Lagerung Ⅱ
薄暗い森を走り、山に向かうシャルロッテ一行は、どことなく重い空気を纏っていた。快活な姫君はすっかり口を閉ざし、考え事をしているかのように俯いている。オデットは痛ましい姿にため息をこぼし、リシャールも顔を歪めていた。
「姫様」
ふいに、たまらなくなったオデットが口を開いた。シャルロッテは、まっすぐな視線を向ける。金の髪が風に踊り、木漏れ日が降り注ぐ様は、驚くほど美しい。
「ランフォードの話を、しましょうか」
おそらく姫は、放浪癖のある男のことをほとんど知らないはずだった。自分だけか知っているのは居心地が悪いし、何より今の彼女にはランフォードのことを話すのが一番だと判断したからだ。
「あの男には、目的があると思うのです」
「…初耳だな」
リシャールは不機嫌そうな顔で口をはさんだ。オデットは神妙にうなずく。
「どうやら…誰かを探しているみたいなのよね」
──それも、女性を。
シャルロッテは目を見開いた。
「…はじめて知ったわ…彼に想い人がいたなんて…」
二人で話すときも、そんなそぶりはまったく見せなかったのに──そう呟くと、一層つらそうな表情に変わる。
「力になってあげられたら…」
「違いますよ」
なだめるように、オデットは優しい瞳でシャルロッテを見つめる。
「あれは想い人を探す目じゃありません。おそらく…」
「復讐者の目、か」
思い当たる節があるのか、リシャールは目を伏せた。シャルロッテは不思議そうな顔をする。すくなくとも、復讐などという物騒な言葉とランフォードは無縁のように思っていた。何かに執着するようなタイプではないし、誰かを強く憎んでいるといったそぶりを見せえたこともない。
「前にね、うちに泊ったことがあるのよ」
悩むと大抵オデットに相談しに行っていたという彼は、その時、ひどくうなされていた。
──あの女を見つけなければ、俺はもう…
心配してゆり起し、水を渡したオデットに感謝の意を示したあと、彼はぽつりとそうつぶやいた。ひどく暗澹とした瞳は、恐ろしくまっすぐだった。
「さっき、姫様と別れる時の決意した表情に、私はひっかかりを覚えました。もしかすると、その女が今回のことに関係しているのかもしれない」
あくまで推測ですが──そう言って、オデットは静かに息を吐きだした。
「私は、彼にとってどんな存在なのかしら」
ランフォードと話す時間が好きで、彼の外国の話が好きで、退屈だった自分に色を与えてくれた彼の存在は自分の中でどんどん大きくなっていた。素顔をさらし、指輪を渡し、少しでも距離が縮まったと思っていたけれど、それでもまだまだ知らないことが多すぎだ。シャルロッテにとって、ランフォードは道しるべであり、よりどころ。そんな彼にとって、自分とはそのような存在なのか。シャルロッテは、徐々にわからなくなってきていた。
「仕えるべき主でもなければ、友人でもないし、肉親でもない」
「けれどきっと、誰よりも近しい存在ではないでしょうか」
リシャールは、珍しく優しげな口調でそう言った。
「あの男は、前にも言った通り狡い男です。貴女を悩ませ、そして周りを翻弄する。けれど実際は、奴の世界はとてもシンプルでしょうね。ランフォード君が信じられるのは己自身と、そして──」
貴女だけだ──シャルロッテの心に深く沈んでいくその言葉は、幻想なのかもしれない。ランフォード・ウィルヘルムという謎に満ちている男を信用することは、賭けなのかもしれない。それでも、今のシャルロッテにとって、リシャールの囁きはひどく甘く感じられた。彼が信用に足る人物かなどどうでも良いこと。問題は、二人が信頼しあえるかどうか、そこだけなのだろう。
「リシャール、感謝します」
やっとそう囁き返すと、シャルロッテは優しく微笑んだ。
今はただ、あの男を信じて前に進むのみ。
彼らの目の前に、ルエリア山が立ちはだかる。ここを超えると、リベルハイト国に辿り着く。もう逃げ場はないと、シャルロッテは強い瞳で空を仰いだ。




