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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

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第99話:小さな衝突

執務室の静寂を切り裂いたのは、ミラの端末から放たれた鋭い警告音だった。それは、これまで平和維持システムが検知してきたどの「不備」よりも、物理的で暴力的な周波数を持っていた。


ミラが空中に展開した映像には、大陸北部の「グレス・ヴァル境界森林」が映し出されている。そこは、エルフの自治区である大森林と、ドワーフの鉱山連合領が接する、資源の最前線だった。


「報告します。境界線第4工区において、ドワーフ側の試掘部隊とエルフ側の巡回警備隊が武力衝突。ドワーフ側は重機型魔導殻三機を投入、エルフ側は高位精霊魔法による広域爆撃で応戦。現時点で双方に死者十二名、負傷者五十名以上。戦闘は現在も継続中です」


ミラの声は平坦だったが、映し出された映像は地獄そのものだった。美しかった森は精霊の雷撃で黒焦げになり、ドワーフの誇る鉄の巨体は蔦に絡み取られて無残に拉げている。それはどう見ても「小競り合い」で済まされる規模ではなかった。


「……何てことだ」


カイルが震える声で呟く。彼の手元にある書類は、昨日彼が承認した「資源共有に向けた友好的な視察許可証」だった。平和の象徴となるはずだった紙切れが、今や最悪の惨劇の引き金に変わっていた。


サニアが真っ青な顔で俺のデスクに駆け寄る。


「係長、これは、もう、個人の喧嘩では済みません! 両種族の軍が動けば、大陸全土を巻き込む大戦に発展します。すぐに大陸会議を招集し、宣戦布告の防止措置を……!」


サニアの言葉を遮るように、俺は机の上に山積みになっていた別の書類を手に取った。それは、この衝突が起きる数時間前に財務省から届いていた、今期の平和維持ボーナスの支給計画書だった。


俺はペンを取り、ミラのモニターに向かって、その忌々しい戦闘映像を指し示した。


「サニア、落ち着け。これは戦争じゃない」


「え……? ですが、これだけの死傷者が出て、魔導兵器まで使われているんですよ!?」


「いいか、よく聞け。これを戦争だと定義した瞬間、我々が数年かけて築き上げた『平和』という商品は不良品になる。各国の株価は暴落し、物流は止まり、人々は恐怖して再び武器を取る。その損失額を計算してみろ」


俺はミラに目配せを送った。彼女は瞬時に、戦闘継続時と「事変」として処理した際の経済的損失の比較グラフを表示させた。


「戦争として処理した場合の大陸GDP損失は、一年間で三十パーセント。一方で、これを単なる『不備』として処理した場合、影響は限定的な市場の混乱に留まります」


俺はサニアに、修正された報告書のタイトルを見せた。


『グレス・ヴァル森林における、無認可の重機操作ミスに起因する大規模労働災害、および警備員の過剰防衛に関する事故報告書』


「労働災害……? 係長、本気ですか?」


「本気だ。これは戦争じゃない。ドワーフ側が安全確認を怠って重機を暴走させ、パニックになったエルフ側が不適切な魔法行使を行った。つまり、徹底した安全管理の不備だ。俺たちはこの『事故』の責任を追及し、双方に莫大な制裁金を科す。死傷者への補償は、この制裁金から事務的に支払われる」


カイルが絶句している。現場で流れている血を、俺は今、書類の上でただの「インクのシミ」に書き換えようとしていた。


部屋の隅で、聖剣の柄を握りしめていた勇者が、低く唸るような声を上げた。


「……事務屋。お前、あそこで死んだ連中の命を、数字で揉み消すつもりか。あいつらは、お互いの顔を見て、殺し合うつもりで戦ったんだぞ。それを不注意の事故だなんて、死んだ連中が浮かばれねえだろ」


「死んだ連中が浮かばれるために、生きている何千万人が再び戦火に焼かれるべきだと言うのか、勇者」


俺は勇者を真っ直ぐに見返した。


「誇りのために戦ったなんていう綺麗な言葉で飾るから、戦争は終わらないんだ。これはただの、致命的な事務ミスだ。そう定義することでしか、平和という名の虚飾は維持できない」


俺はペンを走らせた。双方の指導者に対し、これを「戦争」と呼んだ瞬間に、大陸全土からの資源供給を完全に停止し、国家破産に追い込むという脅迫紛いの通達を作成する。


「平和の歪みっていうのはな、こういうことだ。現実がどれほど血生臭くても、書類の上で『平和』だと書き続ければ、世界はそれを平和だと信じて回る。俺はその嘘の責任をすべて背負うために、この席に座っているんだ」


執務室の明かりの下、俺が書き上げた「事故報告書」には、平和という名の残酷なまでの整合性が宿っていた。


数時間後、エルフとドワーフの双方から「事故である」という公式声明が出された。遺族には多額の「見舞金」が振り込まれ、燃えた森には「環境修復予算」が充てられた。


新聞の見出しには、こう書かれた。

『北方の開拓現場で不幸な事故。死傷者多数。雑務課が迅速に事後処理を開始』


誰もそれを戦争とは呼ばなかった。呼ぶことが許されなかった。

俺たちは、ペン一本で一つの戦場を消し去ったのだ。

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