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Mädchen Lippen    作者: Mayo
Ausblenden
13/32

Ausblenden Ⅰ




「王、紅茶でもいかがですか。それともブランデーにしますか。」



 アークライトは気分がよかった。すべてが上手くいったことも含め、誰も死んでいないという事実に満足していた。彼は平和主義者だった。


 一部始終を騎士達から聞き、アークライトはランフォードが予想していた通りの結論を出した。


 彼等は死んだ。何も心配せずとも良い。黄金は何故か元通りになっていた。冤罪の可能性もあるからこのことは国民に黙っているように。彼等は戦いの末死に、黄金は取り戻されたと国民には告げるように。


 それが、アークライトが命じたことだった。すべて上手くいっていた。ランフォードとアークライトの意志の疎通はもはや完璧だった。




「ただ一つ気になるのは…一人行方不明ということですかね。彼は大事な戦力だった。死んでいないといいのですが。」



 アークライトの言葉に、年老いた王は何も答えない。


 静かな王宮はいつも通り機能していた。相変わらず騎手達は訓練に励み、召し使い達も仕事をしている。何か変わったかと言われれば、この国のお姫様の趣味が変わったことくらいだろう。


 読書が好きだった姫はすっかり活動的になり、楽しそうに毎日のように薔薇園に通っては熱い珈琲を好んで飲んだ。アークライトのヴァイオリンを聞きたがり、演奏会をして欲しいとまで言い出す始末。姫は、音楽を愛していた。




 ―――ねぇ、アークライト。




 いつだったか、彼女はアークライトのヴァイオリンをこう褒めた。




 ―――あなたが紡ぐ物語はいつも素敵。音がね、まるで魔法のように色をもって私に伝わってくるのよ。同じメロディーでも、聞くたびに物語は違うの。あなたは本当の魔法使いだわ。だからもっともっと、聞かせて。




 純粋な言葉は本当に楽しそうで、無邪気だった。



 アークライトは一瞬だけ、苦しそうに顔を歪めた。





「王、僕は平和主義者なんですよ。」



 王は答えない。



「……すべての者に幸せを。僕は願わなかったことはない。」




 哀れな奇術師を救うことができるのは、聡明な姫君だけなのかもしれない。























「…もうすぐ、ロゼッタ砂漠の入口の町につくだろうな。」



 ひたすら馬を走らせた一行は、口数が少なかった。

 ランフォードから話を聞いたシャルロッテは何やら考え込み、オデットは難しい顔をしておとなしくしている。アルベールは気をつかって特に何もしゃべらぬし、リシャールも黙っていた。


 ランフォードの言葉に、意識をこちらに戻したらしいシャルロッテは突然言葉を発する。



「リシャール、貴方…何故私と一緒に来てくれるの?」



 こちら側に来たということは騎士団長の座降りたも同然。彼は現実主義者だ。意味もなくこちらに荷担するとは思えなかった。



「…何、姫達が国を出る時にウィルヘルムから事情を聞かされたんですよ。それで僕の方から志願した。ウィルヘルムに姫を任せるなど僕にはできない。この男は狡いですからね。それに元来僕は姫、貴女に忠誠をお誓いはしたが、王に仕えた覚えはありません。はじめから僕は貴女側だったんですよ。」



 表情こそ変わらなかったが、リシャールの瞳は優しかった。

 今のシャルロッテには、暖かく、優しい言葉だった。



 私は幸せ者ね。



 そう呟いて、青い空を仰ぐ。


 どこまでも澄んだ空からは絶望など感じられない。どこか晴れやかな気持ちで、必ず母とレティシアを救おうと、シャルロッテは静かに決意した。これだけの人数を賭けるのだ。負けるわけにはいかない。敵の姿などない。敵などいないのかもしれない。強いて言うなら、彼女が敵にしようとしているのは他ならぬ父親だ。それでも、シャルロッテは後悔などしていなかった。これで良いのだと、今ならそう思えた。それと同時に。



「ランフォード、約束しなさい。」



 滅多に聞かぬ、姫の命令口調。



「……姫?」



 ランフォードは、前を向き、こちらに視線を寄越さぬ姫の柔らかな金髪を見つめた。よく通る声は、彼の脳に直接響く。





「…やむを得ず、誰かを傷つけなければならない時。必ず私に話しなさい。事後報告でもいい。必ず、私に言うのよ。」



 しっかりとした言葉。それは既に娘のものではない。



「そうすれば、貴方の罪を私も共有できる。」



 それは、いざというときは彼女が、一国の姫として責任を負うということ。



 ランフォードは、眩しそうに、彼女の小さな体を見つめた。



「…御意のままに。シャルロッテ姫。」





 シャルロッテは愚かな平和願望者ではなかった。

 平和を勝ち取るために平和的解決のみが正しいとは思っていなかった。だからこそ、ランフォードが己の体をもってして平和を勝ち取ると言うのならば、彼女は罪を背負う覚悟ができていた。たとえシャルロッテ個人は無力であろうとも、彼女の地位という形のない財産が、誰かを必ず救うことを知っていた。シャルロッテは、彼女自身の財産でランフォードを救いたかった。







 その約束は、最後までランフォードを苦しめ、シャルロッテを苦しめる。

 契約でもなく、命令でもない。言わばそれは祈りにも似た願い。



 彼等を照らす太陽の光が、暖かくも冷たく見下ろしていた。




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