辺境伯領における異種憐みの令と聖女現象の考察
史学的見地のくせに感情で糾弾してるじゃん!
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はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!
IMRaD形式あんじゃん、異世界。
というわけで、異世界の論文を読んでみた~!!
いや、冒頭の圧が強い強い。
緒言でいきなり神の理だの贖罪の日々だの、世界観の前提を読者と共有済みの顔で殴ってくるの、学術というよりだいぶ檄文なんだよね。
で、目的はどこかな~と思って見たら、ちゃんと本稿の目的は、って書いてある。
えらい。
えらいんだけど、その直後に、歴史学的見地から糾弾することにある、はだめでしょ。
糾弾は目的じゃなくて、せいぜい論評の態度なのよ。
そこは、検討するとか、分析するとか、再構成するとか、そういう逃がし方をしなよ。
緒言の時点で結論の感情がだだ漏れなの、読者に優しくないからね。
あとさ、IMRaD形式あるとすんじゃん、異世界。
だとしたら、M が薄い。
Methods、方法。
どこで何をどう読んで、何と何を比べて、その結論に来たのかが、まだ見えない。
観察された、って便利な言葉だけど、観察したの誰。
いつ。
どの範囲。
史料は。
証言は。
そこをふわっとさせたまま、悪法でした、簒奪でした、って走り出すの、わりと危ないです。
しかもね、Results と Discussion が、たぶん手を繋いで暴走してる。
本来は、こういう記述が確認できました、こういう変化が見られました、が先。
そのあとに、だからこれはこう読めますよね、が来る。
でもこの論文、たぶん結果の段階でもう怒ってる。
早い早い。
考察に行く前から顔が赤いのよ。
うん、まあね。
なんとなくそんな予感はしてたよね。
史学的見地のくせに感情で糾弾してるじゃん!
もちろん、わかるよ。
言いたいことは。
わかるんだけど、論旨の飛躍って、情熱があると余計に目立つんだよね。
たとえば、異種の民を保護対象へ格上げした、から、農耕が壊滅的打撃を被った、まで。
その間の因果、ちゃんと架橋して。
害獣の増加、農地被害、収穫量の変化、住民証言、できれば年ごとの比較。
そこを出してくれないと、読んでる側は、ああ、この人いま感情でショートカットしたな、って気付いちゃうから。
あと、孤児院のくだりね。
上等な服で着飾らせるという倒錯した光景、って、語彙がもう論文の皮を被った悪口なんよ。
いや、嫌いじゃないよ。
嫌いじゃないけど、学術の文章としては、もう少し我慢してほしい。
せめて、視覚的印象が支配秩序の逆転として受け取られた、とか、そういう書き方にして。
倒錯した光景って言い切った瞬間に、お気持ちが先頭打者で出てきちゃってるから。
でもね。
私はこういうの、わりと好き。
だって、理性の顔をしてるのに、ところどころ我慢できなくて感情がはみ出してる文章って、めちゃくちゃ人が出るじゃん。
あ、この人ここが本気で許せないんだな、ってわかるから。
ただし。
それは論文として強い、とは別の話なんだよね。
たぶんこの先生、論文として勝ちたいんじゃなくて、歴史の解釈権を取りたいんだろうね。
辺境伯領で起きたことを、誰の言葉で固定するか。
聖女だったのか。
悪法だったのか。
被害者は誰で、加害者は誰だったのか。
そこを、最初に言い切った者が勝つ、みたいな焦りがある。
で、そういう焦りがある人ほど、方法論をすっ飛ばして結語へ走る。
あるあるです。
あと気になるのは、異種の民に対する語り方が、最初から結論を内蔵してること。
魔の血を引く、と置いた瞬間に、もう人間社会の秩序から見た位置づけが固定される。
そこから先は、どんな事実が出てきても、解釈がだいたい一方向に流れるんだよね。
これ、論文っていうより、用語定義の時点で勝負を決めに来てるやつです。
怖いねえ。
でも、上手いねえ。
怖いけど。
いやほんと、読めば読むほど、資料としては面白い。
何が事実かっていう意味でももちろんなんだけど、それ以上に、この時代の王国のエリートが、何を恐れて、何を秩序だと思っていたかが、めちゃくちゃ滲むから。
そういう意味では、これ、一次資料としては強いです。
論文として強いかは別として。
つまり総評。
形式点。
甘めに見て、ある。
でも Methods が薄い。
Results と Discussion が癒着してる。
緒言でキレてる。
結語でもキレてる。
ついでにたぶん執筆中もずっとキレてる。
じゃあ、ぐだぐだ言っててもしょうがないので、いったん本文を見ましょう。
こういうのはね、実物を浴びるのが一番早いです。
ツッコミどころは、だいたい本文の中で増殖するから。
本文貼っとくよ~!
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『辺境伯領における異種憐みの令と聖女現象の考察』
執筆者:ラウルス・ヘゼニアヌス(王立学院歴史学名誉教授)
【緒言】
神が授けし理に背き、魔の血を引く「異種の民」。彼らは本来、ヒトの慈悲のもとで贖罪の日々を送るべき存在である。しかし、我が王国の辺境、あの外壁に囲まれた特異な街において、歴史の歯車は極めて不穏な音を立てて逆回転を始めた。
本稿の目的は、辺境伯令嬢リルが発布せしめた稀代の悪法『鳥獣憐みの令』が、いかにして神聖なる秩序を歪め、不可解な「聖女信仰」へと変質していったかを、歴史学的見地から糾弾することにある。
【偽りの慈愛と経済的簒奪】
当該地域において観察されたのは、動物愛護という美名に隠れた、ヒトの生存圏の放棄である。令嬢リルは、あろうことか獣を傷つけることを禁じ、あまつさえ「イシュ」を保護対象へと格上げした。これにより、外壁外の農村では害獣が跋扈し、ヒトの農耕は壊滅的打撃を被った。
特筆すべきは、罰則金という名の徴収システムである。役人ネロ、オクパトスなる者らが構築したこの収益構造は、孤児院という名の隔離施設を肥大化させ、本来支配されるべき異種の民を、ヒトよりも「上等な服」で着飾らせるという倒錯した光景を生み出したのである。
【均衡決壊と反乱の必然】
秩序の歪みは、必然的に暴力という形での修正を求める。困窮を極めた民衆が、悪法の象徴たる孤児院に対し決起したのは、生存本能の叫びであった。
しかし、ここで予期せぬ事態が発生する。殲滅すべき対象であったはずのイシュが、暴力に対し暴力で応ぜず、あろうことか「悲嘆」と「拒絶」を以て対峙したのである。水源の崩壊と共に、物理的にも倫理的にも均衡は決壊した。
【結語】
我々が注視すべきは、現在その中心に座す令嬢リルの「無知」である。彼女は自らが撒いた種が、いかにしてヒトとイシュの均衡を破壊したか、その全貌を把握しておらぬ。
この物語は、聖女の皮を被った「無自覚なる破壊者」が、神の秩序をいかに蹂躙していくかの記録である。読諸兄には、この「箱庭」が崩壊する様を、冷徹な理性を以て見届けていただきたい。




