しましたよ。“あの花”は、国が作り出し、そして捨てたものだと…ね」


 紙を見つけたベルトランは、国家機密に触れたと確信し、そして黙認することを選んだ。在ってはならないものを持ち去った集団に興味をそそられたものの、自分一人では何もできないことがわかっていたからだ。ランフォードは笑う。


「ベルトラン殿、そいつは賢明な判断でした。やつらはおそらくかなりの危険人物…あなたが無茶をしなくて助かりました」


 その花が“奇跡の花”であるならば、リベルハイトに持ち込んだのはその集団だろう。そして彼らはコルネリアの研究員がそこに“埋めた”ことを知っていた。国家直属機関の機密情報を保持し、そしてリベルハイトへも口利きができる人物──


 アルベールは、ゆっくりと瞳を閉じた。わからなくなっていた。

 はじめ、彼にとっての敵はアークライトという一人の奇術師にすぎなかった。それがいつの間にか、己の国をも脅かすほどの集団へと変わっている。シャルロッテの父親──王が望んだのは、手記に書かれた花なのか。在ってはならないと言われたそれを欲するのだとすれば、自分たちはそれを探すべきなのか…


 ベルトランに礼を言い、宿舎にもどると。アルベールは静かに問う。


「僕たちは──どうすべきなのでしょう」


 ランフォードは、冷えた瞳で答えた。


「わからないことがあってはならない。無知こそ最大の敵。俺たちがすべてを知った上で、どうすべきかを考えればいいさ」


──ただ今は、アークライトが作り出した道筋を歩むだけだ


 ランフォードはそう言って、ベッドに身を投げ出した。灰色の瞳は月のように深い輝きを放っている。それは花が人工物だという事実に対するものか、敵が定まらない怒りか、それとも。


「姫は…姫なら、なんと言うだろうな」


 ゆっくりと瞳を閉じる。彼の顔は、異常なまでに白かった。



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