あれ、それ、これ、どれ
登場人物
渚 : 妻
翔 : 夫
【7:14】
「それ取って」
朝食を食べながら、向かいに座る夫へ手を伸ばす。
夫がティッシュ箱を渡してきた。
「違う。それ」
今度は醤油。
「それじゃない」
「じゃあ何?」
「そこにあるやつ」
「どれ?」
「その横」
夫が視線を動かし、ようやく私が指していたものに気づいた。
「これ?」
「そう、それ」
渡されたドレッシングを受け取る。
「最初からドレッシングって言えばいいじゃん」
「見たら分かると思った」
「分からん」
ごもっともである。
【17:48】
仕事から帰ると、今度は夫が台所から声をかけてきた。
「あれ、どこ?」
「何?」
「あれ」
「何の?」
「昨日使ったやつ」
昨日使ったもの。
範囲が広すぎる。
「何に使ったの?」
「ほら、あれに」
「分からない」
「昨日やったじゃん」
「ああ、あれ?」
「そう、それ」
分かった。
引き出しを開け、中に入っていたハサミを取り出して渡す。
「これでしょ?」
「そう」
受け取った夫は何事もなかったように台所へ戻っていった。
通じるんだ。
【18:03】
夕飯の支度をしていると、リビングにいた夫が言った。
「今日来るって」
「何時?」
「六時くらい」
時計を見る。
もう六時を過ぎている。
「じゃあ、そろそろだね」
「うん」
そのまま夕飯の支度を続ける。
しばらくして、インターホンが鳴った。
「あ、来た」
夫が立ち上がり、玄関へ向かう。
戻ってきた夫の手には、段ボール箱があった。
「何それ?」
「荷物」
「荷物?」
「うん」
「誰か来るんじゃなかったの?」
「誰が?」
「知らないよ。今日来るって言ったじゃん」
「荷物が」
「荷物って言ってないじゃん」
「分かってると思った」
「分からん」
「あれ」「それ」「これ」で会話することはあります。
なぜか通じることもあれば、まったく通じないこともあります。
ちなみに、生活時間が違うため、夫婦で朝食を一緒に食べたことはありません。
このお話は創作です。




