ディスカッション 後編
「うわ、ミスリル先生、今日めっちゃ冴えてる。」
「誰が先生よ。」
「いまのは先生。」
◆
「はいどうもこんにちは、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!」
「こんにちは、同じくミスリルです。」
「今回は前回に引き続き、ラウルス先生の、足りないディスカッション~!」
ドンドン、パホパホ~!!
「足りないって言いなさんな。」
「てへぺろ☆」
前回からミスリルちゃんとディスカッション!
今回はその続きから~!
Let's get started!
「じゃあさ、この先生、完全に悪意百パーかというと、そこも微妙なんだよね。」
「微妙?」
「だって、この人、ちゃんと怖がってるじゃん。」
「……ああ。」
「均衡決壊と反乱の必然、って章タイトルの時点でわかるんだけど、これさ、単に辺境伯領を叩きたいだけじゃなくて、自分たちの世界の秩序が壊れうるって、わりと本気で怯えてる。」
「だから、怒っているのね。」
「そう。怒りって、だいたい恐怖の親戚だから。」
「なるほど。……なるほど。」
怒り。
イシュの民を考えるとき、一番重要な感情。
だけど、強靭な身体を持ち、願いの魔法で怒りが抑制されたイシュの民にとっては、恐怖の親戚ではないのだ。
それは、結果的に量産された、後天的例外種にとっても同じこと。
「異種の民が暴力に暴力で応じなかった、ってくだりも、論文としては変なんだけど、すごく本音が出てる。」
「殲滅すべき対象だったはずなのに、悲嘆と拒絶で返してきた。そこが理解できない、と。」
「うん。想定してた敵じゃなかったんだよ。」
「だからこそ、余計に恐ろしい。」
「そう。殴り返してくる相手なら、まだ秩序の中で処理できる。でも、悲しむとか拒絶するとか、そういう返し方されると、人間側の正当化が崩れる。」
「だから、物理的にも倫理的にも均衡は決壊した、になるのね。」
「そういうこと。」
「論理が飛躍しているようでいて、その飛躍そのものが時代の恐怖を表している。」
「うわ、ミスリル先生、今日めっちゃ冴えてる。」
「誰が先生よ。」
「いまのは先生。」
ミスリルは、少しだけため息をついた。
でも、嫌そうではなかった。
「それにしても。」
「うん?」
「上等な服、にずいぶん引っかかっていたわね、あなた。」
「引っかかるでしょ。」
「なぜ?」
「だって、論文の中でそこだけ急に、視線が露骨なんだもん。」
「視線。」
「うん。この先生、本気で嫌だったんだよ。ヒトよりも上等な服を着ている異種の民、って光景が。」
「秩序の逆転として見えた。」
「そう。だから 倒錯した光景 なんて言葉が出る。」
「でも、そこには経済的簒奪の証拠というより、視覚的不快の告白が混ざっている。」
「そうそう。だから論文としては雑なんだけど、一次資料としてはおいしい。」
「あなた、その言い方好きね。」
「好きだよ。だって、人の本音って、隠そうとしたところから一番はみ出すから。」
ミスリルは少し黙った。
それから、静かに言った。
「……じゃあ、リルの無知という結語も、同じね。」
「うん。」
「本当に無知かどうかを検証したいのではない。」
「無知であってほしいんだよ。」
「なぜ?」
「わからないまま壊した、ってことにしておいた方が、自分たちの秩序が負けたんじゃなくて、無垢な破壊者に引っかき回された、って話にできるから。」
「なるほど。」
「もし彼女が、全部わかった上でやっていたと認めたら。」
「人間社会の秩序の方が、もっと根本から否定されてしまう。」
「そういうこと。」
「だから、この論文はリルを分析しているようで、実際には王国側の自己弁護文書でもあるのね。」
「お、今日ほんとキレキレじゃん。」
「誰のせいだと思っているの。」
「チーム・ミスリルの教育の賜物です。」
「最悪ね。」
私は笑った。
ミスリルも、笑った。
「じゃあ、まとめようか。」
「ええ。」
「この論文は、方法論の透明性や中立性よりも、歴史の解釈権を確保することを優先している。」
「はい。」
「だから、Methods は薄く、Results と Discussion は癒着する。」
「はい。」
「でも、その雑さは欠点であると同時に、時代の恐怖や秩序観をそのまま漏らす長所でもある。」
「はい。」
「つまり。」
「つまり?」
「論文としては雑。」
「ええ。」
「資料としては美味しい。」
「それも、ええ。」
「そして、読み物としてはだいぶ面白い。」
「そこがいちばん困るところね。」
「わかる~。」
私は満足して頷いた。
「というわけで、本日の Discussion はここまで!」
「次回は?」
「そうだなあ。せっかくなら、今度は論文の反対側、つまり実務屋の文章とか読みたいよね。」
「当家令嬢リルの施策運用における中間評価と緊急懸案事項、かしら。」
「うわ、タイトルからして胃が痛そう。」
「でも、あなた好きでしょう。こういうの。」
「好きだねえ。」
「でしょうね。」
「じゃ、次回はドーラ覚書、読んでみよっか。」
「ええ。あの人がどう翻訳しようとしたのか、見てみましょう。」
ミスリルはそう言って、紙束の上にそっと指を置いた。
その指先が触れた瞬間、私は思った。
ああ、この子は。
「じゃあ、また次回。」
「また次回。」




